第29話 いつ気付いたの!?

「カトレアさんが監督官をされてるヒーラー休憩所で!? 僕が!? 働く!?」






突然の誘いに、ジュリオは声を上げて驚いてしまった。






カトレアは確かに言った。



キミ、アタシが監督官してるヒーラー休憩所で働かない? と。




今すぐにでも飛びつきたいが、先程は目の前にぶら下がった依頼にすぐ飛びついてエライ目に遭ったので、ジュリオは戸惑うばかりである。






「さっきの事もあるから素直に答え出し辛いよね。ごめん。……アタシが雇われ監督官してる休憩所ってのは、ちゃんと役所の認可が降りてるとこだから、安心していいよ」





役所の認可が降りている、という言葉がどれほどものかわからず、ジュリオは不安げな顔でアンナを見た。






「安心しろジュリオ。役所の認可が降りてるってことは、そこで働いてるヒーラー達はみんな免許持ちって事だ。免許持ちのヒーラーは雑に扱われない。……当然、ヒーラーを守る監督官も、役所に抜き打ちでチェックされる。…………だから、ヤバい仕事先じゃねえのは確かだ」






アンナはそう説明してくれたが、それを聞いて「アンナがそう言うなら安心だね! 僕ここで働くよ!」と飛びつく気にはなれなかった。



痛い目を見て知恵を付けたバカ王子は、意外と慎重だ。






「ヒーラー休憩所って、どう言う場所なんですか? 何をどうするところなのか、良くわからなくて」






まずは話を聞いてみようと思った。


大ベテランヒーラーであるカトレアに仕事を紹介されているというのに失礼かと不安になるが、ここはしっかりしないと駄目だろう。






「ヒーラー休憩所ってのはね、簡単に言えば、ダンジョン前の回復施設の事だよ。冒険者がダンジョン攻略前に体力回復して準備を整えたり、ダンジョンから戻って来てズタボロになってるのを回復したりする場所なんだ。…………異世界人風に言うと、『◯◯モンセンター』とか『◯◯クエの教会』って言ってたかな」






異世界人の言葉は何一つわからないが、ヒーラー休憩所というのが冒険者達の体力を回復する現場だというのがわかった。






「アタシが監督官やってるヒーラー休憩所の場所は、慟哭の森前のターミナルにあるペルセフォネ教会なんだ。…………慟哭の森前のターミナルだし、嫌な事思い出しそうで無理だったら、遠慮無く断ってくれて良いからね」



「いえ、断るだなんて……」






慟哭の森と聞いて、恐ろしい光景が目に浮かぶ。


あのダンジョンで、異世界人勇者の少年と、新聞記者のヘアリーと、マリーリカの妹であるカンマリーがアナモタズに惨殺されたのだ。



一晩で三名の命が奪われた恐ろしい場所の近くで働くと言うのは、正直言って不安しか無い。



しかし、だからと言って断る気にもなれない。



ここでカトレアとの縁が切れたら非常に困るのだ。


カトレアには、色々と聞きたい事がたくさんある。






「あの、交換条件ってわけじゃないんですけど、カトレアさんの元て働いたら、僕のチート性能について教えてもらえますか? ……何か知ってらっしゃるようでしたので……」






自分の謎のチート性能について、カトレアは深くまで知っているようだ。



自分のチート性能が何なのか、どうしても知りたかった。






「…………ねえ、アンナ。キミは、ジュリオくんについてどこまで知ってるのかな」






ジュリオの真剣な顔を見た後、カトレアはジュリオの隣でボケーッとしていたアンナに話を振った。






「……そうだな……。とりあえず、ジュリオの本名と親父さんとお袋さんの名前は知ってるよ」






アンナの濁し方は絶妙であった。


知ってる範囲を的確に話しつつ、カトレアに一切情報を渡さない言い方である。



さすが、クラップタウンの住人だ。






「そこまでは知ってるみたいだね。……わかった。泉の撤収はルトリとローエンと業者と売人に任せて、アタシとキミ達は一足先にクラップタウンへ帰ろう。……詳しい話は、馬車の荷台でしようか。…………アンナも来てくれるかな。ジュリオくんは、その方が安心して聞けるよね」



