第8話「お屋敷の雰囲気を改善するわよー!」

「さてハンス! さっそくだけれど屋敷の事を教えてちょうだい! まずは東棟の使用人の仕事内容からよ!」

「かしこまりましたお嬢様、できれば、なぜか、をお教えいただけますか?」


一夜明けて元気を取り戻したロザリアは、筋肉痛の足を引きずりつつもアデルを引き連れて屋敷の改善に向けた有言実行の第一歩を踏み出した。


その姿は前日とは違いまた赤系のドレスであったが、アデルの手腕により威圧感よりも気品を引きたたせていたので屋敷の皆は『以前のお嬢様が返ってきた』と喜んだものだ。

髪は一部を編みこんで後は大半を後ろに垂らしていたが、耳の両脇に垂らした髪は熱したコテでらせん状にカールさせている。ロザリアが最初にそれを見た時は、

『ちょっと髪巻いて、ってゆったけど! ゆったけど! 髪がドリル! マジでドリル! 超ドリルなんだけどー! マジウケるーwww』

と内心盛り上がったのはここだけの話である。ちなみに、アデルもまたロザリアの手によって可愛らしく化粧をほどこされていた。


痛む脚は長いドレスで隠しているものの、足を引きずっているのは一目瞭然りょうぜんなのでハンスは慎重にゆっくりと屋敷を案内した。


「東棟の使用人の仕事の振り分けが悪くなっているのよ、昨日私が階段から落ちたのも、元はといえば、アデルが業務外の仕事を頼まれたからなの。

 あ、いえ、それは別に良いのよ? 責める気は無いわ」


ハンスが一瞬不安そうな顔をしたのに気づき、ロザリアはあわててフォローをする。


「その人も別に悪気があったわけでは無いと思うわ。猫の手も借りたい状況だったのでしょうし」

「ご理解いただきありがとうございます。……面白い言い回しですね、猫の手を借りる、とは、猫好きのお嬢様らしくていらっしゃる」

「え? そ、そうね、ありがとう」


『ええーこの世界って”猫の手も借りたい”とか言わないの? 言わないな。ヤバ、変なカンヨーク使わないようにしないと、カンヨークってそういえば何だろう、缶のヨーク的な何か? まずヨークって何?』

自分の発言の意外な問題点に気を引き締めつつも、どうでもいい事を思いながら『どうでもいい事なのかよ』ロザリアはハンスの案内で問題の東棟に向かった。



話を聞いてみれば簡単なもので、ロザリアの母が倒れて以降母の侍女の一人が出入りの商人との窓口を代行していたのだが、商人から薬を受け取るたびに真っ先に母に渡すために職場を離れていたからであった。

その侍女は東棟の仕事の割り振りも受け持っていたので前日から当日までに発生した仕事が時々手つかずになっていたのである。


他の使用人達は毎朝とりあえず判っている仕事から取り掛かっていたので問題が表面化しにくかったのだ。

アデルが手伝わされたのは、たまたま通りがかって、たまたま急いで運ばないといけない品物が発覚していて、背の低い彼女が持つには、たまたま少々大きく重すぎたのが原因だった。



『あーね、誰だってこのお屋敷で2番目にエラいお母様に良いトコ見せたい、って思うもんだしー? 薬だって届いて欲しいのはホントだしー?』

ロザリアもハンスも若干あきれ、当の侍女も恐縮し切っていたが、頻度ひんどの少ない事柄だったので、とりあえず別の侍女を1人昇格させて当日までに発生した仕事のみの割り振りを担当させ、薬は今までどおり当の侍女が運ぶ事で丸く収めた。尚”あーね”とは”あーそうだね”の略である。



「お嬢様、お見事でございます。こういう細かいところは中々気づかないもので、至らず申し訳ありません」

「良いのよ、昇格した子も賃金が上がって喜んでたようだから丸く収まって良かったわ」


別の棟へ向かう道すがらハンスと話してみると、問題の原因の多くはこの屋敷の女主人であるロザリアの母が采配できなくなっている事が仮にでも適切に割り振られていない事が大半だった。

『うーん、ウチが全部それ出来たら良いんだけど……、無理! 絶対手に余る!』

自身の王太子妃教育もおろそかにするわけにいかないので、屋敷の各所におもむき、その場の使用人の意見を聞きながら仕事や権限を一時的に割り振っていった。



それからのロザリアは毎日精力的に屋敷のあちこちにおもむいた、できる事はいくらでもあった、あちらで人間関係の修復、こちらで使用人の不満を聞いては、可能なものは改善していった。

『今思ったら、お母様って結構あちこちに歩き回ってたわよねー? あとアレクサンドラとよくお茶してたのもこういう要望とか不満を聞き出していたのかも』

今までの自分はいわば勉強だけをしていたひきこもりも同然だった、とロザリアは我が身を振り返るのだった。



一月あまりの後、ロザリアは屋敷に広がる庭園の東屋ガゼボでゆっくりと午後のお茶を楽しんでいた。

陽の光も眩しい庭園は鳥がさえずり、春が近い暖かな風は心地よさを残してロザリアの身体を吹き抜けていった。

屋敷の改善に忙しかったのは前半くらいで、そのうち皆の仕事が回るようになってからは午前と午後の王太子妃教育を終えた後、必要に応じて屋敷の各所へおもむく程度になっていた。

空いた時間に毎日母を見舞うので、母親の容態もかなり安定したようである。


「こんな穏やかな日っていつぶりかしら」

「そうですね」


答えるアデルの表情もいつもの仏頂面ながらずいぶん柔らかくなった、やはり人には余裕が必要なのだ。

とロザリアがしみじみと平和な日常とお茶を味わっていたが、突然その静寂が破られる


「お嬢様! 大変でございます!」

「どうしたのハンス? そんなに慌てるなんて珍しい。あらあら、息まで切らせて、アデル、お茶を入れてあげて」

「かしこまりました、少々冷ましますね」

「そんな落ち着いている場合では……、あ、いただきます」


「落ち着いた? それで、どうしたの?」

「はい、それではお伝えさせていただきます、先ほど王城から先触れが参りまして」

「王城から? 何かあったの?」

「はい、婚約者様が、王太子殿下がこの屋敷に来られます」


次回 第9話 「親戚とか来るときの準備って、超面倒なんですけどー!」①

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