第6話 「加藤さん、事件です」
一
今日の会議ではいよいよサブリーダーの大野と翔が案を発表する日だった。翔は朝から緊張していてトイレに5回も行った。
「何回行くわけ。その頻尿、まるでおじいちゃんじゃん」
6回目のトイレから出てきた翔に向かって桃香が言った。
「何回行ってもいいでしょう。別に」
「いいけどさあ。それに、無口になってるし。普段あれだけどうでもいいことばかり話してるっていうのに」
「どうでもいいことばかりって、やめてくれる」
「だって、そうでしょう」
残念ながら否定はできない事実がある。
「もう。放っておいてくれよ」
「放っておくわよ」
怒り出した桃香に逆に翔が慌てる。
放っておかれるのも嫌なのである。
「ごめん、桃香」
「いいよ」
「あのさあ、桃香」
「何?」
「お願いだから、ここへ来て俺の手を握ってくれる?」
「いい歳をして甘えるんじゃない」
ぴしゃりと言われてしまった。
前に真衣にも同じようなことを言われたっけ。
おかげで翔はその日一人で会社に向かった。
いつもなら、二人でラブラブに出かけるのに。
そして、会議がスタートした。
「ではまずサブリーダーの大野さんからお話しください」
今日は紗英が司会をしている。
「わかりました。私は今世界的に対応が迫られているサスティナブルを取り入れたサスティナブルファッションを提案したらどうかと思いました」
みんなの、さすが、という顔が大野に向けられている。
「サスティナブルファッションを直訳すると、持続可能なファツションということになりますが、具体的にはファツションの生産、流通において自然環境や社会に配慮した取り組みのことを指します。ただ、一口にサスティナブルな取り組みといっても、取り入れ方も企業によって異なります。たとえば、動物の保護のために動物の皮や毛を使用しない「エコファー」とか「エコレザー」がその例です。プラスチックを再生してできたリサイクル素材を使用して製品を作る企業も出てきていますし、植物系の再生レーヨンやキュラプラもあります。その他、オーガニックコットンを使用する例など多岐にわたっています。こうした、サツティナブルファツションを売りにした事業提案がいいのではないかと」
「賛成です」
大野にべったりの畑中がすぐに反応した。
でも、みんなも頷いてる。
翔もいい案だと思ったけれど…。
「はい、ありがとうございます。では、最後にリーダーからお願いします。
ついにこの時がきた。
「私の提案はジェンダーニュートラル専門のファツションメーカーです」
「ほう」
真っ先に声をあげたのは横にいる大野だった。
「ウィメンズのスカートを穿く男性や、メンズ向けのジャケットを羽織る女性が増える傾向にありましたが、今、世界の有力ブランドが、服をデザインする最初から着る人の性別を固定しない、あるいは性別をぼかすような見え具合の装いを相次いで提案しているのはみなさんご存知の通りです」
「確かに」
再び大野が合いの手を入れた。
「男性だから男っぽい色や柄を着なくてはいけないという想い込みは、徐々に過去のものになりつつあります」
「翔ちゃん、カッコイイ」
桃香がかつてオリエンタルラジオの藤森が言った台詞を言った。
「ありがとう。人気ラッパーのマシン。ガン・ケリーさんや、日本では井手上獏さんたちがすでに実践されています。こうした傾向に伴い、国内のアパレル業界でもジェンダーレスの提案が出てきています。そこで、私が東航商事さんに提案したいと考えているのは、ジェンダーニュートラルの専門メーカーになることです。この業界では後発となる東航商事さんが参入するには、こうした特定分野に絞り込んだところからスタートするのが成功のポイントと考えます」
「いいですね」
ここでも大野が反応した。
「ありがとうございます、リーダー。これでそれぞれの案が出揃いました。まずは投票で候補案を絞りましょう。結果が複数の案に割れたらディスカッションをして1つに絞ればいいと思います」
挙手だと思惑や人間関係などに左右される可能性があるため投票形式にした。
結果は意外にも全員が翔が提示した案に投票していた。
「ということで、選ばれたのはリーダーの案です。リーダーから一言お願いします」
「みなさん、私の案を選んでいただいてありがとうございます。ですが、私の案がベストであるとも思っていません。私以外の方の案もそれぞれ良かったと思います。なので、この後はさらなるディスカッションを通してさまざまな肉付けをしていけたらと思いますので、よろしくお願いします。
ここで期せずして拍手が起きた。
二
「平野君、ちょっと」
翔が残業をしていたら部長室から出てきた真衣に呼ばれた。
えっ、何だろう?
