第16話 宇宙船
えっと、薫の母さんが死んだって? どう答えたら正解なんだよ、これ。
「別にいいんだ。母さんなんてどこでのたれ死のうとも。それよりも今は、マリリン・モンローがホワイトハウスの秘密の地下室で宇宙船を見たかどうかって話さ」
おっと、いきなり素っ頓狂な方向に話が飛んだぞ。薫がこんなけったいなことを言う時は、だいたいメンタルがやられちまっている時だ。ってことは、気づかいを見せろ。
「今日は芝居の話なんてしなくてもいいんだぜ?」
「なんだよ、努。気持ち悪い」
おまっ、人の気づかいをっ。ま、いっか。
「お芝居じゃなくて、宇宙船だよ。側には宇宙人の標本まであったと言うじゃないか? これにワクワクできない男子はいないだろう?」
「でもぉー、そのせいで彼女は暗殺されてしまった説に一票かな?」
あ、響。それならおれも一票!!
マリリン・モンロー。なにかと数奇な運命をたどった彼女は、本当に宇宙船を見たのだろうか?
健全な男子はそんなことに花を咲かせる。だが、糸子さんは無言だ。やはり、女性はマリリンみたいな存在を厭うものなのだろうか?
「わたくしは、マリリンのようにはなれませぬから。おそらく、宇宙船を見ることはできないでしょう」
待った。糸子さん、愉快な思い違いをしてはおりませんか? その話の流れですと、糸子さんはホワイトハウスに入ることが前提となってきますが?
「いいじゃないですかっ。妄想ぐらい。わたくしだって、ホワイトハウスに入れないことぐらい承知しております。ですが、どなたにも夢というものがあるでしょう!?」
いつになく強い口調。
「すみません。おれ、余計なことを言いました」
「それでゆるしてさしあげます。今回は特別ですからねっ」
さて、今日の糸子さんのお召し物は着物。実年齢が――。
「言わないでください。恥ずかしい」
ということなので、年齢は明かせないが、実際はお婆さんだった糸子さん。ひょんなことから若返り、現在に至るわけで、つまり、着物の着付けはお手の物というわけだ。いや、実におうつくしい。
「褒めてくださるのでしたら、先におっしゃってくださいなっ」
「あっははっ」
お? 薫が声を上げて笑った。これはレアだぞ。
「糸子さんは、努の前だととても素直なのですね」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですかっ!!」
それで、薫の母さんの話はそれ以上聞き出すことはできなかった。しかたない。
おれたちは店を出て、海岸線を歩く。着物姿の糸子さんは、静々と歩みを進めた。自称紳士なおれは、糸子さんになにかあってはならんとばかりに、彼女の後ろを五歩分下がって歩く。ここいら辺はひったくりやなんかもいるから、気が気じゃないんだ。
つづく
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