第一章 ようこそ異世界へ

1-1 出張決定?

何となく、その扉を開ける

扉の向こうは薄暗い。


 すると、白い光が俺を包む。

あ、これガスだわ…。死んだな…。

休日出勤した職員が俺を見つけてくれればいいけど、誰も来なかったら、月曜の朝にしか発見されんじゃん…と思いながら、意識が遠くなっていった。


どれくらい経ったのかは分からない。

俺は意識を取り戻した。

が、未だに白い光の中に居た。


あたりを見渡すも白い靄がかかっているため、何も分からない。ここがどこか分からないから、どうしようもできない。まぁ、いつかこの白い靄みたいなものも切れるだろうと楽観的に思いながら、そう言えば、まだ寝足りないと思い、眼を閉じる。


「あの、すみません…。」


 ん?頭の中に誰かの声が聞こえる。あ、夢か。


「いえ、夢ではありません。ニノマエさん、少しお話しをさせてもらえないでしょうか。」


 俺は目を開ける。

まだ白い光の中だ。幻聴か?疲れか?そんな思いを巡らせていると、はっきりと頭の中に声が響く。


「ニノマエさんの脳に直接お話しをさせていただいております。

私はラウェン。地球外の世界で神をしています。」

 

 おぉ、子どもに付き合って読んだことのあるラノベに似たテンプラ…、もといテンプレだ。

でも本当か?一種の催眠術か?


「という事は、自分死んだんですか?そして、自分を地球以外の世界に、えーと“転移”でしたっけ? “転生”でしたっけ?そこに行くってことですか?」

 「話が早くて良いです。その通り、ニノマエ様の姿のままで“転移”させてもらいます。でも死んではいませんので、ご心配なく。」

「死んでないけど向こうに行く…? 

で、私は向こうで何をしろと、まさか、この年のまま行って、魔王とかを倒してください。なんて言うんじゃないでよね。」

「そうですね。魔王を倒すといったことはしなくても良さそうです。」

「52のおっさんでは、確実に無理ですし即死ですからね。で、何をするんですか?」

「それは行ってみないと分かりません。話せば長くなりますが、かいつまんでお話ししますと・・・」

 

 ラウェンという神様が言うには、向こうの世界に何か変化を起こし、文明や文化を1ランクアップさせてほしいとの事。

産業革命みたいなことをしろって事なのかと問うと、そうではなく、向こうの世界のレベルを上げるだけで良さそうだ。

 向こうの世界は、こちらの世界で言う中世と似たようなレベルだそうで、社会システムがまちまちだそうだ。

まぁ、この世界でもさまざまな社会システムがあるから、何とも言えないが…。


さらに、向こうの世界では、ある意味テンプレである魔法やダンジョンがある。

所謂“ファンタジーな世界”に行くわけだ。


「この場でニノマエさんをすぐにでも転移させることもできますが、そういたしますと…、」

「ここでの業務が止まってしまうのと、家庭の問題でしょうか。」

「その通りです。ある意味記憶を操作し、ニノマエさんがこの世界で刻んだ歴史を改ざんすることも可能と言えば可能なのですが、そうすると、こちらの世界の神様ともう一度調整をしなくてはなりません。」

「という事は?」

「はい。出張という扱いで転移していただきます。なので繰り返し言いますが死んではいません。」


 出張扱いで転移させられるって、そんな展開あったのか?子どもに借りたラノベの中には無かったと記憶しているが。

それじゃ、出張経費は出るのか?と思ったけど、複雑になりそうだから聞くのをやめておく。


「ラウェン様、お伺いしたいことがありますが、よろしいでしょうか。」

「何なりと。」

「行く行かないは別として、文明や文化を1ランクアップするとなると長い時間かかると思います。それを出張で行うとなれば、向こうに滞在している期間が一日?といった短い期間では、種を撒いても実を刈り取るまでに、すごい時間がかかると思いますが。」

「そうですね。ですので、出張期間は向こうの世界で30日としたいのですが。」

「30日!? そんなにも家を空けておくことはできませんよ。」

「はい。分かっております。なので、こちらの世界で言う1日を向こうの世界が30日になるように設定します。」

「ん?そうすると、時間軸の設定がブレるんじゃないですか?」

「そこは、神様のなせる技として、ご理解いただきたいのですが…。」


 あ、ある種のご都合主義ね。了解です。おっさん、そういうところ柔軟ですよ。


「では、出張中に文明や文化をアップしたら、後は自動的に進むという事ですか?」

「いいえ。そんなことはありません。文明も文化もメンテナンスが必要です。」

「それを神様が管理していただくと。」

「いいえ、私たちは管理している世界に干渉することはできません。よって、文明や文化が育ったと言えるまで出張していただくという事になります。それと、長さや重さなどの単位はこの世界と同じにしてあります。ただお金の単位は変えられないので、そこはご了承ください。」


