死にたい思うんなら、自分以外の全部殺せばええ




「死にたい思うんなら、自分以外の全部殺せばええんよ」




 彼の口癖です。


 彼は私の唯一といってもいい男友達なんやけど、彼は母を自殺で亡くしとるんよ。そんで父は病気で他界。悲惨やなって思うけど彼が今前を向いてるのに同情するんは失礼なんで気にしないことにしとる。でもやっぱつらいことはつらいみたいなんでこの話をするときはいつも似非関西弁を使うねん。なんだが気が楽になるらしいんや。


 だから、私も真似をしています。似非どころか、和歌山弁やら奈良弁やら方言の海鮮丼みたいになってますし、なんなら関西弁の影は薄いような気もします。彼はこの世の方言は全部関西弁だと思ってるんでしょう。とにかく話し方をどうにか軽くしたいのかもしれません。まあ、私も詳しくないし、楽しいんで気にしてませんけどね。


 そんなことより、エセ関西弁はできるんやから、エセとか、エセとかできたらええのになあ。


「押し付けんのはあかんよお」


「わかっとるよ。はすに聞いてほしいのはいつもの話よ」


 蓮、というのは私のあだ名みたいなもんで彼はいつもそう呼んでいます。なんでかは知りませんが、泥中の蓮でいちゅうのはすという言葉からとったみたいです。大層な名前を付けられてしまったなあと思ったりします。


 ところで私たちは今大学にいるんですが、ままならないなあと感じている真っ最中なんです。私はそもそも英語が苦手なんですが、まあそれなりに頑張ってやってるんです。でも、先生が適当な方なんですよ。大学に入ったばかりの時は急にアナログが消えてインターネットばかりになったので驚きもしましたが、人間慣れるもんなんですね。そのインターネットから課題も提出するんですが、採点をすぐにしてくれるんです。きっと先生が先に答えを入力しているんでしょうが、その設定を間違えているようなんです。だから何度やっても二百点満点中の二十点くらいしか取れないんです。何度見てもあってるよなあと思うんですが、まあ間違うこともあるよなあと先生に質問しにいったんですが相手にしてもらえないんです。周りのみんなはそれで、死にてえ、なんて軽々しくいうもんだから彼はそれに反応してるってことです。


 これで単位が取れなかったら、留年してしまったら。私も、こういうことが物凄く気になる性格だったんですが、もうあまり気にならんのです。少し極端な話になりますがどうせ人は死ぬんですから、気になる、というものも虚像のものなんかなあと思います。自分の都合良いものにだけ意味を与えて生きてけば良いと思ってるんです。意味、というと世の中には二つの意味があると思うんですが、社会が求めている意味と自分が求めている意味です。ただこれも儘ならんもんで、自分の意味を求めると自然と社会の意味を満たさなければいけなくなるんです。そして段々と押しつぶされてしまって、自分の意味を仕方ないと見失ってしまうんです。じゃあどうすればいいんだと思いますが、世の中人たちはみんな上手くやってるんだろうなあと思います。だってみんな生きてるじゃないですか。この世の中には生きてる人しかいないんです。生きるっていうもんは奇跡みたいなもんでその奇跡を掴んで離さないのは大変なもんです。ちょこっと端の方が欠けてしまっただけで手放したいなあと思ってしまうほど大変なもんなんです。本当に、噛みしめんといけないなあと強く思います。


 生きてる人しかいないと言いましたが幽霊なんかが見える人もいます。でも私は見えないんで、それが私の世界になるんです。こんなように、結局社会が求める意味も自分が求める意味もひっくるめて、自分なりの世界を上から塗ってるんです。それこそが自由なんだと思ったりもします。


 会話のキャッチボールとよく言いますが、本当にその会話が大切なものだと思うんならキャッチボールではいかんと思うんです。キャッチャーとピッチャーどちらかにならんといかんと思うんですよ。でも、そっちの方が楽だという人もいるんじゃないでしょうか。ピッチャーが思いっきり投げたボールをしっかり取ってやれば良いんです。だから、聞くだけで良いんです。大層な球を投げ返す必要なんてありません。最後にコロッと一言落とすだけで良いんです。だから私は、彼の人生に静かに耳を傾けるんです。


「家に帰ってきて、心ん中でおかえりンゴってふざけながらリビングの軽い扉をバーンと開いたら、母さんが空飛んでたんよ。首がぎゅうっと締まっていろんな穴からくっさいもん垂れ流しとるねん」


