第37話
礼治郎は風呂上がりの人々をそれぞれの部屋に誘導すると、3王たちの元に戻ってきた。
「お約束通り皆さんに今日のお礼をします。あ、イザベローズさんにもお礼をさせてください!」
そういった礼治郎は大型浴場の横にある食堂に移動する。
「どうぞこちらに!」
食堂内の白いカウンター席に4人を座るように促すと、礼治郎はすでに行っていた調理に再び取り掛かる。
鼻をくすぐる匂いが複数漂っていて、何をしているのか誰もが特定できない。
「一人ずつそれぞれにお出しするのでよろしく」
10分も経たずに礼治郎はドンブリをテンジンの前に置いた。
「お待ちどうさま。特盛豚骨ラーメンです!」
3人前はあろうというラーメンを目の前に、テンジンは目をぱちくりした。
茶褐色のスープの中に大量の麺が沈めてあり、他に緑の葉野菜とゴロゴロと大きい肉が乗っていた。
「これはなんじゃ? ラーメンなのか?」
「ええっ」
「いつも〈ラッキースター〉で食べているレンジ麺とは違うということか?」
「はい。電子レンジで温めるだけのレンジ麺とは違い、麺とスープ、具材を別々に調理・用意したものです。もっとも麺と野菜は〈ラッキースター〉で買ったものですけど」
「何が具体的に違うんじゃ?」
「食感、スープの構成をテンジンさん用に調整しています」
「ほ、ほう……」
テンジンは説明を受けてもよくはわからなかった。だがまずは食えという空気を感じ、箸を手に取った。
まずは麺をつかんで口に運ぶ。吸い上げ、口に含むとその食感に驚く。
「なんと、麺の口当たりがいつものレンジ麺よりも軽やかじゃ。噛み応えが心地よく、のど越しも瑞々しいのぅ。何だか鮮度が高い気がするけん」
続いてレンゲでスープを飲むと、ホフッと声が漏れる。
「味が濃厚じゃ! 塩辛さはレンジ麺と変わりはないが、こってりと脂分が多く、力強さを覚えるのぅ」
「スープは基本、パイアのモノを使って作っています。醤油で煮たパイアの煮汁をスープのベースにし、さらにはパイアの背脂を多く入れています。あと20時間煮たパイアの大腿骨の髄液も加えています」
礼治郎の解説にテンジンは頷くがもう箸が止まらない。よくわからないがレンジ麺よりも、細密と破壊力が段違いなのを理解した。またスープも味わい深く、複雑な旨さが詰まっているのを舌と喉で把握する。
テンジンがガッついているとナフィードの前に礼治郎は琥珀色の液体で満ちたウィスキータンブラーを置いた。
「これは?」
「ウィスキーを炭酸水で割り、氷を追加したハイボールです」
「ハイボール……いつも缶で飲んでいるモノと違うのであるか?」
「はい。ウィスキータンブラーで飲むと口当たりが違います。氷のクラッシュもウィスキーに合わせています。またウィスキーの濃度も調整しています」
出されたハイボールをしげしげとナフィードは観察する。
「確かに色が濃いのである。特に一番上が爪先ほどの層で濃厚なのである」
「それに気づくとは流石です。もう完成しているのでお飲みください」
ほほ笑む礼治郎を前にナフィードはハイボールを口にする。
直後すぐに驚きの表情を見せる。
「ほほぅ……まさかと思うほどの口当たりが爽快なのである! 細かい氷が口の中で踊って爽やかでいて面白い。おまけに濃度が濃いことで余韻が長く続くのである!」
ナフィードはグラスと濃度、温度を調整することで、既製品とは桁違いに味の可能性が増えることに感動した。
二口目を飲んだナフィードに礼治郎はほほ笑んでから言う。
「このハイボールにはある細工がしてあります。このミステリーもナフィードさんへのお礼です」
その言葉にナフィードは目を丸くして、ハイボールを見る。
「このハイボールにミステリーが隠されている? ほほう、まさかの挑戦である!」
ナフィードはハイボールを見つめた後に、更に一口飲んで唸る。
「確かに何かがこのハイボールには起きているのである! 小さいが豊かな物語が感じられるのである。美味しいがそれだけではない、何か不思議な味の広がりがある!」
