君のまにまに

もと

私をまぜて

 もう、どうにでもなれ。

 そう思ってこの神社に来た。


 お年玉を使って、日時指定でママが仕事で居ない日に届けてもらった白装束を引きずって。

 右手にトンカチ、左手に藁人形わらにんぎょう、五寸釘はちゃんと口にくわえて。


「あ、あの、ごめんね? 本当に呪ってる人がいると思わなくて!」

むんむんめふかなんなんですか?!」


「すぐ帰りますんで、ごめんなさい!」

まっへ待って!」


「へ?! あっ?!」

「……あいじょむめふかだいじょぶですか?」


 なんかお兄さんがコケた、いや、オットットッてなって転んではいない。

 落としそうになったカメラを守ろうとしたからコケたんだよ。それはダメ、消して貰わなきゃ。

 鉄の味の五寸釘を手に持ち変えて、おそるおそる近付く。


 丑三つ時も調べてちょうど良い時間に抜け出して来たのにな。これはもう失敗だ。


「あっぶな?!」

「……あの?」


「うわ?!」

「あ、すいません。あの、カメラ消して下さい。困ります。あと、見られたから殺さなきゃいけなくて……」


「み、見てないですよ?!」

「いや、見てますよね?」


 そうだった、私、顔も白塗りだし100均の真っ赤な口紅つけてる。多分お兄さんから見たら超ヤバい人だと思う。こんなに驚かしてあせらせちゃった。


「あ、いや、消します、ほら消した」

「電源じゃなくて、動画を」


「ちょ、ちょっと待って? これ、ここまで、今まで時間潰してるのとかも入ってるの。君に会ってからのは消しますから、それで許してくれませんか?」

「……はい、まあ、はい。でも殺さなきゃ……」


「待って!」


 少し喋ってみて、気が付いた。

 私はこの人を知ってるかも知れない。

 お兄さんは物凄い速さでスマホをタップ、タップ、タップ、ハイと見せてくれたのは……。


「ほらここ『儀式を他人に見られたらその相手を殺す』、ね? 君はまだ釘トントンしてないですよね?」

「はい、あ、ホントですね。じゃあ殺しません」


「ああ、良かった……え?! ちょっと、泣かないで?! ごめんなさい!」

「……あい」


「あの……もし俺で良ければ何でも聞きますよ? 愚痴でも文句でも喋ったらスッキリするかもだし」

「……いいです」


「もうカメラ止めてるしネタにもしないです。普通に、マジで聞きます」

「……大丈夫です。失礼します。さようなら」


「そうですか……いやダメです! せめて正しい丑の刻参りを一緒に調べませんか?!」

「……はい?」


 正しい丑の刻参り、だって。

 私、間違えてたのかな? 丑三つ時は十五分過ぎてもまだ丑三つ時なのは知ってる。

 神社の境内けいだいで、ちょっと壊れそうな白いベンチに腰掛けて、外灯がいとうがひとつ、はいっぱい。

 二人でお兄さんのスマホを覗く。


「ほら、下駄げたを履いたり、え? これ一本足の下駄だって、ウケる」

「……こんなの歩けないです」


「ちょ、口、オクチ忙しくない? くしも咥えるらしいよ? 五寸釘も口じゃなかった?」

「……うふふ、ホントだ、オクチ忙しいですね」


「えっと、これは? 藁人形には相手の写真とか髪の毛、名前を書いた紙を入れるって?」

「それは大丈夫です。学級写真から切り取って名前の紙も入ってます」


「あ、やってんだ」

「はい」


 お兄さんは次々とサイトを変えて見せてくれる。こんなに書いてある事が違うんだ。

 私、一番上に出て来た記事だけ読んで、こんなに準備して、お兄さんに見られて殺さなきゃって思ってた。


「……あの、もう大丈夫です」

「あ、もう呪わない感じ?」


「はい、いえ、分かりません。でも、今日は止めておきます」

「ああー! 良かった!」


「え?」

「いや良くないよ、こういうの。呪うと呪った本人にも反動が来るってよく聞くし」


「よく聞くんですか? 詳しいんですか?」

「いやいや、動画作る時に色々調べるの。んで調べた上で今日、やたらリクエストされてた心霊スポット行けってのをやろうと思ってさ。でもガチは怖いじゃん? だからこの神社にしたんだけど」


