第5話「お着換え完了よ!さぁ出陣!」

『ええええ……よりによってそんな濃い内容のゲームに転生しちゃったの……?』

呆然とするロザリアだったが、ゲームに疎かった前世の彼女でも複数のナンバリングタイトルの続編やスピンオフ、大量のグッズが発売され、

小説化やコミカライズされた一部はアニメにもなるくらいの人気だった事は知っていた。



前世の施設でも、共用のゲーム機の使用権を巡って男子女子で壮絶な主導権争いが行われていたが、

女の子グループがプレイする時はかなりの確率でこのゲームが選ばれていた。

が、前世の『のばら』は施設の外で合気道を習っていたり、子供達と遊ぶ時はゲームの使用禁止時間などの時だったのでゲーム自体とあまり接点が無かった。

それでも自分より年下の女の子達が目をキラキラさせながら遊んでるのはたまに目にしており、見物していた。


『あー! またロザリアが出てきたー!』 『マジむかつくー! また好感度が下がるー!』 『消えろー! 死んじゃえ―!』


『はーいみなさーん、汚い言葉使ったのでゲームはそこまででーす』


『『『えーーーー!!』』』 『えーじゃありません、先生いつも言ってるでしょう? 汚い言葉はあなた達を汚く見せるの、そこに座りなさい、正座、そもそも……』


『ねーのばらママー! 先生にお願いして―!』 『だめー! 決まりは決まりだよー!』


『『『えーーーー!!』』』 『えーじゃありません、のばらママいつも言ってるでしょう? 決まりは決まりなの! そこ座りなさい、正座、そもそも……』

『だめだお説教が増えた……』 『見た目チャラいけどこういう人だった……』 『ごめん……』


『よっしゃ! 先生! 女子がやったらダメなら俺たちが!』 『『ダメです』』

『えー!』 『それとこれは別だって』 『きちんと話し合って、今は女の子達がする番だ、と決めたんでしょう? そこに座りなさい、正座、そもそも……』 『なんで俺まで……』



前世の施設での一幕を思い出してちょっと懐かしんだものの、結局ゲーム自体の事はよく思い出せないので状況はあまり変わらなかった。


『役に立たないなウチの前世! フツー前世の知識で無双でしょ!? ただのJKだったけどさー!

 えっとー、要するに、ウチは乙女ゲームの悪役令嬢に異世界転生した、と。

 けど悪役令嬢って具体的に何をするんだろう……。よし、わからん! このまま行く!

 どうせ人生と同じで先の事なんて何もわかんないんだし!』

『あのゲームって、確か王立魔法学園に入学してからの話だしー、今は入学前の2月でしょー? あと2ヶ月はあるからとりあえずそれは置いておこう』


ロザリアはあっさりと割り切る事にした。今、自分ができる事・やらなければいけない事を優先して、

自分にできない事・後でも良い事を選り分けて後回しにするのはとっても大事。


「お嬢様、お支度が終わりました」

なかば開き直って腹を決めたロザリアに髪型のセットや化粧を終えたアデルが緊張した声色こわいろで声をかけてくる。見ると、自分の顔はがらりと印象が変わっていた。

赤く長い髪は繊細に編まれ、頭の後ろにまとめ上げられて楚々そそとした印象になり、萌黄もえぎ色のドレスと相まって一凛のつぼみ薔薇のようにも見える。


化粧はごくごく薄く、白粉おしろいは控えめにはたかれ、吊り上がり気味の目や眉はおとなしい印象になるようアイラインも控えめに化粧で下げられ、

口にさすべに薄紅うすべに色が選ばれ、むしろ本来の色より落ち着いた色となった。派手気味な顔立ちは顔の凹凸を抑えるよう絶妙に化粧の色で調整されて年齢相応の顔立ちになっていた。



『は!? え!? マジ沸いた! ヤバ❤ マジ良き❤ 何この美少女! しごできが神! 神イズゴッド! 化粧させたらアデルしか勝たん!』


心の中で爆発する賞賛の言葉の数々を、貴族令嬢としての教育の成果でぐっと抑え、かろうじて表情に出さない事に成功するロザリアは、

これなら使用人達にも、あまり威圧感を与えずに済むだろう、と安心する。


ちなみに”沸いた”は”興奮している”、”しごでき”とは”仕事が出来る”の略であり、”勝たん”は”勝るものはない”という賞賛の言葉であるー。あとの細かい所は雰囲気で理解していただきたい。