ひょっとしてまだ実現してないキスの件か?
「はい」
前までは部長の机はみんなと同じ室内にあったが、最近、立派な部長室ができた。つまり個室だ。個室で真衣と二人きりになるなんて…。
それだけで、へんな妄想をしてしまう自分は異常か…。
ドアをノックして入る。
「座って」
なんだか妙にきつい顔をしている。
ひょっとして叱られる?
身に覚えはないけれど。
「僕、何かしでかしましたか?」
「そういうことじゃないから」
「そうですか…」
ちょっと安心する。
でも、にしては、真衣の空気がおかしい。
つい顔を見てしまう。
「何見てるのよ。今話すから、ちょっと待って。この仕事すぐ片づけるから」
真衣が机の上の書類を指さした。
「わかりました」
暇なので真衣が仕事をしている姿を眺める。
やっぱりいい女だ。
あのおっさん部長の不倫相手になっているなんて、ものすごくもったいない。
俺が彼女を不倫の沼から救い出してやりたい、などと考えていたら、翔の視線を感じたのか、真衣がつと顔を上げたため目が合ってしまった。どうしようかと思ったが、何も考えが浮かばないまま軽くウィンクしてしまった。
「何? 目でも痛い?」
軽くあしらわれた。
「いえ」
「今そっちへ行くから」
「はい」
真衣が椅子からすくっと立ちあがり、こちらに向かって歩いて来る。いかにも『できる女』感満載のその姿に見惚れる。颯爽と翔の前に座り、スカートから伸びた長い脚を組む。目のやり場に困った翔は、しょうがなく真衣の顔を見る。
「どう? プロジェクトのほうは?」
真衣のほうは翔の視線などまったく気にも留めていない様子だ。
「何とか頑張ってます」
「そんな頼りないこと言ってないでよ、リーダーなんだから」
「すみません。でも、部長、僕に厳し過ぎませんか? いくら僕のことが可愛いからって」
「あのねえ、ここは仕事場なの。そんな腑抜けな冗談につき合っている暇はないから」
なんか今日は機嫌が悪い。
それに、腑抜けな冗談って、どういうことなんだろうと気になったが、訊けるような空気じゃなかった。
「すみません」
「以後気をつけるように。で、話はそのプロジェクトのことなんだけど」
「はい」
「どうやらうちのプロジェクトの情報が博広社さんに洩れているようなのよ」
「えっ、ほんとうですか? 信じられない。やだー、どういうこと? ええー、困っちゃう」
本来なら絶句の場面だろうけど、もともとおしゃべりの翔はわけもなくしゃべってしまう。
「どういう反応なのよ、まったく。でも、ほんとうだから」
「そんな…」
「確かな情報源からの情報よ」
「もしかして、それってあの方からの話ですか?」
部長の不倫相手に違いないとわかったが、名前は口に出したくなかったので、『あの方』と言った。
「ま、そういうことよ」
「なんか聞きたくなかったなあ」
「そんなこと言ってる場合じゃなくて、問題は誰が流してるかよ。思い当たらない?」
もともと回らない頭を回すふりをして見るが何も出て来ない。
「まったく思い当たらないです」
「まあ、平野君に期待するほうが無理か」
「ひどい言われようですね」
「なら言ってみなさいよ」
「まったく思い当たりません」
「もお~、しょうがないわねえ。でも、私には気になるメンバーがいるわ」
真衣はプロジェクト会議には出席していないのでメンバーの様子はわからないはずだが…。
「えっ、誰ですか?」
すると、真衣が手招きした。
「行っていいんですか?」
「何勘違いしてるわけ。大きな声では言えないから呼んだのよ」
「なんだ、つまらない」
「もおー、さっさと来て」
そう言われたので席を立ち真衣の横に行く。
いい匂いがする。
その匂いだけで倒れそうになる。
「耳を貸して」
「えっ、耳ですか」
「他に貸してもらうところはないから」
「そんなあ。部長のためなら何でも貸しますよ」
「そういう冗談はいいから」
これ以上へんな冗談を言うとマジで怒られそうなので、耳を真衣の顔に近づける。
真衣が耳元で囁いたのは意外な名前だった。
「大野君よ」
「ええー」
「だから、大きな声を出さないでって」
「はい。でも、あの大野君が、ですか?」
