【短編】現代社会でも悪魔は蠢く

科威 架位

現代社会でも悪魔は蠢く

 両親を愛していた。


 小さい頃、遊びに連れて行ってもらった回数は数えきれない。しかし、その全てが輝かしい思い出で、無意識のうちに大切な思い出として脳裏に焼き付いていた。


 両親を尊敬していた。


 父は医者として名をはせ、地元では優秀な医者として少し有名人になっていた。母は私も通う高校の先生で、ユーモアのある性格と退屈しない授業で、生徒から厚い信頼を受けていた。


 両親を愛していた。


 困った時はいつも助けになってくれていたし、お陰で私は優秀な成績で学校へ通うことができた。優しい彼氏もでき、一人っ子ではあるが、自宅にいて寂しさを感じる事は一度も無かった。


 両親を尊敬していた。


 両親はできた人間だった。このご時世、事案として扱われてもおかしくないのに、父は道端で困っている小さな子供を迷いなく助けていた。


 両親を愛していた。


 私はなんの特技もなかったが、そんな私を二人は愛してくれた。だから私も愛した。だから勉強を頑張った。必ず大きい恩返しをしようと思えた。



 楽しかったし、困る事なんて何一つ無かった。


 それがいきなり壊れたのは、高校三年生の春。温度差の激しい、四月だった。



    ◇



「ただいまー。」



 扉に手をかけ、ゆっくりと横に引いて玄関に足を踏み入れる。

 靴を脱いで玄関から上がり、意識に刷り込まれた順路をたどってリビングへと向かう。その途中で、彼女はある疑問を抱いた。



(誰も居ないのかな? いつもなら母さんが『おかえり』って言ってくれるのに。)



 小さな違和感。しかし、確かな違和感。彼女は少し警戒心を抱きながら、照明のついたリビングへの扉に手をかける。



(強盗でも来てるのかな……。)



 鼓動が早くなり、扉にかけた手が少し震える。

 覚悟を決めた彼女は、勢いよく扉を開き、部屋の中へ鋭い目を向ける。



「あ、おかえり。」


「え? あ、ただいま。父さんも帰って来たんだ。」


「ああ、おかえり。」



 いつも食事をしているテーブルで、二人は対面するように座っていた。その顔には若干の疲れが見られ、二人とも目の下に隈ができている。

 彼女はテーブルに近付きながら、二人に心配するように声を飛ばす。



「二人とも最近どうしたの? そんなに仕事で大変なことがあるの?」


「ううん……ちょっとな。」


「私も何か手伝うよ。まぁ、高校生に出来る事なんてたかが知れてるけど。」



 彼女は善意で、二人にそう提案を飛ばす。手伝うというのは主に家事のことであり、自分がこなす分の家事を増やしても良いという魂胆だった。



「……ぁ、そうか。お前にも手伝ってもらえれば、少しは楽になるかもな。」


「そうそう。」


「じゃあ、お願いしてもいい?」



    ◇



「ねぇ、母さん。ここ風俗じゃ……。」


「そうだけど?」



 状況が理解できていない彼女は、歩きながら母を問い詰める。



「なんでこんな深夜にこんな場所に来たの?」


「なんでって、ここで働いてもらうためよ。」


「……は?」



 彼女は耳を疑った。働くとはどういうことか考え、どこで働くのかと言う疑問に落ち着く。そして、まさにここが働く場所だということに気付き、彼女は訳が分からないという風に声を荒げる。



「な、なんで⁉ 手伝うとは言ったけど、何もそういう訳じゃ────」


「頼むよ……俺らも、もう限界なんだ。」


「ねぇ、お願い。」



 二人が彼女に頭を下げて懇願する。

 大人が子供に頭を下げるとは相当な事だ。しかし、これはそんなことで承諾できるようなことではない。彼女は既に彼氏と「そういう事」を何度か行っているが、それを仕事として行うのは、かなり強い抵抗感があった。



「なぁ、頼む。」


「お願い。」



 二人の目を見る。瞳は完全に色を失っており、理由は分からないが、本当に限界だということを察することができた。



「……。」



 とても納得できることではない。彼氏にも迷惑をかけるだろうし、学校の勉強も疎かになってしまうだろう。それ以上に、知らない男に自分を抱かせるのが、彼女にとって強い嫌悪感があった。



