雹の夜に鴉は舞い降りる

御堂 はるか

第1話 雹と雨

 目をあけると、むき出しの蛍光灯の黄ばんだ青白い光が目に刺さる。窓のない地下室。聞こえる音は天井に埋め込まれた換気扇と電子ロックの金属扉の向こうの通路を往き来する足音。どちらも微かだ。

 身体を起こし、ベッドに腰掛ける。打ちっぱなしのコンクリートの壁、タイル張りの床。ベッドが一つだけある個室。

 扉の前で足音が一つ止まる。

「目を覚まされましたか。アルダーソンです。御食事を用意いたしました。」

「ああ、入ってくれ。」

 アルダーソン。今回の行動において私の身辺の警護と世話を兼ねて付けられている下士官だ。いかにも軍人らしい男。扉がスライドすると敬礼をして個室に入ってくる。

「携帯口糧か。」

「はっ。作戦の完遂までは全員、携帯口糧で済ますようにとの命令です。」

 この口調。一度だけもう少し普通に話せないのかと尋ねたところ、これが自分にとっての普通であると一蹴されてしまった。

「アルダーソンはもう食べたのかい?」

「すでに完了しています。」

「そう。作戦の進捗は?」

「すでに施設の占拠は完了し、施設内には我々のみです。弾道ミサイルの調整、配備を行っています。」

「政府の反応は?」

「まだ何もありません。」

 我々がこの施設の占拠を開始してすでに6時間ほどが経過している。政府がこの状況を掴むには十分すぎる時間が経っている。

「少佐は何と言っている?」

「我々に対しては何もありません。」

「食事が済んだら会いに行こう。今少佐はどこに?」

「会議室にいらっしゃいます。」

「そう。」


 モーラソー島。4㎢ほどの面積の北太平洋上の絶海の孤島。ここには大陸間弾道ミサイルの発射が可能な基地が展開されている。格納庫と300名ほどが生活できる宿舎、ミサイルの発射施設が存在する。ユーラシア大陸に位置する某国が国際社会に秘する形で設置したこの基地は、表向きには現地住民の自治区として海外領土ということになっている。冷戦構造の終焉とともにこの基地の予算規模は縮小し、ミサイルの配備をそのままに人員を削減し細々と運営を継続していた。

 昨夜未明、私の所属する武装集団LOCUSTsローカスツはこのミサイル施設を急襲、占拠した。基地内にいた少数の兵士は拘束し我々に加わるよう説得が行われている。

 占拠が完了したと確認された時点で我々は島内に一時解散。私は地下の個室をあてがわれ、仮眠を取るよう指示された。


 アルダーソンを伴い宿舎の1階にある会議室の前に立ち扉をノックする。

HAILヘイル、入ります。」

 会議室の机の上には島内の地図と世界地図が並べて広げられ、無線機が置かれている。宿舎の中には他に無線室があるが、重要事項はここにある直通の周波数に報告することになっている。

「入れ。よく眠れたか?」

「おかげさまで。少佐はいかがですか?」

「いや、私が休める状況じゃないのでな。全体の占拠は完了しているが、人員の配備、施設の使用状況の確認、まだ報告を受けなければならないことが多い。」

 この組織の首領はRAINレインと名乗る男。ローカスツの構成員は“少佐”と呼んでいる。ウェーブのかかった艶のある黒の長髪。彫りの深い目鼻。茶色い瞳。無精ひげ。革命家然とした容貌ではある。そして瞳には知性を湛えた深みがある。

「はい。声明に対する返答は?」

「まだ無い。ホワイトハウスで相談中か。それとも。」

「それとも?」

「まだ、お前は知らなくてもいい。時が来たら伝えよう。」

「わかりました。それまでは他の隊員たちと行動を共にします。」

「いや、お前はコードネーム持ちコーデッドだ。別にしろ。」

「そうですか。」

「3階にこの基地の司令官の執務室がある。そこに居ろ。必要があれば通信を入れる。」

「かしこまりました。アルダーソンは?」

「連れていけ。長くなるはずだ。」

「それでは。」

「この作戦の鍵はお前だ。頼むぞ。」

「はい。」


 ――頼むぞ。

 彼がよく私に投げつける言葉。“何を”かははっきりと言わない。私も尋ねたりはしない。この言葉が私を羽搏かせ、縛り付ける。出会いから、現在までそれは続いている。

 私は踵を返し会議室を後にし、執務室へ向かう。

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