そのやり取りを観ていたヴァラステウスは肩をすくめる。
「それがしはお手上げでござる。これにいかなる仕掛けがあるのか正解を所望いたす」
するとナフィードはヴァラステウスを睨む。
「これは吾が輩が主からもらったミステリーである! 吾が輩が解く権利があるのである!」
ナフィードはそういうとハイボールを口にする。そして首をひねり、深淵を見るような顔をした。
これに礼治郎はわずかに苦笑する。
「わかりました。言っていただければ同じハイボールを何回でもお出ししますので!」
次に礼治郎はヴァラステウスの前にそれぞれ異なるタレが入った小鉢を3種類置く。
続いて鍋敷きを置いて、次に煮えた土鍋を置く。
「鍋――蓋を取って構わぬでござろうか?」
「お願いします」
礼治郎にうながされて鍋の蓋を取ると、白い液体の中でぐつぐつと揺れる野菜があった。ニンジン、玉ねぎ、キャベツ、大根、じゃがいもがその存在感を示していた。
「温野菜の豆乳鍋です。ヴァラステウスさんはあまりもやし以外の野菜を加熱して召し上がらないようだったので、気に入るきっかけになればと思い、提供しました」
「温野菜? シチューと大きく何が違うと申すのだ?」
「大きくは変わりませんね。ただこれは全て植物しか使ってないのでヴァラステウスさんの口に合うと思うのです」
「なるほど。取り合えず頂戴してみるでござる」
「タレはポン酢、ゴマダレ、味噌ダレを用意しました。いずれも昆布が下味になっています」
「好みによって使い分ければいいのだな?」
妖精王はフォークを手にすると、まずはキャベツをゴマダレで、次には大根を味噌ダレで、ニンジンをポン酢で口にする。
食べ進むうちにヴァラステウスは口角を上げる。
「ふむふむ――レイジローの言わんとすることがあいわかった。食べながら選ぶとは何とも興がわくことよ。アツアツで食べる野菜も誠に趣があるでござる」
するとヴァラステウスは鍋の表面に膜が張っていくのに気づく。
「やや、表面にムラが、膜が張っていっておるぞ?」
「それは湯葉というものでして、具の一つとして食べてください」
礼治郎の勧めに従いヴァラステウスは湯葉をフォークで絡めとり、口に運ぶ。ツルリとした食感に目じりが下げる。
「ほほう、豆の煮汁がこのようなことになるとは知らなんだ。味も口触りも天晴れでござる! 甘く豊かなことよ」
「ありがとうございます。それでこれがイザベローズさんへのお礼です」
それは細長いガラスの器に入った食べ物だった。赤と白が交互に層をなしていた。
イザベローズは喉を鳴らしながら礼治郎に尋ねる。
「こ、これは何でございますか?」
「ストロベリーパフェというものですね」
「果物がふんだんに使われて……ケーキとは違うのですか?」
「はい。異なる素材とイチゴという果物を層状に配置して構成しています。下からバニラアイス、クッキー、寒天ゼリー、ホイップクリーム、ストロベリーアイスをイチゴと交互に重ねています」
といい、礼治郎はイザベローズに柄の長いスプーンを差し出す。
イザベローズはしばし戸惑うが好奇心と食欲に負けてストロベリーパフェに取り掛かる。
ストロベリーアイスとイチゴを同時に口に入れた時点でイザベローズの瞳が大きく広がる。すぐに素材を重ねて食べることでテイストが変化することに気づき、パフェを掘り進める。
「見事でございますわ! この発想には完全に脱帽でございます! ああ、美味しくて楽しい!! 帝国一の甘味職人に今すぐなれると保証いたします!」
皇女の絶賛に礼治郎は苦笑する。3王には感謝の意図が明確にあったが、イザベローズのストロベリーパフェに関しては余興で作ったのだ。
喜ぶかな? という単純な発想だったが、気に入ってくれたようで一安心だった。ただ一つ失敗したのは初めてストロベリーパフェを作ったせいか、普通に2人前はあるボリュームにしてしまったことだった。
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