「私が居ちゃったんですか」

「うん、ビビった」


 じゃあ、やっぱりそうだ。

 このお兄さんの動画、見た事あるかも。


「ここは丑の刻参りで有名だから、今夜なら幽霊にも人にも会わないと思ったんだけどね」

「なんで今夜は誰もいないと思ったんですか?」


「大安吉日だもん。普通は大丈夫そうでしょ?」

「……たいあんきちじつ」


 なにその呪文みたいな、オミクジの言葉みたいなの……私、何も知らなかったんだ。

 ため息をきそうになった私に、お兄さんがハイとスマホを向けてくれた。


 寝てる犬の頭の上にヒヨコが乗ってる。

 次から次へと黄色いのがヨチヨチと犬に登っていくだけの動画。たまに犬が動いてヒヨコがこぼれて、また登っていく。あ、子猫も来た。


「俺が最近ヘビロテしてる動画やつ。イイでしょ?」

「……かわいい」


「面白い事も楽しい事も可愛い物も沢山あるよ。だからさ、もうちょい頑張らないように頑張るとか、どう?」

「……はい」


「よし、じゃあさ、うーんと、そうだね、うん、その服とかグッズ一式、俺に譲ってくれない? 買い取るよ」

「はい?」


「動画に使う、使いたい、イイ事思い付いちゃった、どうしてもソレを今日、今使いたい、お願いします!」

「……はい……はい?」


 なんか身ぐるみがされた。

 Tシャツと短パン姿になった。

 こんな事もあろうかと持ち歩いてた、と笑うお兄さんからウェットティッシュを貰った。こんな事もあろうかと持ってた鏡も貸してくれた。


 私が顔を拭き終わると、ハイと真っ白な封筒を渡された。

 うなずいてるからのぞかせてもらうと本当にお金が入ってる、本当に買い取る気だ。一万円札なんて。


「あの?! これ一番安いやつです、こんなに……」

「いやいや、もうアレよ、アイデア料だよ。君に会ってひらめいたんだから」


「でも」

「俺はこれで稼ぐ、これが仕事。君は仕事の衣装と小道具を用意してくれたから上乗せ。うん、実費とアイデア料と手間賃てコトで、どう?」


「……じゃあ、はい」

「よし、商談成立!」


「……この封筒も、こんな事もあろうかと?」

「持って歩いてるよ」


「……うふふ」

「ん? ヘン?」


「はい、変なの」

「そうかな? フフッ」


「帰ります。今日はすいませんでした。ありがとうございました」

「こちらこそ、すみませんでした。送るよ」


「大丈夫です。誰にも会わないで帰れる道があります」

「そっか、分かった。気を付けてね?」


 あっさり別れてトコトコ帰る。

 トコトコ、スタスタ、いつの間にか走ってた。


 今夜の私、すごい。

 丑の刻参りは未遂、有名人に出会う、一万円札を持ってる……私、すごい……!


 茂みを走り抜けて、アスファルトを蹴って、見慣れた自分の家の庭に飛び込んで。

 桜の木にしがみ付いて登る、登る。


 鍵を開けておいた窓をソッと開けて、靴を脱いで、真っ暗な私の部屋に忍び込む。一時間ちょっとの外出だったのに知らない部屋、新しい部屋みたい。


 深呼吸。

 充電のコードを引っこ抜いて、タブレットを抱えて、体ごとベッドに弾む。


 検索。

 あ、頭にロウソクもやってない。火は危ないから後回しにして忘れちゃってた。

 北東に向いて藁人形を打つ? 東西南北なんて知らないし、そういえば御神木ごしんぼくはどの木だったの? 胸に鏡って何?

 え、丑の刻参りって七日間もやるの?!


