第50話

「残念だったわね。ミントちゃん、疲れて寝ちゃったの」


 カトレアさんの話声が聞こえた気がした。


「起きるまで待っていていいですか?」

 

 なんだか聞き覚えのある声がする。


「えぇ、もちろん」

「ありがとうございます」


 アラン君?

 体はハッキリと見えるのに、顔がボンヤリしている。


 あぁ、夢か。


「旅はどうだったの? 一人で大変だったでしょ?」


「いや……」


 左肩になんだか、生暖かいものが触れた。

 

「こいつが居たから、一人じゃないです」


「そう」


 この生暖かい感触……手?

 夢にしては妙にリアル。

 

 ――まさか!


 眠たい目を無理ありこじ開け、目を覚ます。


 温もりを感じた方を見ると、驚いた顔をしたアラン君が立っていた。


「あら、起きたの?」

「急に起きるから、びっくりしたじゃないか」


 久しぶりにみたアラン君は、装備はトト村の写真と差ほど変わらないものの、肩幅が少し広くなり、身長も少し伸びている? 気がした。


 顔つきは引き締まった感じで、なんだかとても、逞しく見えた。


「逞しくなったね」

「あ? そうか? 自分じゃ分からない」

「カトレアさん、なったよね?」


「そうね。逞しくなったと思うわ」

「そうか。それなら、良かった」

「いつ帰ってきたの?」


「今だよ。悪い、帰る方法だが、まだ時間が掛りそうだ」


「そう。でも私の誕生日に戻ってきてくれて嬉しい」


「そうか」


 アラン君は恥ずかしそうに目をそらした。

 恥ずかしがり屋なのは、変わらないらしい。


 アラン君はズボンのポケットから小さな箱を取り出し、

「代わりと言ってはなんだが、これやるよ」


 何だろ?

 私は箱を受け取り、赤色のリボンを解く。

 箱の中に皿に紺色の容れ物が入っていた。


 指輪の容れ物にも似ているが、指輪にしては、少し大きい。


 パカッと開き、中身を見ると、そこには腕時計が入っていた。

 

 ベルトが薄いピンク色で、針とインデックス、ベゼルは金色で出来ている。


 文字盤は白で、シンプルな時計だが、大人っぽくて、好みだった。

 

「わぁ……ありがとう!」


「あぁ。その時計だが少し特殊で、魔力の結晶が埋め込まれていて、半永久的に動くそうだ」


「何それ、凄い!」

「なぁ、ミント」


「ん?」

 

 腕時計を早速はめながら、返事をする。


「お前の帰る方法だが、あと指輪を手に入れるだけなんだ。だから……」


 

 一緒に来てほしいと言いたいのね。


 引き継ぎも終わった。

 修行も積んできた。


 断る理由なんてないわね。


「一緒に連れていってくれる?」


 アラン君は嬉しそうにニッコリ笑うと「あぁ」


「出発はいつにする?」

「ミントの都合に任せるよ」


「じゃあ明日!」

「分かった。じゃあ明日の10時頃、町の公園で待っている」

「分かったわ」


 まさかアラン君と旅に出る日が来るなんて……。

 クラークさんはそれを想定して、私に付き合ってくれたのだろうか?

 そうだとしたら、感謝しかないわね。


 私は少しカトレアさんの家で休ませてもらうと、店に戻った。

 店に戻ると、調理場に向かう。

 中に入ると、ナザリーさんは、カップで飲み物を飲んでいた。


「ただいま」

「お帰りなさい」

「ナザリーさん、突然だけど私、明日、旅に出る」


「そう。アラン君に会ってきたの?」

「うん」


「あ、旅に出るって、元の世界に戻るってことじゃないでしょ?」


「うん。元の世界に戻る時は、ちゃんと知らせるから」


「分かったわ。気を付けてね」

「うん!」


「旅に出るなら、薬も必要ね。店にある薬、持って行ってもいいわよ」

「ありがとう」


 次の日。


 バックに入るだけの薬を入れると、ナザリーさんに挨拶をし、待ち合わせ場所の公園へと向かった。


 公園に着くと、アラン君はベンチに座り、本を読んでいた。


「アラン君、お待たせ」

「あぁ。行けるか?」

「うん」

 