「……。」



 しかし、自分は何の力も持たない子供だ。これを断って家を追い出されれば、自分はどう生きていけばいいのか、とても想像することができない。



「……。」



 未だに頭を下げる二人。体には原因不明の震えが見られ、その様子に、彼女は強い同情心を抱いた。



「……。」



 そうだ。恩返しだ。自分は高校生にして二人に恩返しをするのだと、今まで助けてもらったお礼をするのだと。そう納得させ、彼女は重い口を開いた。



「……分かった。」



    ◇



「……ほう、そんなことがあったのですね。」


「……てか誰なの? ここ私の部屋なんだけど。早く出て行ってもらわないと、通報するよ。」


「通報してどうにかなるような見た目に見えます?」


「……。」


「そうですよねぇ。」



 得意げに頷く、彼女の視線の先に居る生き物。黒光りする全身とほっそりとした四肢。顔には二本の角が不規則に生え、背中には一対の大きな翼。



「……悪魔?」


「大正解! 私はわるーい、悪魔です。」



 ふと零した見た目への感想。しかし、それは見事に的中したようで、悪魔は骨のように細い手を叩き、喜色の混じった声を出す。



「何しに来たの? 休みたいんだけど、私。」


「まぁまぁ、聞いてくださいよ。悪魔はとても大変なんですよ?」



 そう前置きしたかと思うと、悪魔は聞いてもいないことを語り始めた。



「ほら、今の時代の人間たちって悪魔の召喚方法を知らないでしょ?」


「……ネットに出回ってると思うけど?」


「不完全すぎて出てくることもできませんよ! 魔法陣ってなんです⁉ そんなのより内臓を捧げろぉ! って感じです。」


「へぇー。」



 冗談半分に聞いている彼女は、その悪魔を尻目にベッドへ潜り込もうとする。



「ちょっとちょっと! 私はある提案をしに来たんですよ。」


「……提案?」


「そう、提案です。少しでも聞いてみる気はありませんか?」



 彼女は少し考え込む。

 悪魔の提案なんてきっとロクな物ではない。悪魔と取引することがどれだけ愚かな事なのか、ある宗教の神話の知識としてしっかりと知っているからだ。



「提案ね……。」



 彼女はふと最近の自分の生活を思い返す。

 受験勉強、学校の課題、風俗でのバイト。それによって彼女の心は強くすり減り、最近は生きている感覚すら怪しくなっている。



「提案か……。」



 大事な彼氏や友達とすら、遊ぶ時間を作れていない。それもこれも全て、ふざけた提案をした両親と、それを承諾したあの時の自分のせいだ。



「悪魔だけど……良いかな。」



 彼女の中で、今の生活より状態が酷くなることなどはとても考えられなかった。寧ろ良くなるのではないかとすら考えられた。自身に被せられている布切れをどけ、ベッドに腰かけ、悪魔の居る方を向く。



「良いよ。聞いてあげる。」


「良い、判断です。」



    ◇



「えっ、なにこれ! 可愛いー!」



 彼女の目の前にあるのは、二本の黒い角が生えた黒いテニスボールだ。しかし、その体はテニスボールと言うには柔らかく、更には独りでに動いている。

 ぽよんぽよんと跳ねながら動くその様子は、彼女に若干の癒しを与えた。



「私の方が可愛いです!」


「なんで張り合ってんの?」



 彼女の手に乗せられて可愛がられているそれを見て、悪魔は対抗するように仰向けで寝転がる。



「この子の名前って何て言うの?」


「数が多いため固有の名前はありません。種族名としては『インプ』ですね。」


「へぇー。」



 角の無い部分を優しく撫でる。すると、喜んでいるかのように角が小刻みに震え、それが彼女にとっては可愛くて堪らなかった。



「基本的に事を行うのはインプですよ。ですので、かなり多芸であったりします。」


「何ができるの?」


「そうですねぇ……猫!」



 悪魔のその言葉と共に、彼女の手のひらに乗っていたインプが少し開けた場所に降りる。



「お、おおおおお⁉」



 床に着地したインプの体が蠢き、次第に大きくなっていく。そして彼女の上半身程の大きさになると、それまでとは全く別の物へと変形した。



「わー! 猫になった⁉」


「猫の行動も再現できますよ。ほら、早速毛繕いをしてます。」


「可愛い!」



 先程までインプであった全身が黒い猫は、自身の胴体を舐めまわして毛繕いをしていた。その猫は、毛並みから瞳の形、そして舌の形もまでもが本物の猫そっくりで、それを見た彼女はとても感心していた。



