新人Vtuber葛飾玖白彩の電脳冒険譚

田山 凪

プロローグ

私は新人Vtuber葛飾玖白彩

 私はイラストを描くのが好きだ。

 風景も物も人も、なんでもいいから描いてみたいという欲がある。だから、live2Dで自分の絵を動かすのも趣味でやってた。

 そんな時、友達に「Vtuberやればいいのに」と言われたことをきっかけに、配信を始めてみた。これが案外楽しくてはまってしまったのだ。


「今日も見てくれてありがとね~!」


 元気な声を届け配信を終えると、大きなため息が自然と漏れる。気づけば0時を越えていた。腹が鈍い音を立てるが、今からお風呂に入って髪乾かしてたら一時を越える。諦めるしかない。


 私は一人暮らしだ。

 1Kのマンションに住んではいるが家賃は親が出してくれている。光熱費や食費は自分で払っているが、大学生の身分なのでバイト代では到底家賃までは手が回らない。

 YouTubeで誰かが言ってた。「親の脛はなくなるまでかじれ」と。別にそれにしたがっているわけではないが、今はそれでいいのだと自分に言い聞かせる。


 少しひんやりとしたベッドが私を包む。真っ暗な部屋の天井を眺めていると、未来への漠然とした不安が襲ってくる。


「私はどこへ向かってるんだろう……」


 そんなことを考えていると、いつの間にか朝がやってくる。


 今日は土曜日だ。蝉の鳴き声にうんざりしながらも、バイト先の小さなカフェへと向かい、いつも通りに接客し、お客さんが引いてきた時間になると店長の娘さんの加奈子ちゃんが私に声をかけてきた。


「どうしたの?」

「あのね、お姉ちゃんに似てる声の人見つけたの」


 加奈子ちゃんは動画をよく見ていて時折私におすすめしてくれる。今日もそんな感じだろうと思ってたら、画面に写った光景に驚きを隠せなかった。

 

「みんなこんばんわ~!!」


 それは私だった。


「このVtuberってお姉ちゃんの声に似てるでしょ」

「ど、どうだろう。私にはわかんないなぁ~」

「お母さんは似てるって言ってたよ。ほら、絵も上手でしょ」

「じょ、上手だね」


 すでに店長にも知られているのか……。てか、何自分の絵を褒めてるんだ私。


「あ、宿題しないといけないんだった。またね!」

「ま、またね~……」


 身近な人間にバレかけるというとんでもないイベントが、まさか自分の身に起きるなんて想像もしたことなかった。


 その日の夜も私は相も変わらず配信をした。あんなことがあったから多少声が変だったのか、リスナーの人たちがいつもと違うと指摘してきた。


「ちょっと喉の調子が良くなくてさ。さっきのど飴舐めたからだいぶいいよ」


 嘘である。

 そうか、こうやって自然と嘘をついてしまうんだ。それが大きなことになると炎上したり……。いや、何新人の癖に炎上とか考えてんだろ。

 それに、炎上に怯えてたら何もできないじゃん。やりたいことやってんだから多少炎上したってお釣りが来るくらいには楽しんでやる。


 そうして特にトラブルもなく配信は終わった。画面を落として飲み物を飲んで一息つく。


「もっとがんばんないと」


 自然と口からでた言葉。

 本心だしこのままいつのまにか消えるなんてのは嫌だ。この先、普通の会社員として働くのもかまわないけど、どうせならネットの世界で満足の行く結果を残したい。

 私自身と見てくれる人が満足した時、それが潮時かもしれない。


「がんばる……ぞ……」


 急激な眠気が襲ってきた。一瞬だけパソコンの画面が見えた。おぼろげであるが、そこにはコメントが流れていた気がする。もしかして切り忘れ? 切らなきゃと思いつつ睡魔には勝てなかった。


