【短編】彫像の少女 ~シトリーネ~
たかしゃん
第1話 ルブラン美術館
ひときわ大きな建物の前でバスが停まる。
やっと着いた。
そう思いながら、僕はふらふらとした足取りでバスを降りた。
「皆ちゃんといますか?」
先生の声を聞いて、僕たちはすぐに整列し始めた。
そして、運悪く班長に割り当てられた友達が、もたもたしながらグループメンバーの肩を叩いて確かめていく。
全員いることがわかるといそいそと先生に報告をしていた。
(最後か……漢字書き取りの宿題が増えるなぁ)
「はい。全員ちゃんといますね。では、館長さんお願いします」
僕の心配はよそに、先生が名札を提げたおじさんに何かを促す。
「分かりました。……こほん、ルブラン美術館の館長、伊沢青司です。今日は、元気な子供たちが見られて大変嬉しく思います。ただいま当館では、フランス美術の巨匠シューベルの作品を集めた『愛の美術展』を開催しています。絵画や彫刻、石像などたくさんの種類の作品が展示されていますので、ぜひぐるりと見て回ってください!」
「伊沢館長ありがとうございます。さて、では図工の社会科見学を始めましょう。各四人グループに分かれて、自由に回ってください。あと、これは授業なので、作品を鑑賞して感じたこともちゃんと書いてくださいね」
白紙や丸写しはだめです。分かり次第宿題が増えますからね、と釘を刺され、数多くの男子があからさまに不満の声を上げた。
それから「レポートは三行以上で」だとか「三作品は絶対見るように」だとかお決まりの説明をされて、僕は美術館に入った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
いっぱい絵がならんでいる。
どれもきれいだ。
なんとなく愛をかんじる。
館内に展示されている作品を一通り見て回った後、僕のレポートに書かれているのは、たったこれだけだった。
いや、書いたのは僕なのだけれど……。
でも三作品以上は見ているし、三行以上は書いた。
空白があることは、見ないことにしている。
「はあ……気持ち悪い」
実は、ここに着いてから気分が悪い。
車にあまり乗ったことがないから乗り物酔いをしたのかな?
前の席にしてもらったのに、ツイてないな。
とりあえず、体調を整えるため、広い館内のあちこちに設置されているソファに腰を下ろした。
何の気なしに、授業前に配られた『愛の美術展』のパンフレットを見る。
そこには――『リンゴとさくらんぼ』『ひと房のバナナ』『欠けた角砂糖』などの油絵やたくさんの苦しむ人を助ける様子を象った『慈愛の老婆』『9人の小人』というタイトルの彫刻が紹介されていた。
「あれ?」
違和感を覚え、すぐさま立ち上がり、もう一度作品を見て回る。
「やっぱりおかしい」
パンフレットに載っている絵と実際に展示されている絵を見比べてみて、自分が抱いた違和感が正解だったことに驚いた。
展示されている『リンゴとさくらんぼ』に描かれた三つのリンゴは、どれもかじられたような跡があり、さくらんぼは、二つある実の片方がなくなっている。しかし、パンフレットはちゃんと描かれているのだ。
『ひと房のバナナ』では、パンフレットでは六本のバナナが、展示されているものでは五本になっている。
数が減っているのは、なんでだろう。
(この絵は偽物ってこと?)
いや、それにしては絵のタッチはそのままって感じだしな。
他の絵と統一感があるし。
「もしかして、誰かが食べた……とか?」
ひとり呟いて……後ろ頭を掻く。
そんなわけないよな。
絵だもん。
「お、ゆうすけじゃん。もう感想書いたか?」
馬鹿なことを考えているとグループメンバーの友達に話しかけられた。
「え。あ、ああ。まあ、うん」
「おお、マジか。ちょっとコツ教えてくれよ。オレこういうの苦手で……」
「コツって言われても、僕だってこんなのだし」
懇願するような顔をしている友達に僕のレポートを見せた。
「ふむ、おお! こんな手があったか。天才だなお前」
「そんな。天才じゃないよ」
「悪いんだけどさあ、他のやつらもまだ感想書き終わってないんだ。ちょっとばかし一緒に考えてくれないか?」
と言われたのが終わりの始まりだった。
次から次へと友達のレポートの内容を考えて教えていると、皆のレポートは僕の書いたものよりもクオリティの高いものになっていた。
本末転倒というか、何といっていいのか分からないが少しだけ良い気分だ。
「じゃあ、もうそろそろ時間だし、集合場所のロビーに行こうぜ」
「そうだね」
そのまま友達に流されて、僕は美術館のロビーに向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「悪い。ちょっとトイレ行ってくる」
「うん。分かった」
ロビーに戻った瞬間、友達はトイレに行ってしまった。
仕方なく、例によって近くにあったソファに腰を下ろす。
「ふう。あ、そうだ」
思いついて、レポートに鉛筆を走らせる。
美術館にきて良かったと思う――という一文を付け加えた。
そのとき館内の空調が乱れたのか、どっと風が吹き抜けた。
風が来た方向を見ると……ソファの横に置いてあったらしい女の子の像が目に映った。
淡い色のワンピースを着て麦わら帽子を被っており、胸に両手を当てて微笑んでいる。
肌の色合いや質感も柔らかい感じがして、一体なにで作られているのか分からない精巧な作りだ。
思わずじっと見ていると、その像の手に変な隙間があることに気づいた。
何か握っていたのかな?
そう思って近くを軽く見渡すと、僕の座っていたソファの上に、白く小さな丸い花弁をいくつもつけた花が落ちていた。
これは僕もゲームなんかで見たことがある。
確か名前はスズランだったかな。
たぶん、女の子の像が握っていたのだろうけど、さっきの風で飛ばされたんだ。
僕はそのスズランを手に取ると、女の子の像の前に立ち、手の隙間へ差し込むようにして握らせてあげた。
近くでその女の子の像を見ると、僕とほぼ背丈が変わらないことに気づいた。
それに……何だか息をのむような美しさがある。
まるで、本当に生きているような――。
そう思ったとき、美術館のホール中央にあった時計が大きな鐘の音を鳴らした。
この鐘が鳴ったときが社会科見学終了の集合時間だった。
僕は慌てて周りを見る。
「あれ、皆どこに行ったの?」
何度も首を左右に振ってみたり、振り返ってみたりして先生や友達の姿が見えないか確認してみるが……誰もいない。
どうなってるんだ。これ?
「すうう、はあああ……――こんにちは!」
「うわ!」
突然の大きな声に驚いて、僕は勢いよく尻餅をついた。
「わわ! だ、だいじょうぶ!?」
「いてて……うん、何とか大丈夫……」
僕は、情けないと思いながらも生返事をして見上げると――「え」と間抜けな声が出た。
屈んでまで心配そうに僕を覗き込んでいるのは――さっきの女の子の像と同じ顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます