地方公務員のおっさん、異世界に出張する?

白眉

序章(Prologue)

「行ってきます…。」


 返事が無い。ただの屍のようだ…。

家の中には俺を除き3人はいるはずだが…

今日は土曜日。一般的に言えば完全週休二日制の週休一日目。

昨日まで5連勤していた世の人々は、少しでも身体を休めるためにひたすら寝る。二度寝する。

 

 俺は、一 一(にのまえ はじめ)52歳。しがない地方公務員。仲間内からはイッさんと呼ばれている。


 よく、『公務員は「親方日の丸」でいいね。』とか、『終身雇用で良いですね。』とか言われているが、給料なんてのは企業で働く方の平均、つまり、高給な人と最低賃金の平均値。したがって、世が好景気の時でも不景気の時でも給料はそんなに変わらない。それなのに、世が好景気の時は公務員の給料が自分たちより安いから誰も文句は言わないが、不景気になった途端、公務員は給料が高いなどとバッシングしてくる。バブルの時なぞ、民間企業で大卒の新入社員が手取り30万もらっていた時にも公務員は15万…、約半分であった。その事実というか過去を知らずか、未だに不景気になるとバッシングを受ける。

 まぁ、世の中こんなもんだろう…。人間なんて、自己満足の範疇ではあるが、自分より弱い者を見つけ、その者を蔑むことで、自分が優位な立場であると認識しないと生きていけない種族だ。

こういった状況なので、暮らしぶりは豪勢とは言えず、何とか生活するに必要なランクを保っているといったところ。


 それに、土曜日だっていうのに、人員削減の煽りを受け、仕事が山積されている。

一応管理職ではあるが、名ばかりの管理職であり業務を割り振られている。

今週できることをやっておかないと、来週からの業務が溜まり雪だるま式に増えていく。

しかし、そんな事に臆することなく、土日はしっかり休む職員もいる。こいつらは、どんどん業務が山積みされ、出来ないことが明らかになった上で、心の病だといってトンズラする。トンズラされ、残った職員に仕事が振り分けられ、また仕事が溜まる…、完全に負のスパイラルに陥っている。


 自分だけ苦しんでも誰も助けてくれない。助けてもお礼の一つも言わず、あたかも自分の手柄のように振る舞い誇張する。「俺はできるんだ!優秀な職員だ!」と。

有能でない職員が蔓延り、大きな顔で闊歩する。どうでも良くなり、“できる職員”としてのレッテルを捨て、後はゆっくりと家庭と第二の人生設計を考え始めようとしていた。

 しかし、今日世界中で起きているパンデミックのおかげで職員が取られ、こんなおっさんも“一担当”として仕事をしなければいけなくなっている。


 今日一日で片付けることができれば、明日は休息できる。それだけを考えて玄関を出た。


 家族は、妻に子ども2人(娘、息子)の4人家族。

 幸か不幸か、両方の親は早くにこの世を去り、介護問題の心配は無い。子どもたちも成人し、今年から下の息子も就職し、親としての義務はほとんど終わったと思っている。

 子どもたちは成人した時、自分のことは自分でやると言い始めてはいたが、食事付き、ゴミ出し無し、近所との付き合いも無しという、ある意味、社会的な制約がないポジションに甘え、上げ膳据え膳、土日は三食昼寝付きの生活を卒業しようとせず、実家でのうのうとしている。

気を遣わない実家が一番なんだろう…。


 「昔はこうだった」とか、愚痴をこぼす我々よりも上の年代の人の話を聞く。

しかし、我々を甘やかせて育てたのは彼らだ。そして、甘やかされ育った我々は次の世代にも、同じ事を言うのだろう。その無限ループが続く中、言い方はまずいが、人という部分をどんどん弱体化させているのが、この国なんだろうと思う。


と、愚痴を言っても何も始まらないし、終わらない。


 少しでも早く休むために、土曜の朝から仕事に行くのだ…。


 何度も言うが、俺は仕事が間に合わない職員ではないと思っている。ヒト一人が5日間でこなす量を1とした場合、今やらなければならない仕事が2つも3つもあるのだ。

当然、手当もない。上に立つ者には時間外という概念は無く、月200時間300時間残業しようが、管理職手当といった雀の涙の手当があるだけだ。いわゆるサービス残業であり、完全なるブラックだ。ただ、言い換えれば、仕事をしなくても一定の手当が付くので貰い得と言う人もいると思うが、そんな管理職は、今は存在していない。


そんな俺も不遇者の一人である。


愛車を走らせながら、今日一日の業務スケジュールを立てる。

時間を区切り業務を行う。時間に区切りをつけず、ダラダラと仕事をするのは非効率的だ。

何か間違って解釈させてしまうかもしれないが、社会人は皆忙しいんだ。


 1時間かけてオフィスに到着する。

守衛さんに鍵を借り、フロアに到着。仕事モードになろうかと思う矢先、いつもと違った異質なものを発見する。


「こんなところにドアなんてあったか?」

 

 そこには、現代のオフィスには似つかわしくない木製の片開ドアが存在していた。

 

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