「そうよ。彼に変わった様子はなかった?」
「う~ん。ないような気がするんですけどね…。でも、どうして部長は彼を疑っているんですか?」
「まず、他社から誘いがあるほどに優秀であること。次に、本人に野心があること。この2つとも平野君にはないと思うけど」
「別に僕のことを引き合いに出さなくてもいいんじゃないですか。当たってはいますけどね」
「ふふ。簡単に認めちゃうところが平野君のいいところよね」
「嬉しいです」
「喜ぶところでもないけどね。それで彼のことに戻るけど、ここ数か月の彼は少しおかしかったのよ」
「さすがは部長、部下のことをよく見てますね」
「見てますよ。平野君のこともね」
「なんか照れちゃうなあ」
「あくまで部下としてよ。で、彼、何か悩んでいる感じだったわけ。それで一度本人を呼んで話を訊いてみたんだけど、何も話さなかったのよ。でも、気になって注意して見ていたら、帰宅時間が妙に早くなったり、仕事に集中していない様子が見えたのね」
「そうかあ」
「だからといって、まだ彼だと断定はできないけどね」
「なるほど。で、この後どうするんですか?」
「会社として情報の流出を放っておくわけにはいかないでしょう。いずれ信用問題にもなりかねないし。だから探偵を使うことにしたわ」
「へえー、探偵を、ですか」
「そう。プロジェクトメンバーのうち、絶対無関係という人間を除いたメンバーを対象に調べるの」
「何人くらいになるんですか」
「数人よ」
「まさか僕は入ってないでしょうね」
「さあ、どうかしらね」
「ウソでしょう」
「ウソよ。平野君が入ってたら、この話してないでしょう」
「そうですよね」
「平野君は平野君で何も知らないふりをしてみんなのことを観察していて」
「わかりました」
三
「パパがさあ」
日曜日、桃香の部屋のソファーで気を緩めて寝転がっていた翔に桃香が言った。
「何?」
「だから、パパがさあ」
二度と聞きたくなかった言葉だ。
心臓に悪い。
前回初めて会った時、根掘り葉掘り、ああでもこうでもない質問や話をされうんざりしていたのだ。
「あんだって?」
「だから、パパがって言ってるでしょう」
「あんたがたどこさ?」
「いい加減にして。いつまでもふざけてると怒るよ」
桃香がマジになっていたので起き上がる。
「パパが、何?」
「家に来てほしいって」
「この間行ったじゃん」
「だから、また来てほしいんだって」
「何でよ。勘弁してよ」
「そんなにパパに会うのが嫌なの?」
「だって、怖いし、質問攻めにされるし、謎のクイズは出されるし、それにしつこいし」
「しつこいとか言うな」
「だって、そうだったじゃん」
「そうだけど、あの人、私を産んでくれた人だよ」
「産んでねーし」
桃香も桃香だ。
謎の冗談を放り込んでくる。
「産んでくれた人の旦那さんだよ」
「それは当たってるけど」
「そんな大事な人のお願いを無視するわけ」
「わかった、わかったよ。行くよ。行けばいいんでしょう」
「そんなやり投げな」
「投げやりだけどね」
「あれっ、そうだったけっか」
とぼけてるのか天然なのかがわからない。
「桃香の言ったやり投げは、槍を投げるの」
「えっ、だったら同じじゃない?」
そう言われたら、翔もわからなくなった。
「そうだけど、言い方が違うの」
「ふ~ん」
むりやり押し切った。
同レベルの人間の会話はこんなものである。
後でこっそり翔が調べてみたら、なげやりのやりは遣りと書くらしい。だから、つまり、なげやりのほうは槍を投げることではないことがわかったけど、桃香には教えなかった。自分のバカがバレちゃうから。
「それでね、ママから聞いたんだけど、パパったら翔のこと褒めてたみたいよ。今まで私がパパに会わせた彼氏の中で一番気に入ったって」
「ええー、そんな素振り全然見せてくれなかったけどなあ」
「ああ見えて、パパって、照れ屋さんだから」
「照れ屋って、いい歳してからに」
「いい歳とか言うな」
「はい、すみません」
「で、なんかへんな魅力があるとか言ってたらしいの」
「へんなだけは余計だけどね」
「何言ってるの。へんなところが魅力だって言ってんじゃん」
ん?