「あっ、駄目ですよ! ここでおしっこはやめて下さい! 私が首を斬られます!」



 猫は壁の角に近寄ったかと思うと、右後ろ脚を上げ、その場で用を足そうとしていた。しかし、悪魔が焦った顔でそれを止め、元の丸い姿に戻ったため難を逃れることはできた。



「とまぁ、こんな風に、インプは何にでも変身できます。」


「凄いねー。で、この子がどうしたの?」


「貴方が我らに『お願い』してくだされば、ある対価と引き換えにその願いをかなえて差し上げましょう。」


「ふーん。」



 概ね予想できた内容の提案。この中で重要となるのは、かなえられる願いの上限ではなく、払うべき対価の大小だと彼女は考える。



「対価は何を払えばいいの? 私の魂? それとも体?」


「……何を言っているんです?」


「え?」



 悪魔の声に疑問が籠る。悪魔との契約には自身の魂を対価として差し出すと考えていた彼女は、予想外のその反応に目を見開いた。



「魂なんて要りませんよ。あんな純真無垢な謎の物体。」


「じ、じゃあ……命?」


「命て。貴方、命を重い物と考えていませんか? そんなことはありませんよ。命そのものには価値はありません。価値があるのは、人が培ってきたそれまでの人生、そして、それによって生じる様々な感情です。」


「それって悪魔の中で流行ってる考え方?」


「流行っているも何も、これが常識ですね。」


「そうなんだ。じゃあ対価はなんなの?」



 予想していた対価は全部ハズレ。それによって全く思い当たるものが無くなった彼女は、頭の中で考えながらもそう質問を飛ばした。



「希望と幸福、それに付随する命ですね。」


「結局命とるんじゃん。」


「嫌ですか?」


「……。」



 ベッドに深く座り直し、心の中で深く考え込む。自身の命が奪われるのは惜しくない。しかし、人生に思い残しがないかと言われれば、それは大きな間違いだ。



「別に……。」



 自分の願いはただ一つのみ。もしもそれが達せられれば、普通に生きる事は難しくなる。両親のおんぶ抱っこで生きてきた彼女には、そんな覚悟を持つことはできなかった。



「嫌じゃ、無い。」


「では、契約成立と言う事で。願いの内容を、教えてもらいましょうか。」


「私の、願いは────」



 彼女の願いを聞き終わり、悪魔の口角が大きく上がった。



    ◇



 その夜、玄関の扉が開かれ、彼女の父親が入ってくる。

 その足取りからは疲れが十分に取れていないことが分かり、まるでお酒を飲んだかのようなふらつき方で廊下へと上がる。



「ただいま……。」


(あと少し……あと少しで……。)