 それってモロ干渉していると言えないだろうか…。


「何となく理解しました。ですが、この世界での自分の心配事といいますか、この世界での業務が追い付いていない状況で、これを放置してしまうと、他の人に迷惑がかかってしまうのです。」


「ご安心ください。ニノマエさんが出張している間、つまり今日一日の業務を私どもの下僕にやらせます。勿論、ニノマエさんよりも優秀ですのでご安心ください。そして戻られた時、私どもの下僕が行った業務の経験をニノマエさんの脳と同期させます。これでこちらの世界は大丈夫だと思います。」


 下僕が優秀なら、下僕をその世界に行かせれば? 俺行く意味ある?

それに、一度に業務経験を詰め込むと、頭パンクしませんか…。

 

「そして、出張から戻ってこられた際、向こうで気になったことなどを報告していただくことで、今後の改善について検討させていただきます。」


お、何やら、公務員的なものの言い回しだ。


「それと、二つの世界を行き来していただくことは、精神面から見ても非常にタフな事だと思いますので、ニノマエさんが文明・文化が1ランク上がったと思われた時を以て、この出張は終了という事でいかがでしょうか。

勿論、こちらの世界での報酬も検討しておりますし、この世界で言うテンプレと言うんでしょうか? お約束とでも言いましょうか? 出張していただいた先で使える素晴らしい能力をプレゼントいたしましゅが…。」


 あ、大事なところで噛んだ…。でも、来たよ!チート能力!


「先ずは英雄スキルです!」


 あ、あかん…。ラウェン様、調子に乗ってる…。


「すみません…。52のおっさんに英雄は…。」

「あ、そうでした。では、ヒーロー!」


 ではなく、俺に何をさせようというんだ…。


「英雄を言い換えるとヒーローになるんですが…。 それも結構です…。」

「そうですか?なかなか面白いスキルなんですけど…。」


 あかん。完全に頭がフィーバー(死語)してるよ。


「英雄とかは良いので、もっと、実用的なスキルはありませんか?」

「そうですね、言語理解とか、大賢者とか…。」

「言語理解は使えますね。でも大賢者って、魔法をバーンって撃つイメージで怖いです。」

「うーん。ニノマエさん、結構ワガママですよ。」

「いえ、ワガママではなく、52のおっさんが向こうの世界に行って、スキルに依存し即死しました。テヘペロ! なんて報告されるのイヤなんですよ。」


「そんなものですか?」

「そんなものです。それに、行く限りは少しでもお役に立ちたいと思いますので。」


 神様は一寸考え、

「うーん。分かりました。多言語理解は確定と。では、次に大賢者に次ぐスキルである創造魔法にマナ増幅を加えちゃいましょう。さらに出血大サービス!今なら鑑定眼も付けちゃいます。さぁ、どうだ!そこのお兄ちゃん!買った買ったぁ!!」


どんどん、エスカレートし、最後にはバナナの叩き売りになった。神様…あんた残念な事になっているよ。

でも、なんか良さげな能力だし、ここでのチマチマした仕事もやってくれそうなんで、その能力で引き受けることにした。


「はぁ、分かりました。それでお願いします。でも、創造魔法って何ですか?」


少し頭が固くなったおっさんだから、創造魔法と言っても何なのか分からないのである。


「それは行ってのお楽しみです。ニノマエさんがこの世界で言ってる言葉『考えるな、感じろ』です。

それでは、良き旅を。Von Voyage!

あ、追伸です。これまでニノマエさんが心で思ってた、チートだとか、フィーバーだとか、バナナの叩き売りってのとか、全部聞こえてましたからねー!」


 あ、地雷踏んでたんだ…。ごめんなさい。


「あ、最後に自分の近眼、乱視、老眼を治してくださーい!」


 神様に聞こえたかな?

まぁ、試しに行ってみて、感じたことを伝えてほしいって事なので安請け合いしたけど、俺、30日も生きていけるのか不安だな… と思いつつ、俺の周りに光が集まって来た。

「Que, Sera, Sera」だ! と思いながら意識が遠のいていった。

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