チャラめ×素直になれない
@Azarea11
1話というかこれしかない
「歩夢、お前熱もないか?」
覗き込む翔斗の瞳に歩夢は身じろいだ。熱を測ろうと伸ばされた手を払い除ける。膝の擦り傷が存在を主張するように痛い。今はそれどころでは無いはずなのに。
「熱はない」
「じゃあ子供体温か」
翔斗はニヤリと悪い顔をした。
「お前身長低いもんな〜」
「うるさい、これから大きくなる」
ふい、とそっぽを向くと笑いながら言った。
「悪い悪い、拗ねんなって」
その心の底から楽しそうな笑顔にドキッとする。そしてそんな自分になにか腹立つ。
なんでこんなやつなんか……そう思う度に脳裏に焼き付いた光景が頭に流れてくるのだ。あの日翔斗がギターを弾いていた映像が。彼は心底楽しそうにギターを弾いていた。それさえあれば良いのだろう。見た瞬間にわかった。そして羨ましいと思ったのだ。
そんなにも情熱を注げるものがあることに。歩夢は今までそんなにも情熱を注いだことがなかったから。
そして……そんなにも情熱を注がれている「物」に。
自分でもおかしいとは思うけれど、思ってしまったのだ。あの瞬間に。自分もあんな風に想われたいと。彼の一途で情熱的な瞳の先にいることを羨ましいと思った。そこに自分が居たいと思った。
そして、もう1つ脳裏に焼き付いているのは____
「でもお前身長低い方が良いんだろ。ロリコンの癖に」
そうなのだ。ちょうど一年前のバレンタイン、見てしまったのだ。自分が想われたいと思った人がランドセルをしょった子に告白しているのところを。そしてしっかりと振られていた。
そんな所を見ても、まだ嫌いにならない自分が不思議で腹が立った。そして思ったのだ。これを使えば、自分が優位に彼とコミュニケーションを取れるのでは、と。けれど彼がたじろいでいのは最初だけだった。
「まーたその話かよ」
「またって何だ。その子の飲みかけのペットボトル持って帰ってたりもしてただろヘンタイ。」
そう言われて翔斗は……「嬉しい」と思った。そんなに自分のことを見ててくれて嬉しいと。自分の腹の底にあるものがドロっと溶けだしていくように感じた。
バレンタインから数日後、初めて歩夢に話しかけられた時、綺麗な人だと思った。人気のない場所に連れていかれ先日、告白して振られた時の写真を見せられた。そして僕の言うことを聞けと言われた時、安堵したのだ。またこの子と話せるのか、と。
その時の感情は生まれたことがないものだった。
今まで恋してきた相手のように守りたい訳ではなく、ギターを弾いているときのように綺麗なものでもない。
全てを大切にしたいと同時に全てを自分の手で壊したいという欲。相手の全てで自分を満たしたいと同時に自分の全てで相手を満たしたいという欲。全て大事にしたいと同時に全て自分の手で壊してしまいたいという欲。
そんな真っ黒でドロドロとした欲が凝縮した塊が腹に産まれたのがわかった。そしてそれはその日からずっと腹の底に在り続ける。
「そーいや今日バレンタインだろ?」
「だからなんだよ」
上目遣いの歩夢。日の光のせいか、少し頬が赤い。ああ、とても綺麗だ。壊したい。その感情をぐっと押し込めた。
「だからこれ」
俺はバックの中から1つの箱を取り出した。チョコレートだ。歩夢の目を見ながら言った。
「好きだ、歩夢。付き合ってくれ」
顔を真っ赤にする歩夢。時計の針の音が響くくらい、静かな時間が流れた。長い長い時間の後。
「ぼ、僕も……す、好きだ」
気を抜くと聞き逃してしまうほど小さな声で得られた了承。その声も可愛いと思った。奪って閉じ込めてしまいたいくらい可愛い。
俺は手に持ってる箱を開けて中を取り出す。
「はい、口開けて」
そうやって俺は歩夢に腹の底に溜まってる感情みたいに真っ黒なチョコレートを手渡した。
チャラめ×素直になれない @Azarea11
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