 暗い廊下を渡り歩き、リビングへの扉を開いて入っていく。真夜中にも拘らず照明がついていなかったため、扉のすぐ側にあるスイッチを押して照明を点ける。

 そして────ありえない物を見た。



「あ?……黒い、ボール?」



 彼の足元には、二本の角が生えた、手のひらサイズの小さな黒いボールがあった。

 ぴょんと跳ねながら移動する様子には愛嬌すら感じ、その存在に疑問を抱きながらも、左手を伸ばしてそれを撫でようとする。



「あ……意外と柔らか────」



 その瞬間、鮮血が舞った。



「────ぁ。」



 疑問を抱くよりも先に、骨が砕かれるような痛みと原因不明の熱が彼を襲った。



「ッぐ……あ……は?」



 いつの間にか、彼の周囲を同じ物体が囲んでいた。

 正面の黒いボールは、彼の肘から先を吸い込むように貪り喰らっており、その光景に彼は困惑する事しかできなかった。



「あぁぁ……あ゛っ。」



 困惑の渦中にいる彼を、黒いボールが容赦なく襲う。

 一匹一匹が彼へ飛びつき、脇腹や足の肉を食い千切っていく。

 辺りを血液が満たし、近くにあるカーペットに血が染み込み、赤く染まる。



「ぁ……み、か……?」



 最期に彼の目に写ったのは、暗い目をした、大切な一人娘だった。



    ◇



「満足しましたか?」


「……。」


「ですよねぇー。この手の願いをかなえた時、人間はいつも貴方みたいな顔をしますよ。この選択が正しかったのかと、ね。」



 彼女はまさにそんな気持ちだった。いざ願いを叶えてもらうと、後に残ったのは虚無感と、桶に溜まる水滴のように、少しずつ増えていく罪悪感だけだった。



「しかし、貴方はこの選択をした。それを受け入れるところから始めてみては? 大丈夫です。人間の……警察? という組織には決して発覚しないようにします。安心してください。」


