第14話 半妖精の暮らし

 エルナンデス邸で暮らし始めてから、1ヶ月が立った。

 最初は緊張していたが、エルナンデス家の三人が私を当たり前のように受け入れてくれたから、比較的すんなり馴染めた。


(クラウスは気づかい上手だと思っていたけれど、これは血筋ね。クリスティーナさんもヘルマンさんも、とても良くしてくださるもの)


「リディア、すまないが少し手伝ってくれないか?」


「はい、今行きます」


 一緒に暮らすようになってから、ヘルマンさんは私のことをリディアと呼ぶようになった。さん付けされるとお客様のような気がしてしまうから、とても嬉しかった。


「この薬草を洗って、クリスティーナに渡しておいてくれるかい? 私は今から出かけなくてはならなくて……」


「分かりました。行ってらっしゃい」


「あぁ、行ってくるよ」


 ヘルマンさんは、毎日忙しそうにしていた。宰相ともなれば色々あるのだろう。それでも隙間時間には、こうして薬草の採取などをしていた。

 エルナンデス家は代々、薬作りを生業としてきたらしく、今もお二人で少しだけ作っているのだそう。


(夫婦で一緒に仕事をするって素敵ね。これが仲良しの秘訣かしら?)


「クリスティーナさん、ヘルマンさんから薬草を預かりました。どうぞ」


「あら、リディアちゃんが持ってきてくれたの? ありがとう。……せっかくだし、リディアちゃんも一緒にやってみる?とっても簡単だから」


「良いんですか? やってみたいです!」


 王国にいた頃に万能薬を作っていたが、それとはまったく作り方が違っていた。ただ、最後に力を込めるのは共通していた。


「薬作りには力が必要なんですね。私が以前王国で作っていた薬も最後に聖女の力を込めていました」


「リディアちゃんは込めちゃダメよ。ここは私がやるから! ……半妖精の力ってね、便利なようで不便なの。治癒の力はあるけれど、一族の病気は完全には治せない。薬は作れても、自分たちにはあまり効果がない。私たちはクラウス一人守れなかった。何故かしらね……自分たちの身を守る術があまりないの。皆には感謝されるけれどね」


 クリスティーナさんは寂しそうに笑っていた。その気持ちは少しだけ分かる気がした。誰かの役に立つのは嬉しいけれど、自分の身を守れない心許なさが常に付いて回る感覚には覚えがあった。


(やっぱり半妖精と聖女、よく似ているのかもしれない)





「リディア、買い物に行かないかい? 買いたいものがあるんだ」


 薬作りがひと段落した後、クラウスが声をかけてきた。


「買い物ですか? 分かりました、支度をしてきますね」


 エルナンデス家の皆がちょっとした頼みごとをしてくれるのは、家族の一員になれたようで嬉しかった。聖女の力が使えない自分は雑用くらいしか出来ないけれど、何もしないでいると居心地が悪い。


(本当はもっとお役に立ちたいけれど、今は仕方ないわ)





 クラウスとともに街に出ると、クラウスは女性用のアクセサリー店に入っていった。


「何を買われるのですか? どなたかにプレゼントなら、あまりお力になれないかも……」


 こういう装飾品のセンスは皆無なので、万が一助言を求められても困ってしまう。


「ネックレス。リディアにプレゼントしようと思ってさ」


「わ、私にですか?」


「そうだよ。この間のお礼、まだちゃんと出来ていなかったし。それに、最初に会った時に着けていたアレ、普段使いには派手すぎるだろう? もう少しシンプルな物を贈りたくて」


 確かにルーファス様にいただいたネックレスは目立ちすぎるので、自室に置きっぱなしにしていた。それに……ルーファス様は身に着けてくれと言っていたけれど、なんとなく気が重たかった。


(だからといって、クラウスに買ってもらうのは違う気がする)


「あ、ありがとうございます。でも私は普段からアクセサリーを着ける習慣はありませんので」


「いいから、いいから。ほら、これなんか良く似合うよ」


 ……結局押し通されて買ってもらってしまった。小さな赤い宝石がついたシンプルな物だ。


「この国では、普段からアクセサリーを着ける習慣があるんだ。リディアもこれを着けてくれると嬉しいな」


「そうなのですね、確かに着けている方が多いかも……。ありがたく使わせてもらいます」


 結局クラウスの買い物は、このネックレスだけだった。買い物を手伝うつもりが、プレゼントをされるだけで終わってしまったのだった。

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