「え、……あたしは良いけど。良いのかジュリオ」






アンナはジュリオの服の裾を軽く引いて、上目遣いで聞いてきた。


ジュリオより背が頭一個半分ほど低く、小柄なアンナは意図せずともどうしても上目遣いになってしまう。



普段は雑で乱暴で可愛さとは無縁の闘犬の如き女が、無自覚に見せてしまうあざとさと隙に惹かれてしまう。



こうして見ると、やっぱ可愛いなあ……と呑気な事を思った。 






「アンナがいてくれた方が僕は嬉しいです。でも、馬車の荷台で話すって……運転手さんに聞かれませんか?」



「大丈夫だよ、ジュリオくん。馬車の運転席って結構うるさいからね」






カトレアはニヤリと笑った。






◇◇◇






相変わらず乗り心地のクソ悪い馬車の荷台にて、ジュリオとアンナとカトレアの三人はガタゴトと揺られていた。






「まず、ジュリオくんが泉にかけた『フィールド・オーバー・ヒール』は、広範囲回復魔法の最強技だよ。これを扱えるのはヒーラー業界の中で多分、キミを除いて三人しかいないだろうね」



「三人……ですか……? あの、具体的にどなたなんです?」



「まずは、異世界人聖女のネネカ。……次にアタシ。……そして、最後が、今は亡き救国の大聖女デメテル。…………ジュリオくん……いや、…………エンジュリオスくんの、お母様だよね?」






カトレアから本名を呼ばれたジュリオは、諦めたように笑って答えた。






「はい。……よく、わかりましたね……」



「うん、まあ…………元々、ただの貴族じゃないなってのは思ってた。貴族にしてはあまりにも世間知らずだったし。……ごめん、悪気は無い」



「いえ……気にしないで下さい。自分でもよく分かってますから」



 




カトレアの謝罪を、ジュリオは情けなく笑ってさらっと流した。






「それに、ヨラバー・タイジュの新聞で、最近バカ王子が追放されたって知ってたから。タイミング良いところに現れたなって思ってた」



「タイミングはいいですけど、あの新聞に描かれてる僕、かなり酷いですよ? よくわかりましたね」



「ヨラバーの新聞なんてバカ臭くて真面目に読んでないもん。ただ、聖ペルセフォネ王国の王子が追放されたって事しか興味無かったし」






ジュリオが吐くほど酷い物だったヨラバー・タイジュの新聞を、カトレアは笑って『バカ臭い』と言ってのけた。

何だか少しスカッとする。






「そして、ジュリオくんが聖ペルセフォネ王国の王子で大聖女デメテルの息子だって確信が持てたのは、ヒーラー免許を取るため、キミの魔力量を検査した時だね。……『詠唱を必要としない』ジュリオくんを見た瞬間、ピンと来たんだよね」



「ああ、やっぱり……あの時のカトレアさん、なんだか怖かったですもんね」






ジュリオを詠唱要らずのチート性能ヒーラーだと言い切ったカトレアは、どこか含みのある言い方をしていたのだ。



思えば、あの瞬間からカトレアには自分の正体が割れていたのだろう。






「なあ、話に割り込んで悪いけど、ちょっと良いか? 素人質問で悪いんだけど、ヒーラーって普通は、詠唱を言って自分の生命力を魔力に変換してから、回復魔法を発動するもんなんだろ? その詠唱が要らないって、どんな仕組みなんだ」