なんか違う気がするけど?
「そうなの」
「それで、今度は翔ちゃんに頼みたいことがあるらしいよ」
「俺に? パパが?}
「私のパパに気安くパパって言うな」
「ごめんね。じゃあ、お父様ならいい?」
「そういうことじゃなくて、桃香のをつけろっていうことよ」
「ああ、そういうことね」
「あのパパは私のパパであって、まだ翔のパパではないんだから」
「そりゃあ、そうだね。なんなら、このまま永遠に俺のパパにはならないこともあり得るしね」
「ん? アリエル? それはナイエル」
「なんで急にカタコトの日本語になるのよ」
「ちょっとパパのマネをしてみた」
「って、桃香のパパ、日本語ペラペラじゃん」
「でも、パパ、ああ見えて外人だから」
「ああ見えてって。どこからどう見ても外人にしか見えませんけど」
「でも、パパも帰化してるし」
桃香のボケが始まってしまった。うっかり乗ってしまうと桃香のボケの沼にはまるので打ち止めにしておく。
「そういうこと言ってるんじゃなくてさあ。そんなことより、いつ行けばいいの?」
「来週の土曜日か日曜日に来てほしいって」
「あっ、そう。だったら、日曜日にしてほしい。土曜日は予定が入ってるから」
実は土曜日は松村渚からホームパーティの誘いを受けている。翔のために可愛い娘を呼んでいると聞いているので外せない。
「予定?」
まずい。
へんなところで反応した。
「あっ、仕事ね」
「仕事? その日何かあった?」
同じ職場で働いているのでお互いの仕事の状況はだいたいわかっている。こういう時、彼女が同じ職場というのはやりにくい。
「仕事って、その日は何もないんじゃない?」
「常務のゴルフのお供」
「聞いてないよ」
「昨日突然言われたんだよ」
「ふ~ん」
明らかに納得していない。
いや、疑っている。
「ウソだと思うんだったら常務に訊いてみればいいじゃん」
なぜか桃香は常務ことが苦手で、常日頃から常務と会話するのを嫌がっているのを知っていた。
「別に疑ってないけどさあ」
口を尖らせている。
「おっとー、その顔カワイイねえ」
「ええー、そう?」
「桃香はいつでも、どこでも、何をしていてもカワイイよ」
「ええー、そう?」
自分の両手で顔を挟むポーズをしている。最近、あざと可愛いと言うのが流行っているけど、桃香のそれは天然ものだ。
「わかっているくせに。もう、お嬢様たら」
「あっ、バカにした」
「してないよ。俺が桃香をバカにするなんて罰が当たるよ」
「それがバカにしてるって言うのよ」
「はい。ごめんなさい。ともかく日曜日でお願いします」
都合が悪くなったら、即謝るのが翔流の対処法。
「うん。わかった。パパにはそう伝えておく」
四
その土曜日のこと。
桃香には常務とゴルフと言ってあったので、使いもしない重いゴルフ道具を抱えて家を出た。途中、駅の荷物預り所に用具を預け、渚の部屋に行く。
気持ちはルンルンだ。二人の美人友達に会えるだけでも嬉しいのに、今回は自分のために可愛い娘まで用意してくれるというんだから、天国みたいだ。いや、ハーレム?