「自分捨てる前に、俺も含めて持ってるもん全部捨てろや。何でそんな抱えて潰れるんよ」


「何でもかんでも殺した世界は案外綺麗なもんやのに。ほんとバカよ。バカ。バカバカバカバカ」


 彼の話はいつも、同じところから始まります。でも途中から、自分の顔もちょこっと角度を変えて見ると可愛く見えるように、いろんな表情を見せるんです。彼は最近復学したばかりで、ずっとで休学してたんです。話を聞くたびに、彼はまだ縛られているんだなあと思いますが、考えが変わるというのは前を見ている証拠だと思うんでなんとも思いません。頑張ってるんだなあ、と思っています。たまに、意図は教えずににっがいブラックコーヒーをすすめたりします。お節介かもしれませんがそんくらいさせて欲しいんです。


「どうせいつか死ぬんやから、全部捨てて生きてみったってええやん」



「でもなあ、人には捨てれんもんがあるんよ。殺せんもんがあるんよ」



「いろんなことがあって全部が全部嫌いになりそうになるんよ。そしたらな、そんなの嫌やって思うんよ。だから、殺すんかもなあ。自分が死ぬ前に、自分の大切なもん抱いたまま、自分を殺すんやろな」


 私も実際、うつ病になった時があったんですが、あれは酷いものでした。病気だと言われるのも納得です。その時強く思ったのは、他のうつ病や様々な精神的な問題を抱えている人への同情でした。理屈じゃないんです。訳もわらず活力が削り取られ、不安や恐怖なんかが溢れてくるんです。胸の辺りにズンと、おもりがかけられたみたいに重くなるんです。そして何より、自分自身の希死念慮に自分自身で怯えてしまうんです。他の人が私と同じような症状なのかはわからないので、適当なことは言えませんが、自殺をしてしまった人たちは死にたいのではなく、死ぬしかないという衝動に背中押されてしまったんだなと思いました。死にたいわけじゃないんです、死ぬのが怖くないわけじゃないんです、でも死ぬしかないと思ってしまうんです。今でも治ったかと言われるとよくわかりません。うつの症状はないので治ったのでしょうが、私的な感覚だとそれはおかしな話なんです。不安や恐怖、活力の湧かなさ、希死念慮なんかは無くなったというよりも、私に馴染んだような感じなんです。慣れたという言い方もなるほどと思います。考え方はすっかり変わりましたし、世界の見え方もガラッと変わりました。だから彼も、今まさに馴染んでいる最中なんだろうなあと思います。目を離さんように気を付けて、彼が転んだらすかさず私も転べたらなあなんて考えてるんよ。


 後、笑うのが苦手になりました。笑う、というもんはすごいもんで、些細なことから最悪なことまでどんなもんでも吹き飛ばしてくれるんです。私はそれが嫌なんです。器用なことができればいいんですが、ずっと笑っていたら今ようやっと見えるようになった世界を見失ってしまうような気がするんです。人生楽しんだもん勝ちという言葉があります。まあ、結局その通りだなあと思いますね。でも、私は楽しさよりも大切にしたいもんがあるんです。ずっと繋がっていて、あったかくて、緩やかに流れるもんです。愛と表してもいいのかもしれません。楽しさ自体も私は苦手なんですが、楽しさっていうもんはたまごボーロのように一瞬で溶けてしまうんです。そして、胃に溜まるときには寂しさに変わってるんです。その点、愛はいいなあと思います。愛の中にも楽しさはありますが、それは愛に包まれて守られてるんです。だから、寂しさにはなりません。私の生きる指標は、楽しさというよりも愛なんでしょうね。


 でも、世の中がそれを許してくれないのが悲しいなあと思います。実際には、許しているんでしょうが私は節々にその否定を見せられるんです。人はみんな理想を持ってるわけで、満たせる理想もあれば底から崩れる理想もあります。そこにあるのは、人の性格なのかなあと思います。ちょっとの陰りを許せるか許せないか。深呼吸して視界を広げてみると意外と私はいろんなものを持ってるだなあと思います。


「ま、考えたって仕方がないこともあるんやないの


「語尾の調子良すぎやろ」


「私にも止められんのよ」


「ま、今は生きててよかったと思っとるよ。人は、こんなことで笑えんやから」


「よかったなあ」


 今日に飲むブラックコーヒーには、砂糖を入れてもええかもなあ。マイナスとマイナスはプラスやけど、プラスとマイナスはマイナスになっちゃうからなあ。え? 砂糖を入れたってブラックコーヒーはブラックコーヒーよ?




 だって、ミルクは入れんのだから。



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