「うふ、ダメダメじゃん、呪い超大変、ヤバ……」


 画像も文字もにじんで見えなくなった。

 タブレットの明かりの中で顔をゴシゴシ、まだ調べる事がある。


 『つまずく動画』……いっぱい出て来た。お兄さんの動画がズラッと並ぶ。


 やっぱりそうだった。

 あのお兄さん、ユウキさんだ。なんてコトない普通の事をしてるだけなのに、なぜか何も無い所でつまずいてコケる人だ。

 一番新しいのは『潮干狩りに行こう』だって。

 少しだけ音量を上げる。

 手で持って撮影してる映像と、少し遠目からの映像が半分ずつの画面。

 どの辺にしようか、と一歩踏み出したユウキさんが早速コケた。右下に『1』と数字が出た。コケカウンターだって。

 ノンビリと赤いバケツを置いて、砂浜でしゃがむだけでもコケた。『2』だ。


 他のも見てみる。この遠目の映像はどの動画にも、なんなら全部にある。

 ……じゃあ、さっきもこれを撮ってた? 手持ちのカメラは止めてくれたけど、どこかに仕掛けてあるもう一台は動いてた……日焼けした肌みたいに熱かった顔と背中がスッと冷えた。


 この動画のコメントなら読んでくれるかも知れない。でも絶対こういう所に書き込んだりしちゃダメってママに言われてる……今から神社に行けばユウキさんはまだ居るかな。


 急いで静かにカーテンを開けて、朝が来てる事に深く深くひとつ息をく。こんなに明るいのに窓から出たらダメだ。


 ……勝手に時間が経っちゃう不思議な動画だ。特別な事は何もしてないユウキさんを、ただ何時間も眺めてた。

 でも残念、夜が明けたのか。朝だ。

 靴を玄関に置いたら、学校に行く時間までもう少し……。


 ……行ってらっしゃいと手を振るママの顔が見れない。固定されたカメラの映像を消してもらおうと思うだけで、喉の奥がギュッとなる。

 それに、もう後数分で教室に入る。ママの顔が見れない。


 重い足を一歩ずつ上げて歩くアスファルトには色んな物が落ちてる。ゴミばっかり。通学路に宝物なんて落ちて無いし、楽しいも面白いもヒヨコも何も落ちて無い。


 ……でも、今日は少しだけ。

 いつもと同じ事をされても、少しだけ違った。

 私は丑の刻参り未遂をしたし、有名人に出会えたし、実費とアイデア料と手間賃を貰った。大人みたいだ。

 撮られてるかも知れない私の姿は、あの雰囲気のユウキさんなら無かった事にしてくれそうな気もしてきた。


 それに本当は私、走れる。

 走れるんだから怒れるし、逃げれる。

 頑張らないように頑張れるし、もう正しく呪えるぐらい詳しくなった。


 よし、まず逃げよう。

 授業が終わって、色んな声で何か言われた気がするけど聞こえないフリ。明日に響くかもだけど、明日の事は明日考えよう。

 急いで教室を出てしまえば、学校さえ出てしまえば、本当に今日は少しだけ違う気持ちで……?


 少し……少しなんかじゃない、門の前にユウキさんがいる、教頭先生と喋ってた、いっぱいスマホを向けられて、囲まれて、寄ってきた、私に、私に?


「あ、いたいた」

「……はい?」


「待ってた。あ、気持ち悪いとか言わないで? あのじん……あの場所から誰にも見られないで帰れるなら近所かなって。近所なら学校はココかなって。授業終わるのこれぐらいの時間かなって」