部屋の前でチャイムを鳴らす。
「は~い」
中川美優の可愛い声がする。
「オレ~、オレ~、オレオレオレオレ~」
「平野君って、おもしろ~い」
恐らくこういうバカバカしいことを喜んでくれるのは美優か、付き合い始めて間もない頃の桃香ぐらいのものだろう。
「笑ってないで早く開けてくれる」
「ごめんなさい。今行くから待ってて」
ややあって美優がドアを開け顔を出した。
「いや~、びっくりしたなあ」
翔は大げさに驚いてみせる。
「何が?」
美優は意味がわからないらしい。
「あまりに君が美しくて」
「玄関先でいきなりそんなこと言うのやめてよ、恥ずかしいから。とにかく入って」
美優の顔には『まんざらでもない』と書いてあった。女性はとにかく褒めるに限る。そんなイタリアの男のポリシー(?)を、翔も善としている。実際問題、美優は美人以外のなにものでもなかったけど。
リビングに入ると渚が待っていた。
「どうも、初めまして」
と頭を下げると、
「何それっ」
真面目であまりくだらないことが好きでない渚が憮然とした表情を見せた。
「平野君。おもしろ~い」
またもや美優が喜んでくれた。
「美優、やめてよね。そういう甘いこと言うと、平野ってすぐに調子に乗るの知ってるでしょう」
「は~い。ごめんなさい」
美優は性格もカワイイのだ。
「せっかくの美人がそんな顔をしちゃあ台無しだと思うけどなあ」
翔が渚に言う。
「余計なお世話よ」
美人と言われたことには満更でもなさそうだった。
「相変わらずスタイルもいいし」
「はいはい。とにかく座ってて。もうすぐ残りのメンバーも来ると思うから」
リビングはすっかりパーティ会場に模様替えされていた。キッチンに入っていた美憂が少しずつ料理を運んでいる。
「うん。ところで、今日は何人集まるの?」
「この後3人来ることになっている」
「もしかして、全員女の子?」
「そうよ」
「ラッキー」
「あくまでもホームパーティで親交を深めるのが目的だからね。ナンパとかするんじゃないよ」
「わかっていますよ。俺がそんなはしたないことをするとでも思ってるわけ」
「思ってるから言ってるのよ」
「あちゃー」
もちろん、ハナからいい娘がいればそうするつもりだった。
「何があちゃーよ」
ちょうどその時チャイムが鳴つた。
「来たみたいね。美憂ちゃん、出てー」
キッチンにいた美憂に声をかける。
「は~い」
美憂の従順な声がした。どうやら、美憂にとって『彼氏』である渚の言うことは絶対らしい。改めて二人の関係がわかったような気がする。
リビングに戻ってきた美優の後ろから3人の女の子が現れた。
スゲー、みんな可愛い
「あそこで偉そうにしているのが、噂の平野翔君」
噂のということは、以前から自分のことを話のネタにしているのだろう。
「キンプリの平野君と同じ名前で、結構イケメンだけど、でもやっぱりキンプリの平野君にはちょっと劣る平野君なのよね、わかる?」
と3人の女の子のほうを見て言う。
すると、3人が納得という顔をして頷いた。
「あのさあ、どんな紹介なんだよ、まったく。でも、皆さん、初めまして。今紹介いただいたキンプリの平野君にはちょっと劣る平野君です」
内心、『ちょっと』という褒め言葉に有頂天になっていた。
「おもしろ~い」
どうやら美憂と同じ感性を持っていそうな子が呟いた。3人の中で一番翔のタイプの真ん中の子がその子だった。
「じゃあ、それぞれ自己紹介してくれる」
渚に言われ、3人が翔に向かって自己紹介をしてくれた。
真ん中の翔のタイプの子の名前は岡崎桜子。3人の中で一番の美人。その右の、ちょっと見、高嶺の花という感じのツンツンした子は木田茜。何とかという女優に似ている気がする。もう一人左にいる子はちょっと陰のある感じの、どちらかといえば幸薄そうな顔をしている。名前は富村瑠衣と言った。
「ということで、自己紹介も終わったのでパーティに移りましょう。まずは乾杯をするので、みんなビールの入ったコップを持って」
渚の音頭で乾杯し、パーティは始まった。とはいえ、ただ食事をしながら自由に雑談をするだけの気楽なもの。翔の隣には美優が座って甲斐甲斐しく世話をやいてくれる。きっと渚にそう言われたのに違いない。翔にとっては嬉しいことだったけど。
「ねえ、平野君」
美優が突然翔の耳元に顔を近づけて言った。美憂の息が翔の耳にかかり、ゾワっとしてしまう。この間、真衣に耳元で囁かれた時もヤバかったけど…。
「やめてよ。俺耳弱いんだから」
「ふふ。耳弱いんだ」
「ていうか、たいていの男は美人にそんなことされたらゾワってしちゃうと思うよ」