「……。」


「選択を誤っても続くのが生ですからね。」


「うるさいな。さっさと対価を貰って帰ってよ。」


「おやおや、これは失礼。」



 悪魔はインプを全て回収し、ふっ、と宙に浮きあがる。

 彼女は父親の死体があった場所を見つめ、何かを考えているようだ。



「では、後始末が完了したら対価を受け取りに参ります。」



 彼女を邪魔しないようそれだけ言い残し、悪魔はスッ、と消えていった。



    ◇



「……あっけないな。」



 彼女は両親を殺してほしいと悪魔に願っていた。

 漠然とした中で思いついたその願いは、あの悪魔とインプによっていとも容易く叶えられ、自身が苦しむこととなった原因は一切無くなった。



「何がしたかったんだろう、私。」



 しかし、結果的に彼女は、願いを叶えてもらっても何も変わることが無かった。

 それどころか両親を失った悲しみが込み上げ、今にも泣きそうになっていた。



「……聖也と通話しよ。」



 自身の部屋に戻り、長らく使ってなかったスマホを起動させて、大切な彼氏に電話をかける。

 コールが一回鳴ってから直ぐに出た彼は、とても慌てた声をしていた。



『ど、どうした実花⁉』


「ごめん……ちょっと話したくなったから。」


『今まで電話しても出てくれなかったし、学校でも急に話さなくなったから心配してたぞ⁉ 大丈夫か⁉』



 彼がそこまで心配してくれていたという事実を知り、彼女の体に力がこもる。

 次第に目から涙が溢れ、それは肌を伝いながら床に零れ落ちた。



「……大丈夫。やっと、全部終わったから。」


『お、終わった?』



 彼は明らかに困惑した声を出していた。

 悪魔と会って話していた等と言っても信じてもらえないのは目に見えている。彼女はそこで言葉を止め、彼を安心させようと別の言葉を続ける。



「いや、なんでもない。」


『本当か? 別に嫌いになったりしないから、悩みはなんでも話せよ。』


「……うん。」



 それを聞いて、彼女の胸を張り詰めるような痛みが襲った。

 彼女はついさっき、悪魔に願って両親を殺してもらったのだ。自分から手を下した訳では無いとはいえ、強い罪悪感を抱くには、それは十分すぎたのだ。



『でも、こうやって電話してくれたってことは、明日からは普通に話してくれるんだろ? 』


「……。」


『まだ遊びに行ったことのない場所もあるし、また……どうした?』



 彼女は対価のことを思い出していた。

 彼らが言っていた後始末が終われば、恐らく自分は悪魔に命を奪われてしまう。そのため、これが彼との最後の会話になってしまう可能性があるのだ。



「……。」


『おい……マジで大丈夫か? 今からお前の家に行っても────』


「ううん。そこまでしなくて良いよ。」


『そうか?』


「うん。それに、私はもう会え────」


『はいはーい。失礼しますよー。』



 急に、電話の向こうから聞き覚えのある声が響いてくる。

 それは電話の向こうの彼も予想していなかったことのようで、スマホを落としたのか、少し遠くなった声で、叫んでいるような声が聞こえる。



『は⁉ ま、窓⁉』


『貴方が聖也さん?』


『は⁉ え、いや、そうだけど……は⁉』



 彼女は電話の向こうで何が起こっているかが一切分からず、スマホに耳を付けながら、声も出せず慌てていた。



『では、対価をいただいていきますね。』


『た、対価?────え˝っ』



 スマホの向こうから、何かがつぶれる音がした。



『あ……あ゛ぁーー-!!』


「せ、聖也⁉ どうし────」


『ふむふむ……脳か心臓か……あ、腸も良いですねぇ。』



 肉が裂けるような水音と共に、スマホから聞こえていた彼の声が途切れる。

 その後に何かが破裂するような音が響き、聞き慣れた声と、ボールが跳ねるような音が彼女の耳に入ってくる。



「な、何が────」


『あ、貴方でしたか。このスマホで彼と通話でもしてたのですか?』


「あ、あく、悪魔?」


『そうですそうです。対価を貰いに来ましたよ。』



 その言葉を、彼女は理解することができなかった。

 スマホの向こうでは水音がずっと響いており、何が起こっているのか、彼女には想像することができなかった。



「た、対価って……それは、私の命のはず────」


『何を言っているんですか。“希望と幸福、それに付随する命”と、私はそう言ったはずですよ? 貴方の命をもらうなど、私は一切言っていませんよ?』


「……ぇ。」



 彼女は確かにそうだと理解する。しかし、納得することができないのか、焦りに満ち溢れた声でスマホの向こうの悪魔を問い詰める。



「で、でも! 聖也を殺すなんて一言も────」


『────いやはや、やはり親子ですね。』


「は?」



 問い詰めようとした時、彼が零したその言葉を、彼女は聞き取ってはいたものの、意味を理解することができなかった。

 何故、今両親の話が出てくるのか、そんな疑問で、彼女の頭はいっぱいだった。



『これは余談ですが……貴方の両親は、本当によくできた人物だったようですね。』


「……な、何の話?」


『しかし、無知で愚かだった。それ故に、騙されたのですよ。二人の共通の、友人に。』



 騙されたとはなんのことなのか。友人とはなんなのか。そんな疑問を抱きながらも、彼女は黙って悪魔のその話を聞くことにする。

 悪魔の声には、それ程の威圧感があった。



『まぁ、言ってしまえば、貴方の両親は友人によって連帯保証人にされたそうですね。そして夜逃げされ、二人の間には多額の借金だけが残った。』


「……は?」



 彼女にとっては聞いた事も無いその話に、その瞬間は間抜けな声を漏らす。

 しかし、全ての線が一本に繋がり、彼女の中に信じたくない事実が湧き上がってくる。



『もうお判りでしょう? 貴方の両親が苦しんでいたのは、その借金のせいだったんですよ。』


「そ、そんな話、聞いた事も……。」


『親としての威厳でしょうねぇ。最初は出来るだけあなたにバレず、コッソリと借金を返し終わるつもりだったのでしょう。』



 彼女はこれ以上は聞きたくもないと考え始めていた。

 しかし、その話の先を聞きたいという強い欲求が、彼女の逃亡を強く阻止した。



『ですが、貴方の両親はできた人ではあっても、強い人ではなかった……故に、友人に裏切られたという強いショックと、借金を抱えているという強いストレスで、可笑しくなっていたんでしょうねぇ。』


「ま、まさか────」


『ですから、貴方のあの提案に甘えてしまったのでしょうねぇ。それでも、風俗と言うのは少し狂っていると思いますが。同情しますよー?』



 鼓動が速くなる。そして、先程の出来事を思い出す。それだけ苦しんでいた両親に自分は何をしたと心の中で問いかけ、その答えを自覚するたびに強い罪悪感が積みあがっていく。



『契約、というのは身体的にも精神的にも人を縛りますからねぇ。良い教訓となりましたか?』


「ぁ……あ……私は、わ、私は────!」


『おやおや、話も聞いていませんね。では────』



 彼女が罪悪感に押し潰れそうになっている中、悪魔は仕事を終えたとでも言うかのように、ある言葉を言い残す。



『────暗い絶望の、その先で。』



 その言葉を最後に、悪魔の声はスマホから聞こえなくなった。

 後に残ったのは、点けっぱなしになったスマホと、涙を零す実花だけだった。

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