カトレアの解説にアンナが素早く質問を入れてくれる。


自分のあやふやな疑問が固まりとても助かった。






「そう。アンナの言う通りだよ。普通のヒーラーなら、詠唱によって自分の生命力を生魔力に変換し、それを利用して相手の傷を癒やすものなんだ。……だけど、ジュリオくんには詠唱そのものが必要無い。……それっておかしいよね? だって、詠唱がなければ生魔力は生まれないんだもん」






カトレアが指をピンと立てて説明してくれる。



まるで先生のようで、ジュリオは王子時代に受けた教育係との授業を思い出した。



アンナも隣で真剣に聞き入っている。





ジュリオなりに頑張って話をまとめると、ヒーラーが回復魔法を発動する手順は




生命力→詠唱によって生魔力に変換→傷付いた相手に受け渡し怪我を癒やす




というものだ。




ならば、詠唱要らずのヒーラーである自分は一体、どんな仕組みで最強レベルの回復魔法を連発しているのだろうか。






「ジュリオくんには詠唱が必要無い。――――だって、生命力を変換しなくても、生魔力を独自に生み出せる体なんだもん」



「生魔力を、独自に生み出せる体……!? なんですかそれ……僕って一体何なんですか……?」






生魔力を独自に生み出せる体、という滅茶苦茶な事実を知らされ、ジュリオは完全にパニックになってしまう。




自分は本当に人なのかと、カトレアとアンナを不安げに見た。






「大丈夫。キミはちゃんと人だよ。……だって、独自に生魔力を生み出せる体って言うのは、『大聖女』の体質そのものなんだから。……キミのお母様、デメテルさんのね」



「……お母様の……体質……」






カトレアそう言われた瞬間、母の細腕が自分の肩にしがみついている様な気がして、ジュリオはゾッとし…………



……何故、ゾッとしたのだろう?



だって、大好きで尊敬している母なのだ。




自分を産んだせいで不幸になったにも関わらず、自分を愛してくれた母を、何故。






「…………なあ婆さん。ジュリオがお袋さんと同じチート性能だってのはわかった。……じゃあ何で、ジュリオに回復魔法を教えてきた教師達は、ジュリオのチート性能に気づかなかったんだ? あんたが一瞬で見抜いたのに、なんで」



「ありがとうアンナ。それは僕も同じ事思ってた。」




 



自分の教育係であったヒーラーや聖女は非常に優秀な人物だと聞いていたのだ。


王子の教育係に相応しい知識と技術を持った人物の筈である。


そのような素晴らしい人材が何故、ジュリオのチート性能を見抜けなかったのか疑問である。



ジュリオとアンナは困惑した顔でカトレアを見つめた。




そんな二人の視線を受けたカトレアは、タバコ吸って良いかと聞いてくる。




アンナに目配をして意見が同じだと察し、どうぞと答えると、カトレアは「そっち風下だから」と煙の流れに配慮しながらタバコを吸い始めた。






「だってそれは、キミの教育係がキミを完全に舐めてまともに相手をしてなかったからだよ。これは、ジュリオくんのせいじゃない。……教育係の人達の怠慢だね」



「怠慢……ですか」



「うん。こう言っちゃアレだけど、王子時代のキミは完全に劣等生として見られていただろう? だから、王子の教育係に就くような生まれながらの天才達は、キミを劣等生と見下してまともに相手をしなかったんだろう」



「そうですね……。何かとあっちゃルテミスと比べられて、僕の教育係もやる気ゼロでしたから」






ジュリオは、王子時代に弟王子ルテミスと比べられてボロクソに言われた記憶を思い出す。

弟が天才だと兄貴は苦労するもんである。





「キミとルテミス君は違うよ。良い意味でね。…………大丈夫。わかんない事があったらアタシに聞きな。…………アタシの方がキミの教育係よりも、遥かに優秀で最強なヒーラーだしさ」






カトレアは「これでもアタシはヒーラー業界のトップ三人の一人なんだよ」と言うと、タバコの煙をふうっと吐き出す。


ヘラヘラ笑って喫煙に耽るその様は、まさに反逆の黒魔女であった。

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