エピソード3「ラプトルの侵攻」

第24話

 見送り禁止といったが、ほぼ全員が礼治郎達の出発に立ち会うことになった。

 礼治郎は300人全員と握手をすると、軽く頭を下げて、〈聖母の丘〉を後にした。

 感傷的になるのは厳禁だと自分に言い聞かせる。だがそれはうまくいっていない。

 2日前から、300人の家族に向けてのビデオレターを撮影したことも感傷的になる原因となっていた。

 礼治郎が子供の家族に出会った場合に備え、子供たちに一人3分当たりのメッセージをタブレットPCで撮影したことで、より300人と親近感を覚えるようになってしまっていた。

 ビデオレターの中身も礼治郎の心を揺さぶるものになってしまう。

 ほとんどの子が肉親との再会を願うことを口にしたことで、無関心でいられるわけがなくなってしまったのだ。


 いかんぞ! 泣いて別れては冷静さを失わせる。下手な感情で動くことは大勢の人を苦しませることになる


 ダメなところだらけだと自覚しているだけに情で判断を鈍らせるわけにはいかないのだ。

 それどころか、この先、重大な判断を下す場面が連続して起きることは予想できている。

 中でも3王への指示をミスることはこの世界の人類の存亡につながることが考えられた。

 気持ちを静めた礼治郎は、改めて今いるクリキ公国の東端、大東森地方を見渡す。背の高い草も少なく、木が群生しているところも乏しいように映る。

 基本的には原野・草原が続く平地である。地球で言うと、行ったことはないがモンゴルあたりが近いように思う。

 歩き出す礼治郎を見てテンジンがニタニタ笑う。


「おっとおっとこっちでええんじゃろうか~? 街道に真っすぐ行かんでええんじゃろうか~」


 テンジンがからんでくるのは、ナフィードだけに偵察を許しているからだと礼治郎はわかっている。

 テンジンはナフィードを自由にさせているのが面白くないのだ。

 ナフィードは翼を生やし上空に飛んで30分ほどして、街道を進みたい礼治郎たちのところに戻ってきた。

 点在する村・集落の場所の報告と共に、魔獣たちが集結している場所を報告していた。


「ラプトルがおおよそ1000頭いるのである。それ以外にもまさかと思ったが大型魔獣の気配を感知したのである。そしてその近くに人間が100名以上いたのである」


 魔獣の群れ――聞いただけで礼治郎の足はすくんだが、人間がいると思うと見捨てられないと即断する。


「500頭って話だったのに――1000頭か……みんなで相手にできますか?」


 礼治郎の言葉にテンジンは小躍りしながら返答する。


「ラプトルが1000頭なぞ、造作もないでぇ! 竜に戻してくれたら、火をちょいと吐きゃあ10秒も掛からんわい!」


 礼治郎はその言葉にゾッとしながら、ナフィードとヴァラステウスに尋ねる。


「わたしがパイアを食べられるように解体しましたが、ラプトルも食べられる状態にできるとお思いですか? 2人の主観でいいので教えてください」


「左様……。それがしは肉は好まぬが、レイジローの腕前ならば可能性がござるといえるであろう」


 とヴァラステウスが診断すると、ナフィードも同意を示す。


「我が輩も賛同する。とても食えぬと思えたパイアを貴殿はまさかの解体術で食用にまで持っていったのである。その手腕ならば可能であろう」


「おいおい! ワシの意見は聞かんのか!」


 テンジンの言葉を無視して礼治郎は考えた上で決断する。


「全員ラプトルを殺す場合は頭だけを跳ねてください! 体が爆散するような倒し方はアウトとします!」


 その決定に不満をぶちまけるのはテンジンだった。


「冗談じゃないでぇ! あがいな雑魚をチマチマ首をもぐなど、やってられんわい!」


 礼治郎は当然抗議をスルーし、〈飛行〉Lv1で地上から20センチ浮いて移動を開始する。

 ナフィードが先行するように礼治郎の少し前に出て言う。


「先ほどの報告は全部ではないのである。100人の人間の側に、また別の40人ほどの人間がいるのである。さらにその周辺に魔法で身を隠す者が数名――貴殿はまさかの事態に備えるのだ」


「つ、つまりどういうこと……です?」


 人間たちの謎の構成・配置に礼治郎は戸惑う。だが答えなどすぐに出るわけがない。

 礼治郎はテンジンの抗議の声を聴きながら、できるだけの範囲でラプトルと人間の戦場に急いだ。




 時速40キロは出ている――そう思いながら〈飛行〉し、10分したところで、礼治郎はナフィードにあとどれほどで着くか尋ねると、25分は掛かると返答が来た。


「そ、そうですか。え~と、ナフィードさん、申し訳ありませんが、先に行って人間たちが魔獣に蹂躙されそうでしたら助力をお願いできませんか?」


 承知――そう一言いうとナフィードは正に矢のような速度となり、たちまち姿を消した。


 そして25分後、ナフィードと丈の浅い草が覆う原っぱで再会する。


「我が輩がたどり着いた時には100名の者のうち4人が戦死していたのである。他に重傷者24名、軽傷者41名といった状態である。ラプトルは一時後退しているのである」


 ナフィードが報告をすますと同時に、テンジンが動いた。

 何事かと思うとテンジンは10メートルほど離れた場所で、一人の黒づくめの人間の腕を握っていた。服もブーツも顔覆う覆面も黒い異様な雰囲気を持つ者である。

 黒づくめの者がどう出現したのか、礼治郎には把握できなかった。


「ほうほう、人間、なんぞワシの主に用? そがいならワシを通してからにせいや!」


 テンジンが楽しくてたまらないといったようにいった。

 直後、テンジンは空いていた左手を強く閉じる。するとテンジンの左手には赤い糸が巻き付いていた。

 礼治郎にはいつ赤い糸が現れたのかがわからない。が、突然現れた者たちが、ナフィードのいう「魔法で身を隠す者が数名」に該当するのだろうと察する。


「い、いったい何者なんだ?」


 礼治郎は魔獣の群れが闊歩する原野で、襲ってきた者の正体も理由もまるで予想がつかなかった。

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