「……何ですか?」


「ん? お礼と報告と、顔を見に」

「……はい?」


 生徒を見守る役で毎日立ってる教頭先生に深々と頭を下げるユウキさん。ご迷惑を、とか、いえいえ、とかやってる。

 ドンドン囲まれていく。下校時間だもん、こんなに人が……もう色んな声で呼ばれてる気がする、いや、間違いなく呼ばれてる。

 逃げたのに追いつかれちゃう、けど。


「お陰でイイの撮れたよ、ありがとう、うえーい! 嫌な気持ちにさせたら、うえーい! ゴメンだけど、うえーい!」

「……うふふ」


 私から見たらウザい男子に絡まれても『うえーい!』なんだ。ユウキさんは出された手に残らずハイタッチしながら、私だけと喋ってる。

 頷いてくるから頷き返す、歩き出したから並ぶ。

 すぐにユウキさんが消えた、消えてない、コケてた。『1』だ。


「おっと! あ、元気そう? 少しはマシ? なんかさ、学校の前で待つとか少女マンガみたいで良くない?」

「良くないです」


「え、迷惑?! ごめん!」

「うふふ」


「……なんだ、フフッ、そっか、良くないか。もう古いのかな?」

「古いかもです。通報されちゃいますよ?」


「マジか。あの先生は俺のコト知っててさ、娘さんが見てるとかで。そっか、知らなかったらヤバかったのかな?」

「はい、多分。でも、ありがとうございます。あの、私イジメられてます」


 ビックリさせちゃったのか『2』だ。こんなにゆっくり歩いてるのに。


「おっとっと」

「もう何年も続いてるから気にして無かったんですけど、最近物に手を出されるようになっちゃって、それは困るんです。新しく買って貰うのも、ママに理由を言うのも悪いし、だから呪って消えてくれたら良いなって思いました」


「うん」

「でも今日、今その人達は後ろにいると思うんですけど、なんか少しだけ違うんです。逃げて来れたんです」


「うん、逃げ足速いもんね?」

「え?」


「女の子を夜中に一人で帰す訳ないじゃん。コッソリ送ろうと思ったのに追い付けなかったわ」

「あ」


「学級写真を人形に入れたって言ってたから、そうかなって思ってた。俺もさ、天然とかドジるのがワザとらしいとかでイジメられてたから分かる。だから動画を出す時はあの時のヤツらに見られても大丈夫なように、『勇気』を持てるようにあの名前でやってる。この世界でも色んな意味でイジメられる時があるから折れないように」

「……勇気」


「俺の動画見た事ある? そこそこ人気出た理由、分かる?」

「分かりません。全く分かりません」


「そんなにハッキリ言う? まあ顔が良いからだよ」

「ハッキリ言いますね?」


「うん。その顔が良くて背も高くて新進気鋭の動画クリエイター様と一緒に歩くイジメられっ子ちゃん、気分イイでしょ?」


 ヒョイと私の視界に入るように覗き込まれた。目が合った。

 本当はユウキさんの人気の理由はなんとなく分かってるし、確かに気分もイイ。

 でも目をらす。私達に付かず離れず歩いてる沢山の靴もチラッと見えた。

 多分ユウキさんの気分は良くないと思う。私は太ってるし、髪も硬いし、顔もブツブツだし。


「まあ、はい……でも」

「俺はそういう人がいて欲しかった。殴る蹴るの真っ最中とかに、超キレイで超ツヨい年上のお姉さんが助けに来てくれたらアイツらも変わるかなって。でもそんな都合よくないんだよね。そりゃそうだ」


「……はい」

「俺が君のそういう存在になれたらイイんだけど残念ながら出来ない、物理的に。俺んここから電車で一時間だからさ。とりあえず今日だけ、これだけ見せ付ければ明日は大丈夫。でも明後日は、明明後日しあさっては、来週、来月、来年は?」


「……はい」

「お節介かも知れないけど、これぐらい強引じゃないとダメなんだよ。これから君の家に行く。お母様は居る?」


「え?! いや、今日は、はい、います、と思いますけど?」

「よし、俺に任せてみ? 失敗したらB案に変更、それもダメならC案がある!」


 じゃあこれはA案なんだ。

 隣を歩くユウキさんを初めて見上げる。


 頼れるのかな。

 肩に食い込む黒いリュックにはきっと『こんな事もあろうかと』が沢山詰まってる。

 でもママに何を言うのか、ネット上の有名人と丑の刻参りで知り合ったなんて、どう説明すれば……。


「そういえばさ、封筒に本名とアドレス入れたんだけど見てないよね、その感じだと?」

「え?!」


「やっぱり万札出してイエーイとか確認してないんだ? そうなんだよ、お金じゃないんだ。分かるよ」

「ユウキさん、じゃないんですか?」


「うん。俺達の秘密ね?」

「……はい」


 慌ててうつむけば、スニーカーの爪先。

 学校もママも吹き飛んじゃいそうなその笑顔は、私には残酷過ぎる。



  おわり。

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