第7話「謝罪を終えて、マジ疲れたんですけどー、ですけどー……」

「お嬢様、謝罪の旅、誠にお疲れ様でした」


アデルがねぎらいの言葉をかけるが、ロザリアはベッドで突っ伏したまま声も出す事ができない。かろうじて「んー」と返すのが精いっぱいだった。

主の様子に苦笑しつつ、アデルはロザリアの服やコルセットを緩めてやり、


「お御足みあし、失礼いたしますね」

と優しくその足をマッサージするのだった。


「痛い痛い痛い痛い!」

「我慢して下さい、あんな無理をするのがいけないんです」


すました仏頂面でマッサージを続けるアデル、最初は怒っているのかとロザリアは思ったが、元々これが素の表情らしい。



ロザリアは執事長と侍女長に謝罪した後、同様に屋敷の皆に謝って回ったのだが、結果、今のような醜態を晒す事になった。

『この屋敷マジ広かった……、つーか広すぎ……。学校並の広さなんだもの……、前世の体力なら問題無かったかもだけどさー』


侯爵家が必要に応じて王都に滞在する為のタウンハウスなので当然である。そこを転生後の体力を一切考慮せずにあちらへこちらへと歩き回ったので、体力を使い果たしたのだった。

それでも、根性で自分の部屋までは自分の足で歩いて帰ったのだが、見守る皆に気遣われながら部屋に入るとさすがに立っていられず、アデルの肩を借りてベッドにようやく倒れ込んだのである。


『あー、マジ体力無いー。自主トレでもしようかしら、アデルの目を盗んで合気道の型だけでも一瞬だけ練習していくとか……』

この身体はとにかく体力が無い、重いドレスを着て社交ダンスを踊るくらいの体力はあるが、さすがに昼過ぎから夕方まで歩き続けるような体力はなかった。


おそらくハンスはそれを見越して使用人を各場所ごとにある程度集めてくれていたのだと思う。執事をやっているだけあって、そのような段取りも見事だった。



そういえば食事もまだだったので、軽いものをアデルに持ってきてもらって、座る力も無いのはどうしようもないのでベッドの上で食べる事になった。

「まるで病人よね」、という感想には、「ほぼ病人のようなものです」というアデルのありがたいお言葉が返ってきた。

「あーんしてあげましょうか?」との申し出は、何かヤバい世界の扉を開きそうだったので、ロザリアは根性でお断りした。


湯あみをする体力も無いので、身体を清拭せいしきして着替えた後は何となくアデルと会話をしてみることにした。歩き回ったせいで興奮状態が抜けきっておらず、すぐには眠れそうになかったからだ。

『そういえば今夜のアデルって、枕元の近くに座って控えてくれてるよね? ちょっと前までは目立たないように部屋の隅の方に控えていたっけ……。ちょっとは、仲良くなれたかな』



「アデル~、私の事バカだと思っているでしょう?」

「はい、バカですね」

「はっきり言うわねー」

ばっさりとアデルに言い切られ、苦笑するしかないロザリア、中々にこの子は毒舌だ。


「先ほどお嬢様に、今後の気遣いは一切不要とのお言葉をいただきましたので」

「そうね、ええ、バカな事をしたわ、今までバカな事をしてきたんだもの、これくらいのバカな事をして、倒れるくらいでないと申し訳ないわ」

「本当に倒れられると迷惑です」

「ものの例えよ?」


アデルの口調が割と真面目に心配してくれていたようだったので、ロザリアは気遣うように返したのだが。


「今現在進行形で倒れていらっしゃいます」

「……ゴメンナサイ」

『そういえばアデルとこんな会話も今までした事がなかったっけ……。相手と話もしないで相手を信頼できなくなって誰も信じられない、って、本当、サイアク』


「それでも、皆喜んでたわ、よね?」

ロザリアはそこだけは気になっていたので、自己満足で終わっていないか、とアデルに聞いてみる事にした。

「それは間違いありません、だからと言って最後には使用人の皆と『お嬢様あああああ!』『使用人の皆さまあああああ!』と泣いて叫びあうのは貴族としていかがなものか、と思いますが」

「い、いいじゃない、あれくらい、……あなた意外とよくしゃべるのね、知らなかったわ」


アデルが先ほどの皆の表情や口調を身振り手振りも真似て話すのにロザリアは少々驚く、この子こんなに表情豊かにしゃべる子だったのか。


「必要が無かったからです」

『また元の仏頂面に戻った……。どうもこの子のキャラが掴み切れないなー』


「そう、でもこれからはそうはいかないわよ、明日から屋敷のあちこちに連れ回すわ。あなたも今後は知り合いの使用人達から色々な情報を聞いて回ってちょうだい、不平不満とか要望とか」


ロザリアはようやく自分のやるべき事がわかった、という感じでアデルにも付き合うように言ったのだが、


「……かしこまりました」

「何よ、その一瞬の間は」

「使用人に知り合いとか、友人と呼べる人がおりませんでしたので、ですが問題ありません、すぐ作ります」

わりと意外な答えが帰ってきた。


「そ、そう? お願いね……?」

『今までぼっちだったのに、急に友人を作れるもんなの?』 と思いつつ、ロザリアは疲れから来る心地よい眠気に身を任せるのだった。



主が眠ったのを確認すると、アデルはいつものように主の寝支度を済ませ、そっと枕元に寄ってロザリアの寝顔をながめる。

穏やかな、穏やかな寝顔だった。ほんの少し前は寝顔ですらどこかつらそうだった、もうあの時のロザリアはどこにもいない。


「お疲れ様でした、おやすみなさいませ、お嬢様」

その寝顔を見守るアデルの表情は、ほんの少し微笑んでいた。


次回 第8話「お屋敷の雰囲気を改善するわよー!」

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