第23話

 橋を渡り、5分ぐらい真っ直ぐ歩く。

 縦長の木造の家が1件、見えてくる。


 周りには草木があるだけど、他には何もない。

 家は上にも窓があるので、二階建てのようだ。


「あそこよ」

 と、ナザリーさんが、家を指差す。


「あれ、家じゃなくて店だったんですか」

「そうよ。看板もあるでしょ」


 確かに入口の上に大きい看板があり、魅惑のパン屋と書かれている。

 凄いネーミングセンス。

 それにしても、こんな何もないところで、お客さん来るのかしら?


 ナザリーさんが鍵をあけ、ドアを開けると、ドアベルがリーン……リーン……と、鳴った。


「どうぞ、入って」

「お邪魔します」


 ドアの内側に細い棒状のドアベルがある。

 中は割と広い。


 正面にレジカウンターがあり、左の壁側にはベーカリートレイラックが1つ、置いてある。


 いまは何も置かれていないが、三段は置けるので、いろいろな種類のパンが置けそうだ。


 中央は何も無く、このスペースだったら、丸いテーブル二つぐらいは置けるんじゃないかな?


「こっちが調理場よ」

 と、ナザリーさんが言って、奥のドアを開ける。


 奥に入ると、調理器具やオーブン、計りや冷蔵庫などが置かれており、調理出来そうなスペースも確保されていた。


 ナザリーさんは台所にあった袋を手に取り、「この中に汚れたパン、入れていいわよ」と、渡してくれた。


 とりあえず受け取り、パンを捨てる。


「貸して」

 と、ナザリーさんは言って、私から袋を受け取ると、台所に戻した。


「次は二階を案内するね」


 と、ナザリーさんは、調理場のドアを開ける。

 私も付いていく。


 ベーカリートレイラックがあるところから、奥に続く廊下を通り、 木の階段を上っていく。


 階段を上り終えると、一つのドアがあった。


「この部屋は、プライベートの部屋になるから、鍵が掛っているの。あとで合鍵を渡すわね」


 二階も広くてシンプルね。

 正面から見て、右側の壁にクローゼットが一つと、タンスが1つ。


 正面に新しめのベッドが二つ。

 ベッドの間に窓があり、薄緑のカーテンが付いている。


 ベッドの横には小物入れが置かれていた。

 左側の壁には、全身が映る鏡がある。


 その横には、割りと大きめなテーブルと、二人分の椅子があった。

 シンプルだけど、生活には困らない感じだ。


「私と共同だけど、ごめんなさいね」

「いえ、とんでもないです」


 ナザリーさんは、ベッドの横の小物入れを開けると、鍵を取り出した。


「さっき言ってた合鍵、無くさないでね」

「はい」


 鍵を受け取る。


「あと食事だけど、ここに持ってくるか、調理場で食べるかしかできないかな。トイレは階段の横の扉。お風呂はトイレの奥だから」


「分かりました」

「そういう構造だから、トイレは貸し出さないつもり。安心して」

「はい」


「さて、作業服を着てみましょうか」

「はい」

 

 ナザリーさんは、クローゼットあけ、作業服を取り出した。


「これと、これ。あとこれね」


 これって……。

 なんだか嫌な予感がする。

 でも、とりあえず着てみる。


 薄いピンクのシャツに白いフリルのエプロンで、胸元は可愛いピンクのリボンが付いている


 スカートの長さはセミショート丈ぐらいだろうか?

 ちょっとこれ、やばくない?