「あっ、そう。でもさあ、私は耳は強いよ」
「ええー、そうなの?」
耳が弱いというのは聞いたことがあるけど、耳が強いなんて聞いたことがない。
「息吹きかけて見る?」
そう言って、髪をかき上げ剥き出しになった耳を翔に向けてきた。
なんか、すごい色気。
そんなことされたら…
一瞬やりたいと思ってしまったが、何か危険な感じがしたのでやめておく。
「今回は遠慮しておくよ」
「今回はって、次あると思う?」
どういう風に解釈したらいいのかわからない。
美優も桃香と同様、不思議ちゃんだ。
「ないかもしれないけどさあ。それより何?」
「平野君の好みの子は?」
視線を前に座る3人の子のほうに向けながら小声で言う。
「真ん中の子」
「やっぱりね。そう思った。彼女、平野君の好きな顔してるものね」
「うん」
二人でこちょこちょ話していると、渚が突然立ち上がって話し出した。
「さあ、平野君。ここでクイズです」
「何? 何が始まるわけ?」
戸惑う翔に隣に座る美優が再び耳元で言う。
「だから、クイズだって言ってるじゃない」
「それはわかっているけどさあ。俺耳弱いって言ったじゃん」
「だからやったんじゃん」
「ちょっと、そこの二人。さっきからいちゃいちしてるけど」
渚が半分本気で言っている。
「いちゃいちゃなんかしてないから」
美優が口を尖らせて言った。
「ならいいよ。で、平野君、問題です。ここに3人の美女がいるけど、実は一人だけ男性なの」
「えっ、ええー」
あまりの衝撃でビールの入ったコップを倒した。
「ちょっとー」
美優が慌ててティッシュで拭いている。
「驚いた?」
渚がおかしそうに言う。
「死ぬほどびっくりした」
「まあ、無理もないけどね。平野君は誰だと思う?」
「う~ん」
そう言いながら、前に座る3人をじっくり見てみるが、どう見ても3人とも女の子にしか見えない。さっきから会話をしているのを聞いていたけど、声もみんな女の子の声だった。
「そんなにじっとり見つめられたら彼女たちも照れちゃうじゃない」
確かに3人とも翔にまじまじと見つめられ、目線を逸らした。
「でも、ちゃんと見ないとわからないでしょう。というか、ちゃんと見てもわからなかったんだけどね。どう見ても3人とも女の子にしか見えないよ」
「そうでしょうね。私が初めて会った時もわからなかったからね」
「そうなんだ」
「そう。じゃあ、質問を変えます。もし、3人とも女の子だとして、お持ち帰りできるとしたら、平野君はどの子をお持ち帰りしたい?」
「ええー、今言うの?」
「そう」
「何なら私が代わりに言おうか? だって、さっき平野君の好みの子を聞いちゃったもの」
美優がいたずらっぽい顔を翔に向ける。
「いやいや、参ったなあ。じゃあ、言うよ。真ん中の子」
「ふ~ん。というか、やっぱりね」
「渚もそう思う?」
美憂が納得の顔をしている。
「うん。平野君の好みって、昔からぜんぜん変わってないね」
「そうか?」
「そうよ」
「でもって、そろそろ正解を教えてよ」
「わかりました。では、発表します。この3人の中で実は男性なのは、今平野君がお持ち帰りしたいと言った真ん中の岡崎桜子ちゃんです」
「ええー、ウソー」
腰を抜かしそうになった。確かに真ん中の子は翔の好みの顔だったけど、同時に、この子だけは間違いなく女の子だろうと思って選んだのだ。
「ウソじゃありません。何なら、こっちに来てボディタッチしてみる」
「いや、いや、いや」
「ちなみに、彼女というか彼の本名は渡辺益孝君です」
「ますたか?」
「そう。どうする? お持ち帰りする?」
見た目だけだったらお持ち帰りしてもいいかなと思ったりしたけれど、ますたかと聞いて挫けた。
「いやあ~」
声にならない声が洩れた。
「ちなみに、桜子ちゃんは平野君のこと、どう思うの?」
渚が訊かなくてもいいことを訊く。
「私の好きなタイプです。というか、好きです」
「マジかよ」
見た目と声のせいか、男の子から告白されている感じがまったくしない。
「なんか、デレデレなんだけど」
隣の美優が言う。
「ひょっとして、美優ちゃんは最初から知ってたの?」
「もちろん」
「ええー、ひどいなあ」
「でも、良かったじゃん。相思相愛で。これでカップル誕生だね、おめでとう」
渚が言い。残りのみんなも拍手して言った。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
まずい。
まんまと渚と美憂の罠にはまった。
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