第37話

 その日の夕方。


「ミントちゃん。荷物届いたわよー」

 と、一階からナザリーさんの声がした。


 私は図鑑を閉じると「はーい」

 と、返事をし、立ち上がった。


 一階へと降り、カウンターがある部屋へと向かう。

 ナザリーさんと、アカネちゃんがカウンター前に立っている。


「何を買ったの?」

「薬」

「あぁ」


 私は段ボールの前でしゃがむと、テープを剥がした。


 アカネちゃんが覗きこみ「手伝いましょうか?」


「いいの? ありがとう」

 薬品を置く棚を指差し、「じゃあ、これをそこの棚に置いていって」


「ただ置いていくだけでいいですか?」

「うん、並べるのは私がやるから」

「分かりました」

 

 アカネちゃんが段ボールから薬を出し、棚に置いていってくれる。


「ミントさん。これとこれ、一本しかないですけど?」

「あぁ、いいの。それはカウンターの上に置いといてくれる?」

「分かりました」

 と、アカネちゃんは言って、カウンターに置いてくれた。


「これで全部です」

「ありがとう」

「いえ」


 アカネちゃんのおかげで早く終わる。

 棚は、ようやく3分の1が埋まったぐらいだった。


「アカネちゃん。今日はもう、あがっていいわよ」

「はい」


 アカネちゃんは返事をすると、トントンと軽やかに二階に上がって行った。

 

「ナザリーさん。何か複製してほしいパンある?」

「え? 今日の分は終わっているでしょ?」

「試してみたいことがあるの」


「じゃあ、クロワッサンかな」

「分かりました。調理場にいます」

「はい」


 私は回復改とマジックウォーターを手にすると、調理場へと向かった。

 調理台に薬を置くと、コップを取りに行った。

 

 コップを調理台に置く。

 えっと……エメラルドグリーンの半透明な液体がどっちかしら?

 瓶をクルッと回し、ラベルを確認する。


 こっちが回復薬改ね。

 じゃあこっちの半透明の水色が、マジックウォーターか。

 マジックウォーターを手に取り、蓋を外すと、コップに4分の1程度を入れる。


 空のトレーを用意し、パンが乗ったトレーから、クロワッサンを手にする。

 いつも余裕を持って複製をしているから、あと15個はいけるはず。


 キュイン──ポポポンッ!

 クロワッサンが15個、出来上がる。

 あー……クラクラする。

 これが限界ね。


 さて、これでマジックウォーターを飲んだ後、複製できるかどうか……。

 無害だって言っていたけど、ちょっと緊張するわね。


 コップを手に取り、思い切ってゴクッといってみる。

 味は……ない? 単なる水ね。

 様子を見てみる。

 

 な、何?

 体中に染み渡るような爽快な気分になる。

 これなら、いけそう!


 クロワッサンと手に取り、もう一個、複製してみる。

 キュイン──ポンッ!

 出来た……出来た!

 凄い! 凄い!


 クゥー……。誰か手を取り喜びたい気分だが、自分を抱きしめて我慢をする。


 やっぱり私の複製能力は、魔法だったのね……。


 よし、ひとまずこの課題は解決ということで、私はマジックウォーターを手に取ると蓋をした。


 回復薬改を手に取り、調理場をあとにする。

 

 調理場を出ると、ナザリーさんが立っていた。


「あら、終わったの?」

「うん!」

「上手くいったみたいね」

「え?」


「顔に書いてある」

「そういうことか」

「良かったね」

「うん」


「ナザリーさんは調理場に行くの?」

「えぇ」

 私が退くと、ナザリーさんは調理場へと入って行った。

 

 私は二階に行くと、テーブルに置いてあったバックを手に取った。

 何があるか分からないし、薬はこの中に入れてっと……。


 回復薬改とマジックウォーターをバックに入れる。

 そういうえば、クラークさんが売る時には情報交換しろって言っていたわよね。


 そうなると、お客さんを待たせることになる。

 どうしよう? ナザリーさんに相談してみよう。

 

 一階に行って、調理場に向かう。


「ナザリーさん」

「ん?」


 ナザリーさんは私が複製したクロワッサンを袋に詰めていた。


「あ、ごめんなさい」

「いいのよ。それより、どうしたの?」


「ちょっと、相談があるんだけど。私、薬の販売だけじゃなくて、素材調達の依頼や情報交換もしたいの。でもそれをやっていると、パン屋の方のお客さんを待たせることになるじゃない? どうしたら、いいかな?」