「きゃー、可愛い!」


 なんだかナザリーさんが、はしゃいでる。


「これ、ナザリーさんも着るんですか?」

「そんな訳ないじゃない。私はもう25歳よ?」

「じゃあ何で私だけ」


「若い子には、このぐらいが丁度いいと思って。うんうん。良い、良い。私の目に狂いはなかったわ。さて、下に行って、打ち合わせをしましょ」


「その前に、脱いでいいですか?」

「駄目! お仕事中は、そのままで」

「分かりました」


 まだ仕事してないんだけどな……。

 スースーして恥ずかしい。

 

 調理場へと移動する。

 ナザリーさんは、コーヒーカップにコーヒーを淹れてくれた。


「はい。砂糖とミルクは、好きに調整してね」

「ありがとうございます」


 調理場にあったキャスター付きの丸い椅子を借りて座る。

 ナザリーさんはコーヒーを一口飲み「複製って何回でも出来るの?」


「いえ、決まっています」

「へぇー条件があるのね。パンの種類に応じて、出来なかったりするのかしら?」


「試したことないので、分かりません」

「じゃあ、いまあるやつ持ってくるから、試してみようか」

「はい」


 ナザリーさんが色々な種類のパンが乗ったトレーを持ってくる。

 フランスパンにクロワッサン

 食パンに、コッペパン


 あとは何だろ?

 とりあえず、一つずつ手に取り、複製を繰り返す。

 キュイン──ポンッ!

 

 5種類、試して、5種類すべて複製に成功する。

「大丈夫そうね」

「はい」


 これ、加工したパンだったら、どうなんだろ?


「ナザリーさん。加工したパンあります?」

「加工したパン? アンパンで良い?」

「はい」


「ちょっと、待っていて」

 と、ナザリーさんは立ち上がり、奥の調理台の上にあったトレーからアンパンを手に取り、私に渡した。


「食べかけで、ごめんね」

「いえ」


 欲しいと思ってみる。

 キュイン──シーン……。


「どうなったの?」

「失敗です」


「出来ないってこと?」

「はい」


 良く分からないけど、薬草やパンみたいに元になるものしか、出来ないみたいね。


 だったら、サイトスさんが作ってくれた回復薬も、無理の可能性が高いわね。


「食べかけだから?」

「いえ、何も加工していないパンなら、食べかけでも大丈夫でした」


「加工していると駄目ってこと?」

「おそらく……」

「ちょっと残念だけど、仕方ないわね」


「すみません」

「謝る必要なんて、何もないわ。それでいくつぐらい出来そうなのかな?」

「いま試しに4個、作ってみます」


 キュイン──ポポポンッ!

 コッペパン4個が、出来上がった。


「おぉ!」

「10個は確実に出来ましたね」


 まだ余裕がある。薬草と違うってこと?


「あの、ナザリーさん。お願いがあるのですが」

「なに?」


「私、複製のことは隠しておきたいので、バレない程度にしておきたいです」


「分かったわ。こんな出来たばかりの店が、いきなり何千個のパンが出来るわけないもんね」


「よろしくお願いします」

「了解。さて、出来あがったパンを片づけて、明日の準備をしましょう。そうしたら、夕飯ね」


「分かりました。何をすればいいですか?」

「とりあえず、手を洗って頂戴。それから指示を出すわ」

「分かりました」


 台所に行って、石鹸で手を洗う。近くにあるタオルで手を拭いて「洗いました」


「そうしたら、そこに積み重ねてあるトレーに、いま複製したパンを移して頂戴。終わったら、埃が付かない様にラップしといてね」

「はーい」


 言われたとおり、トレーにパンを移し、ラップをかぶせる。


「終わりましたー」


 ナザリーさんが手前の調理台にあるトレーに乗ったパンを指差し、

「じゃあ、そこに置いてある出来あがったパンをこっちへ持ってきて」


「全部ですか?」

「うん」


 結構、種類あるわね。

 ホットドックにカレーパン、ガーリックトーストに焼きそばパン。

 菓子パンはメロンパンにアンパン、チョココロネ。


「これ、ナザリーさんが全部、作ったんですか?」

「そうよ」

「すごい!」


 私は出来あがったパンが乗ったトレーを手に持つと、販売の方へと持って行った。


 行き来をして、最後のトレーを渡すと「これで最後です」


「ありがとう。やっぱり二人だと早いわね。ラップは明日の朝に外すから、そのままにしておいて」


「分かりました」


 ナザリーさんは、ベーカリートレイラックに渡したトレーを置くと、

「さて、夕飯にしましょ。面倒だから厨房でいいよね?」

「はい」

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