第30話

 次の休みの日の朝食後。

 いつものように複製を済ませると、クラークさんが言っていた宿屋に向かう。

 

 入口の上に大きな木の看板があって、宿屋と書かれている。

 ここね。

 町の入口から歩いて数分に位置する宿屋は、赤い屋根の二階建て。


 壁は白くて、ヒビ一つは入っていない。

 まだ新しいのかしら?


 とりあえず入ってみる。

 チリンチリンと、ドアベルの音がすると、

 男の店員さんが「いらっしゃいませ」

 と、言った。


 正面にはフロントがあり、右側には奥へと続く通路が、

 左にはロビーがあり、テーブルと椅子が用意されていて、観葉植 物が置かれている。


 フロントに行き「すみません。こちらにクラークさんという方が宿泊していませんか?」


「失礼ですが、お名前は?」

「あ、ミントっていいます」


「ミント様ですね。クラーク様より、聞いております。二階の201号室になります」

「ありがとうございます」

 

 ロビーを通り、階段を上って行く。

 部屋の上に番号が振られたプレートがある。

 右から順番に増えているから、こっちの奥ね。

 

 201号室に到着する。

 木のドアをコンコンとノックする。


 部屋の中から「はい」

 と、返事が聞こえた。

 恐る恐る開けてみる。


「お邪魔しまーす」


 奥に進むと、クラークさんがホテルの椅子に座り、取っ手のつ いた白い陶器のカップで、飲み物を飲んでいた。


 コップをテーブルに置くと、「お前か、どうした?」

「対価について、教えてもらおうかと思いまして」


「そうか」

 と、クラークさんは言って立ち上がり、

 テーブルに立てかけてあった剣を手に持った。


「付いて来い」

「え? どこへ行くんですか?」


「教えるとは言ったが、俺は手取り足とり、教えるつもりはない。対価を知りたければ、自分で体感しろ」


 想定外の答えに困惑する。

 でも言っていることは正しいと思う。


「急の話で混乱させてしまったか。俺は言葉足らずの傾向がある。分からないことがあるなら、質問してくれ」


「分かりました。休みが今日だけなので、今日中に帰って来られます?」


「あぁ、そんなに遠くに行くつもりはない。この町の近くにある遺跡に少しずつ連れ行って、体感させたいと思っている。他に何かあるか?」


「あの、私。戦闘は何も……」

「それは承知している。無理をさせる気はない」


「──分かりました」

「では、まずは町を北口から出るぞ」

「はい」


 町の奥へと進み、北口に向かう。

 北口を出ると、辺りは見渡す限りの草原が続いていた。


 少し強い風に吹かれ、草がユラユラと揺れている。

 考えたら私、ここから先は初めてだ。


「このまま真っ直ぐ進むぞ」

「はい」

 

 30分ほど、ただひたすら歩く。

 クラークさんは、歩くのが早い。

 少し疲れてきた。


「クラークさん」

「なんだ?」


 クラークさんが立ち止まる。


「少し休みませんか?」

「疲れたのか?」


「はい」

「そうか、では少し休もう」


 その場にペタッと座り込む。


「あと、どれくらいですか?」

「ようやく半分といった所だ」


「いまから向かう遺跡って、どんな感じなんですか?」

「どこにでもある、ただの遺跡だ。だが、誰も近づかない」

「なぜです?」


「魔物の巣窟と化している」

「なるほど」


「そろそろ行くか?」

「はい」

 と、返事して立ち上がる。


「また休みたくなったら言ってくれ。俺には分からない」

「ありがとうございます」


 クラークさんが歩きだす。

 私はその後を付いて行った。


 10分ぐらい歩いて、遠くの草原の真ん中に、瓦礫の残骸が見えてくる。

 レンガの壁や屋根らしきものは残っているが、ほとんど意味をなしていない。

 

「到着だ」


 クラークさんが立ち止まる。

 遠くからでは分からなかったけど、

 中途半端に残った壁が、視界を遮り、まるで迷路みたいだ。


「へぇー……」


 なぜだろう? 危ない場所なのに、胸が高揚する。

 壁の隙間から、人影のようなものが見えた。


「お前も気付いたか、おそらくオークだ。

 こちらに近づいて来そうな雰囲気だな。少し離れていろ」

「はい」


 遺跡から少し離れて様子を見る。


 オークが壁から顔を出す。

 こちらにはまだ気づいていない。


 大きさは大人の男性ぐらいだろうか?