「簡単よ。私を呼んでくれればいい」

「え、いいの?」


 ナザリーさんはニコッと笑うと、「気にしない、気にしない。そのためにアカネちゃんを雇っている訳だし」


「ありがとうございます」

「どう致しまして。」


「何か手伝うことある?」

「無いわ。休んでなさい」

「分かった」

 

 私は調理場を後にすると、二階に戻った。

 小物入れから図鑑を取り出すと、テーブルに置いた。

 椅子に座り、図鑑を開く。


 少しでも情報交換ができるように勉強しておかないとね。

 なんだか今の私なら、集中して読める気がした。

 

 その日の夜。

 寝る準備を済ませ、布団に入り、今日の整理をする。

 手持ちの薬草【1個】

 手持ちのお金【2156P】

 回復薬改【1個】

 マジックウォーター【1個】

 回復薬【20個】

 毒消し薬【10個】

 麻痺消し薬【10個】


 上手に会話できるかな?

 ――まぁ手探りだけど、頑張るしかないか!

 

 次の日の昼過ぎ。

 いつものように順調にパンは売れている。


 だけど、薬は売れないわね。

 そもそも、危険な仕事をしていない限り、こんな高価な薬は必要ないだろうし。

 

 ドアベルが鳴り、リーン……リーン……と鳴り、お客さんが入ってくる。

 鉄の鎧を着た男の人で、大きめな剣を腰から下げている。


 兜はかぶっておらず、盾を背負っている。

 髪はショートの黒、身長は高い方だと思う。

 体格は鎧を着ているので分からない。


 兵士? 冒険者? 旅人? 

 わくわくする。


「いらっしゃいませ」


 思わず目で追ってしまう。

 男の人は薬の棚に向かうと、立ち止まった。

 やった!


「ほう……本当に珍しい薬があるな」


 本当に? 誰かに教えてもらって来たのかしら?

 男の人は回復薬2個に、毒消し薬1個、麻痺消し薬を1個、手に持つと、カウンターの方へ来て、薬を置いた。


「ありがとうございます。全部で182Pになります」


 男の人は、右の腰に下げてあった袋から、200Pを取り出す

 と、カウンターに置いた。


「200P、お受取り致します」


 私はレジに200Pを入れ、8Pを取り出しすと、

「お釣りになります」


 男の人は8Pを受け取り、袋に入れた。

 もう一つの腰に下げてあった大きめな袋を開けると、買った薬を手に取った。


 何か話さなきゃと、思ったタイミングで、お客さんがレジに並ぶ。

 私は男の人に「すみません。ちょっとお待ちください」


「あぁ、構わない。慌てなくていいからな。クラークから聞いている」

「え? あ、はい」


 クラークさん、口下手だって言っていたのに、宣伝してくれたのね。

 思わずクスッと笑ってしまう。


「お次の方どうぞ」

 

 パン屋のお客さんの接客が終わる。


「お待たせしました」

 と、鎧を着た男の人に言った。


 男の人はカウンターに近づくと「さっきはクラークから聞いていると言ったが、聞かなかった事にしてくれ。口止めされていたんだった」


「分かりました。あのクラークさんの知り合いって事は、旅人ですか?」

「いや、どちらかというと冒険者の方だ」


「そうでしたか。あの教えてほしいのですが、プラントAや、麻痺消し草の目撃情報を知りませんか?」


「知らないな。だが、特徴や注意点を教えてくれたら、知り合いに伝えといてやる」


「本当ですか! ありがとうございます」


 私は特徴や注意点を説明した。


「なるほど、良く勉強をしているな」

「へへ、ありがとうございます」

「クラークが気に入る訳だ」

「え?」


 思わぬところで、嬉しい情報をゲットする。


「おっと、また余計な事を言ってしまった」

「私にとっては、余計なことではありません」

「そうだな」

 と、男の人はニカッと笑った。


「あ、お名前を聞いていなかったです。私はミントです。宜しくお願いします」

「俺はゲイルだ。よろしく」


「はい!」

「それじゃ、また来るよ」

「ありがとうございました」


 ゲイルさんを見送る。

 たった一人だから、広まらないかもしれない。

 だけど、たった一人によって、ここまで広がるんだって事もある。

 一人一人を大切に、この調子で頑張るぞ。

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