13話 日常の変化を受け入れますか?
落ち着かない。
まったくもって落ち着かない。
私の普段着、ブカブカᎢシャツをやめたせいだ。
今の格好は身体のサイズに合ったオレンジ色のᎢシャツとレモン色の短パンである。
ともかく、この格好をして仕事をしようとしたのだが。
落ち着かない。
「おーい、ちょっと来い」
猫又が呼んでいる。あまりいい予感がしないのはいつものことだ。
猫又は玄関の前にいた。
「なに? 一応仕事中なんだけど」
「いや、ひとつ問題が……む。お前それなりにまともな格好をしているな。出かけるのか?」
「出かけないけど」
「あのボロ雑巾みたいなのはやめたのか」
ボロ雑巾……
「いつ加茂の奴が現れるかと思うと。ウワバミの時は慌ててたからもろ見られちゃったけど、まあ、一応私も女だし?」
加茂とは
「男女以前の問題だと思うが」
猫又は何でこんなに説教くさいのだろう。
「話がそれた。奴に関係がある事だ。玄関のドアを開けてみろ」
「玄関の外?」
開けてみたが、何の変哲も無い通路にしか見えない。
「そこのそれ。そのままにしておいていいのか? あの陰陽師対策としてだな」
「何も無いじゃない。どういうこと?」
「あ、見えないのか。しょうがないな」
猫又は通路の床をぺしぺしと叩くと通路が青く光り、何かが浮かび上がってきた。
仕事柄、少しはわかるぞ。ふたつの円で囲まれている六芒星。円と円の間には全くわからない文字の様なものが書かれている。
「ええと、魔法陣? 何でこんな所に? そもそもこれは何を意味するの?」
「あの陰陽師が作ったに違いない。この魔法陣はな『転送』の魔法陣だ」
転送?
「ウワバミの時いきなり奴が消えたろ」
「あれはびっくりした」
「これがあると奴が思いのままにここに現れ、帰る事ができるという事だ」
「げ!」
それは非常に嫌な事だ。緊急事態だ!
「魔法陣があれば安全に行き来できる。だがそうではない時は危険だ。だからここに設置したのだろう」
「どういうこと?」
「行く先に魔法陣が無いと、失敗したら壁に埋まったり、空に飛び出て落下したり、海底に現れて溺れたり」
「そしたら加茂の方にも魔法陣があると?」
「ここへ自由に行き来したいんだろ」
うげ。仕事着を変えるどころではなくなった。
しかし知らないビール工場へ行ったということは、奴が命をかけたということ?
いや、奴がそんなリスクを犯すはずがない。何か秘密があるはずだ。
「とても危険なので消して欲しいです。猫又様」
「猫又様? 俺には無理だな。酒呑童子や
そんな……
「で、でもこんな厄介なもの放置できないよう」
「俺もごめんだ。しかしすぐに実行できる方法はひとつある」
「なになに?」
あるなら早く何とかしてほしい。加茂の奴が突然現れるのは非常に嫌だ。
「物理的に破壊する。粉々に壊せば問題ない」
「はい?」
それはこのマンションの廊下を破壊しろという?
「いくら何でもそれは。修繕費をどれだけ請求されると思う? ビールの件で経済的に大打撃を受けたばかりなんだけど」
「もっと稼いでぶっ壊すか、放置するかだな。だが俺も放置は嫌だ」
一応聞いてみよう。
「消すことのできる何かはないの?」
「わからん。神様か仏様に頼むしか知らん」
あの。
「神様仏様を呼び出す方法は? あずき洗いの時は現れたよ」
「あれは菩薩様の都合だ。たかが転送の魔法陣を消すために来ると思うか?」
駄目じゃん。
「作った本人なら確実に消せるが、奴が消すと思うか?」
「全く、これっぽっちも思わない」
なんで無断でこういう事をするのだ。ウワバミの件をチャラにすると言った時からおかしいとは思った。見返りを求めないという点で。
「消せと言ってもビールの件で命をかけた代償だ、などと言うだろうな。多分命などかけてはいないと思うが」
猫又と意見が一致した。これはもうどうすることもできないということか。
「可能な方法を自力で見つけるしかないという?」
「それを探せ。早く消せ」
猫又……そもそもそんなものがあるのだろうか。
取材と言ったら必要経費になるのだろうか。
「あ、もうひとつ方法があった。俺的には更に嫌なことなのだが」
「なになに、教えて! 教えろ! 今すぐに」
「奴より格上の陰陽師なら間違いなく消せる」
そんな。陰陽師なんて加茂しか知らない。
「そんな人見つかる訳がないと思います」
「俺もそう思う。この件については力を貸してやる。だからなにか考えろ」
そう言われましても。
私の日常が壊れる音が聞こえた。
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