第20話 ピエロ
「そのお言葉にお答えすることは、今のわたくしにはできません。ですから、努様は努様のお好きな方をお誘いするのがよろしいかと存じます」
気づいたら、おれたちは浜辺にいた。糸子さんの姿はどこにも見えない。
「あのさぁ、おれがやらかしたから、糸子さんいないの?」
「きみは少し、デリカシーに欠けているところがある。でもきっと、好きな人が好きなタイプなのだろうとは想像がつくよ」
あああああっ。やっぱりやらかしてしまっていたんだっ。おれは、おれはーっ。
「なにを叫んでいらっしゃるのですか?」
そこには、さっきとおなじ着物姿の糸子さんがいた。と、いうことは。時間がワープしたとか、そんなんじゃないんだな。ただ、糸子さんが静かにひとつ年をとってしまった。それだけが事実だ。
「いやあ、今回の語り部は努だったじゃないですか」
薫は、おばさんと会ったことなんて忘れてしまいたいような素ぶりで清々しく笑った。
「あまりにも
たとえば。仲間が苦しんでいる時にやさしい言葉をかけるべきか、ふざけるべきか、おれは迷ってしまうタイプだ。薫がこんなにも悲しそうな笑顔を浮かべるのは、初めて見たから。
「えー? じゃあぼくのノーマ・ジーンはかわいくなかったの?」
だけど、響は変わらずに響であり。そこはブレない。
「おれはガードマンと爺さんの二役ももらえて満足している。響は間違いなくかわいかったし、糸子さんの警察官もうつくしく、薫の青年もよかったと思う。ただ、語り部はな」
舜もそこはブレない。つまり、そういうことなのだと、仲間が教えてくれる。もしも薫が笑うのならば、おれはピエロにでもなろうと決めた。
「いやぁ、なにしろ台本片手だろう?」
「あの程度の語り、暗記すればよかったのにっ」
まったく、薫にそう言われたんじゃ暗記するしかないじゃないか。
あれ?
「でも、もう『ノーマ・ジーンに惚れた男』はやらないけどね」
「それ! 前から思っていたんだが、なぜ一回公演したものはやらないんだ?」
ああ、それ聞いちゃったかぁ、という顔を響と舜がしたので、ああおれまたやらかしたんだなと頭を抱える。
「理由なんて簡単さ。一度きりの公演の方がプレミアつくだろ?」
「でもさぁ、一回より二回、三回より四回って風に良くなっていくと思うんだけど?」
そんな疑問をぶつけるおれの額に薫がチョップした。
「おれたちはいつでもフレッシュじゃないと。公演も記憶も、な」
それが、おばさんとの記憶のことを言っているような気がして、もうそれ以上食い下がることなんてできなかった。
つづく
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