 誰かの声が聞こえる。

 どこかで聴いたことある。

 でも、誰かまでははっきり思い出せない。

 ゆっくりと目を開けると、そこにはとても可愛い長い茶髪を垂らし私の顔を覗き込む子がいた。


「大丈夫? こんなとこで寝てると風邪引いちゃうよ」

「ここは……?」

「シティエリアの公園だよ。ベンチで無防備に寝てるんだからびっくりしたよ~」


 まるでアイドルのような容姿で服装も衣装にも制服に見える。

 眠気眼こすりその子をしっかりと見ると、私はとんでもないことに気づいた。


「えっ! 空風そらかぜ時乃ときのさん!?」

「私のこと知ってるんだね~」


 ゆったりとしたこの口調はよく知っている。だってこの人は、大手Vtuber事務所サイバーライブのビギニングメンバーの一人。


「名前は?」

「えっと……」


 私は気づいてしまった。

 ちらりと視界に写った私の腕には着たことのない服を身に纏っていた。だからと言ってこの服を知らない訳じゃない。むしろ、誰よりもこの服のことを知ってる。


「あの、変な質問だとは承知で聞きたいのですが、私はどんな容姿をしてますか!」

「銀髪のショートカットで片目に前髪がかかってて、パッチりとした青い瞳。短めのジャケットを羽織ってておへそが出てて、ショートパンツでニーハイソックスだね」


 や、やっぱりだ……。

 私は普段コミュニケーションが得意な方ではない。だから、元気ハツラツで活力に満ちたキャラクターが好きだった。公園の中心にある噴水まで行き、水に映る自分を見てみると、そこに私が作ったキャラクターがいた。


「大丈夫? なんだか慌ててるみたいだけど」

「あの、ここってどこなんですか」

「ここは第一シティエリアのハレルヤだよ」

「だ、第一シティエリアハレルヤ……」


 一般人が今の名前を聞いても何もわからないだろう。だけど、私は理解できる。だって、ハレルヤはこの空風時乃さんが住んでいるという設定の大都市だ。

 でも、どうして私がここに。心臓が今までにないほどバクバクと音を立てるのがわかる。せっかく夢にまでみた時乃さんがいるのにそれどころじゃない。どうせなら普通にコラボしたかった。まぁ、今の私にそんな力はないんだけども。


「えっと、あの……。私、迷っちゃったみたいで」

「それは大変だね。どこから来たの?」

「東京です」

「東京? ……あ、そうか。君、もしかして中の人かな」

「な、中の人?」

「私たちはこの電脳世界に存在するイマジナリーエグジスタンス。VTuberを現実世界で表現してる人たちのことを中の人と呼ぶとすれば、私たちは外の人ってことになるのかな」


 急にメタ的な話になって来たが、時乃さんは何も気にせずそのまま続けた。

 私たちがいつも見ているVtuberは、イラストレーターが描きいろいろやって配信者の動きをトレースし、モニター上で動く存在。そこに一定以上の人たちが見るようになると、仮初の存在から電脳世界に定着し、イマジナリーエグジスタンスとして存在することができるという。

 そして、その性格や言動は中の人や作った人が決めた固有の物をそのまま模倣し、自我をもってこの世界で生活を送る。らしい……。


「でも、どうして中の人が来ちゃったんだろう。そういえば、私がこの世界に存在するよりも前に、中の人がこの世界に迷い込んじゃったことがあったみたいでね。詳しいことは知らないけど現実世界に戻れなかったみたいなの」

「なにそれ怖い……」


 いや、まてよ。そういえば五年くらい前に失踪したVtuberがいたみたいなのを、解説動画で見たことがある気がする。確か、古参でその人は配信中に寝落ちしちゃって、可愛い寝言でさえもキャラのような発言をしてすごく界隈では話題になっていた。

 でも、それ以降その人は配信することがなく、数か月後に公式から失踪したことが明かされた。後にニュースになる事態になり一般人にも広まった。もしかしたら時乃さんが言っているのはそのことかもしれない。


「あの、その人って今どこにいるんですか」

「どこなんだろうね。私もよく知らないの。電脳世界は広いから探すのも一苦労だよ」

「その人なら何か知ってるかもしれないんです。なんとかならないですか」

「う~ん……」


 憧れの時乃さんは困ったように考えた。せっかく憧れの人に出会えたのに困らせちゃうなんて、やっぱこれは自分で解決しないと。

 私が言おうとすると、時乃さんは軽く手を叩いていった。


「もしかしたら会長なら知ってるかもしれないよっ!」

「会長?」

「学校の生徒会長だよ。私と同じくらいにこの世界に存在して学校の生徒会長として活躍してるの。面白い人だよ」

「ぜ、ぜひその人の場所を教えてください!」

「連れて行ってあげるよ。そうだ、まだ名前聞いてなかったよね」


 私は一瞬迷った。私自身の名前を答えるかこの姿の名前を答えるか。でも、いま目の前にいる時乃さんは私の知っている中と外がある存在ではなく、空風時乃という一人の存在。なら、私もこの世界での存在で答えるべきだろう。


葛飾玖かつしかく白彩はくさいです」

「白彩ちゃんよろしくね。じゃあ、早速行こうか」


 無人のバスに乗り電波学園へ向かった。


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