 アラン君は、腰に下げてあった布袋に本をしまうと、

「じゃあ、行くか」

「うん」


 肩を並べて西に向かって歩き出す。


「晴れて良かったね」

「そうだな」


「まずは何処に行くの?」

「この町を西に出て、真っ直ぐにある港に向かう」


「歩いていくの?」

「いや、馬車に乗って行こう。目的は決まっている。それに待たせている人もいるから、出来るだけ最短で、行きたい」


 待ち合わせ? 誰とだろ


「分かったわ」


 町の入口で、御者ぎょしゃにお金を払うと、馬車に乗る。

 爽やかな風が流れ、雪化粧している草原を駆けていく。


 腕を伸ばす、大きく背伸びをする。


「風が気持ちいね」

「そうだな」

 

 大きめの石があったのか、馬車が揺れる。

 アラン君と肩が触れそうになり、なんだか、ちょっぴり恥ずかしかった。


 30分ほど経ち紺碧の海が見えてくる。


「みてみて、綺麗な海だよ。」

「あぁ。海は初めてか?」


「うん、ここではね」

「そうか。もう少しで着く。準備をしてくれ」

「はーい」


 港に着き、「ありがとうございました」

 と、挨拶すると、馬車を降りた。


 潮の香り漂い、カモメが数羽、飛んでいる。

 店などはなく、波止場だけがあり、木造の大きな帆船が一隻、停まっていた。

 

 てっきり露店でもあって、賑わっている港だと思っていた。


「露店とかないのね」

「あぁ。ここは定期便が行き来するだけだから」

「あぁ、そういうこと」


 船に向かって歩き出す。


「次は何処に行くの?」

「シーサイドだよ」

「了解」


 船に乗り、お金を払うと、邪魔にならない位置で立ち止まった。


「シーサイドまで何日、掛るの?」

「二日ちょいだな」


「あぁ……通りであの値段」

「ミントのは、個室にしておいた」


「ありがとう!」

「左側の一番奥だから」

「分かったわ」


「さて、荷物をおろしたら、談話室に行くか」

「どこにあるの?」

「あぁ、船の真ん中の部屋だよ」

「了解」


 個室へと向かう。

 ドアを開け中に入った。


 中はベッドが一つと、小さなテーブルとイスだけで、他には何もない。

 とても狭く、圧迫感を感じた。


 船の個室だから仕方ないよね。

 とりあえず、胸当てを脱ぎ、剣のホルダーを外すと、普段着に着替えた。


 部屋の外に出て、談話室に向かう。

 談話室の中に入る。


 数席のテーブルと椅子が置かれており、2組ぐらいのお客が会話をしていた。

 アラン君は椅子に座り、本を読んでいる。

 

 アラン君の居るテーブルに向かい、椅子をひく。


「おう、来たか」

 と、アラン君は言うと、布袋に本をしまった。


「さて、何から話そうか?」

「時間はたっぷりある。順に話していこう」

「うん」


 私とアラン君はお互い離れた後の事を話しだした。

 手紙では語れなかった話に、会話が弾み、会えなかった時間を埋めるかのように、時間を忘れるぐらい、話続けた。


 所々でアラン君から出る、『お前のおかげで』という言葉が心を温かくする。

 いままでの苦労が報われた気がして、嬉しかった。


 夜になる。


「さて、そろそろ寝ようか?」

「そうね」

 と、私は返事をして立ち上がった。


「それじゃ、また明日」

「あぁ」


 私は手を振ると、談話室から出て、個室へと向かった。

 個室に着くとドアを開けて中に入る。

 

 そのままベッドに横たわり、ソッと目を閉じた。


 そういえば、指輪を手入れるって言っていたわよね?

 危険な所に行くのかな?

 もしかしたら、戦闘になることがあるかも?

 

 ――考えたら私の能力、サポートすることしか、使ってこなかったけど、攻撃する方にも、活かせないかしら?


 よし! せっかくの個室だし、久しぶりに実験をしてみるか!

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