 肌の色は赤褐色で顔は豚のような顔。


 長い牙を生やしていて、ポッコリとしたお腹をしている。

 上半身は裸、下半身は布を巻いている。

 私のいた世界と変わらない。


 クラークさんが何やら呪文を唱えている。

 クラークさんも魔法が使えるのね。

 

 オークがこちらに気付く。

 クラークさんは、左腕を下に垂らし、人差し指と中指を立てると、指先に雷を発生させた。


 バリバリと音を凄まじい音がしている。

 オークがクラークさんに向かってきた瞬間、クラークさんは左腕を振り上げ、右から左へと払った。


「サンダーアロー」


 光の矢に似た雷の矢が三本、オークめがけて飛んでいく。

 オークは一本かわしたが、残りの二本が左肩と、胸に当たり貫通する。


 感電しているのか、小刻みに震え、その場に倒れこんだ。

 ピクピクとまだ動いている。


 クラークさんは剣を鞘から抜くと、オークの顔に突き刺した。

 オークが完全に動かなくなる。

 クラークさんは剣を鞘に入れると、私の方へと歩いてきた。


「いまの戦いをみて、どう思った?」

「え?」


「ボーッと見ているんじゃない。戦いをちゃんとみて、自分ならどう動くか、いまの自分に何が出来るか考えろ」


「それって……」


 クラークさんは一瞬、ハッとした顔をしたが、すぐにいつもの無表情に戻った。


「何でもない。忘れろ」

「いえ、参考にさせて頂きます」

「そうか」


 クラークさんは私に背を向けると、「まだ魔物がいるかもしれない。気をつけて進むぞ」


「はい!」


 クラークさんが入口に向かって歩き出す。

 私も後ろから付いて行った。


 迷路のように入り組んではいるが、瓦礫に塞がれた道もあり、行ける道は限られている。


 死角になっている所は、魔物に見つからない様に、見える位置まで慎重に移動し、確認しながら、進んで行った。


 クラークさんが立ち止まり、「止まれ」

 私が立ち止まると、「あれを見ろ」

 と言って、指をさした。


「あれ?」


 壊れてL字になっている壁の付近を虫が飛んでいる。

 周りには伸びきった草の他、花も生えていた。


「蜂ですか?」

「あぁ。だが単なる蜂ではない。麻痺の毒を持ったホーネットBという魔物だ。変に刺激をすると危険だ。今日はもう、戻るぞ」

「はい」

 

 来た道を戻り、草原の半分ぐらいに差し掛かり、

 前を歩いていたクラークさんが立ち止まる。


 私も立ち止まった。

 私の方を振り返ると「少し休むか?」


「はい、ありがとうございます」


 ペタンと地面に座り込む。

 グ~……。

 緊張の糸が途切れたのか、お腹が空いてきた。


 私はバックからワイルドボアのサンドイッチを取り出すと、ラップを取って、半分に千切った。


 半分をクラークさんに差し出す。


「食べますか?」

「あぁ、頂く」


 クラークさんは手袋を外すと、サンドイッチを受け取った。

 意外にワイルドに噛付く。


「どうですか?」

「普通に美味しいぞ」


「お店で買えますから、買いに来てくださいね」

「あぁ」


 私もサンドイッチに噛り付く。


 数時間、クラークさんに付き合ってもらったけど、一体いくら、払えば良いんだろ?


 今日の様子だと、時間だけで決められるような簡単なものじゃないことは分かった。


 どうしよう……聞いてみるか?

 でもどうやって切り出そう。

 

 クラークさんは上着のポケットからハンカチを取り出し、口を拭いている。


 手袋をはめて、「そうだ。言い忘れたことがある」

「なんですか?」


「今日の分の報酬はいらない。あと今後の報酬は、すべてが終わった時に、お前が俺に払いたいと思った対価をまとめて払ってくれれば良い」


「いいんですか?」

「構わない」

「分かりました」


 私は立ち上がると「それまでに、いろいろと考えてみます」


 クラークさんが私に背を向ける。

 チラッと嬉しそうな顔をしていた気がするが、良く見えなかった。


「いくぞ」

「はい」


 クラークさんと宿屋で分かれ、お店に戻る。

 店のドアを開けると、「おかえりなさい」

 と、カウンター近くに居たナザリーさんが言った。


「ただいま」

「あら、服が汚れているわね」

「えぇ、ちょっと遠出していたの」


「そう……先にお風呂に入ったら?」

「そうする」

 

 先にお風呂に入り、夕食を早めに済ませると寝る準備を始める。

 洗面所で歯を磨くと調理場へと行った。


「ナザリーさん、私もう寝ますね」

「あら早いわね。疲れたの?」

「うん、ちょっとだけ」


「そう、無理しないでね」

「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」

「おやすみ」


 二階に行き、部屋の入り口にある電気を消すと、布団に入った。

 今日はクラークさんに色々と教わったな。

 今度行く時は、準備をしてから行かなきゃね。


 ――そうだ!


 布団から出ると、部屋の入口に行き、もう一度、電気を点ける。

 ベッドの横の小物入れから、サイトスさんから貰った薬草の素材が載った図鑑を取り出す。


 これから毎日、少しずつでも、見ておかないとね。

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