『ちょっとー、言葉の解説が雑になってない?』全部やるの正直面倒臭い。『こいつ……』



「ありがとうアデル、素晴らしいわ」

「あ、ありがとうございます」


また涙ぐみそうになるアデルの目元にあらあらとロザリアはハンカチを添えながら、思えばアデルはまだ年若いとはいえ侯爵令嬢の侍女として選ばれるだけあって、

様々なスキルをきちんと認められていたはずだ。そのスキルやセンスを無視して自分の要望だけをゴリ押ししていた自分は悪役令嬢と呼ばれても仕方なかった。


「今まで色々な助言をしてくれていたのに、ないがしろにしてしまってごめんね。これからもお願いね」

「そんな、重ね重ねもったいないお言葉です」


そっとアデルの手を取り、両手で優しく包んで謝意を伝えるロザリアは、アデルの指が荒れている事に気づく。

自分の指は爪も綺麗に手入れされており、いわゆる労働を知らない貴族の指だ、対するアデルの指は、自分よりも年下のはずなのに水仕事や日々の労働のせいなのか荒れてしまっていた、

指先には歳に似合わない小さな傷や皺が刻まれ、何によるものかわからないタコまでできていた。


『アデルって、ウチがどんどん人を遠ざけて、何人もいた侍女を我儘わがままを言いたい放題して換えていったせいで、最後にたった一人でウチの侍女やれって言われたんだよね……。立場が弱いせいだろうし、今までいっぱい苦労をしてきたんだろうな……』


ロザリアはそっといとおし気にアデルの指をさすり、ドレッサーの上に並んでいた化粧品から保湿クリームをとって、アデルの指につけるのだった。


「お、お嬢様!? もったいないですよ!? これとても高価なものなのでしょう!?」

「いいのいいの、あなたも女の子なんだから、手や指は大事にしないといけないわよ。ほら、これでいいわ」


呆然と自分の指とロザリアの顔を交互に見てくるアデルの顔は、化粧っ気も無くほぼ素顔だった、あんな素晴らしい化粧の腕を持っているのに、こんな可愛い自分の顔には無頓着むとんちゃくなのだろうか。


「ねぇアデル、あなたはお化粧とかしないの?」

「え……? いえ、私は仕事中ですので?」

「仕事とか関係ないわよ、ほら、今度はアデルが座って座って」

「え? いえ! あの?」


アデルが呆然とした状態からまだ立ち直りきってないのを良いことに、ロザリアはさっさとドレッサーの椅子にアデルを座らせた。



「ほらアデル、できたわ、とっても可愛いわよ」


ロザリアは前世でギャルをやっていただけあって化粧は慣れたものだった。アデルがまだ仕事中という事もあって控えめで済ませたが、それでもポイントを押さえた化粧は彼女の可愛らしさを引き立てていた。

『はぁ~~❤ きゃわきゃわ❤ かわヨ~❤ 可愛い女の子を更に可愛くするのはやっぱ良き~~❤』


「は、はぁ……これが私? あ、あの、お嬢様、私まだ仕事中なのですが、よろしいのでしょうか!?」


ロザリアは内心ご満悦まんえつだが、化粧されている間、ずっと何がなんだかわからないという顔をしていたアデルが、ようやく我にかえる。

ちなみに、”かわヨ”は”かわいい”を”かわE(いー)”と書いたのを、Eとヨを入れ替えたものである。


「いいのいいの、お化粧は女の子の最低限の身だしなみなのよ。他の人たちだってこれくらいやってるわよ、むしろまだおとなしいくらいよ?」

「は、はぁ……。お嬢様、化粧お上手なのですね……」

「え!? ええ、まぁうん、ほら、ずっとあなたの化粧を見てきたわけだし、これくらいはね? さぁ皆に謝りに行くわよ!」


ロザリアはうっかり今の自分ができるはずの無い事をやらかしてしまった事に気づき、あわてて部屋を出てごまかそうとするが、アデルに呼び止められる。


「お待ちくださいお嬢様、屋敷の皆に謝罪されるとの事ですが、本来はお嬢様がこの部屋、もしくは談話室などに使用人を呼びつけるのが本来の筋と思われます」

「え、ええそうね? でも、」

「わかっております、お嬢様は一人ひとりに会う事で筋を通したいのだと、それに私も屋敷の全員をいちいち一人ずつ呼びつけるのは非効率だと思います、皆の仕事をする手も止まりますし」

「そうでしょ? だから、」

「であるからこそ、この屋敷で働く使用人のトップである執事と侍女長くらいはお嬢様の所に呼び出す、という事でどうでしょうか」

「え、ええ、そうね、それでお願い」

「わかりました、ではこちらへどうぞ、談話室にご案内いたします。執事といえども男性ですので、お嬢様のお部屋に入れるわけにはまいりませんので」


発言をことごとく食い気味にさえぎられ、それもそうね、と思いつつ、この子元々はこんな感じだったのかしら? と頭の中で?マークを浮かべながら、ロザリアは談話室に向かう事にした。


次回 第6話「執事ハンスと侍女長アレクサンドラ」

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