第34話 呪い食いって何!?
ヘアリーの正体がヨラバー・タイジュ新聞社の記者だと知って、ジュリオはただただ唖然としていた。
すぐに不機嫌になる異世界人勇者の操縦の上手さから、頭の良い女だとはわかっていたが。
まさか記者だったとは。
もう、何がなんやらである。
「聞きたい事はありますが……まずは、弊社を代表してお詫び申し上げます。……エンジュリオス殿下、我々は貴方に対して、新聞記者として恥ずべき行為をしてきました」
「…………正直、急展開過ぎて話についていけないんだけど」
いきなり豹変したヘアリーを前に、ジュリオは戸惑うばかり。
ヨラバー・タイジュの新聞には随分とボロクソに記事を書かれた恨みはあるが、ヘアリーの豹変を目の当たりにして全てがぶっ飛んでしまう。
「突然の事で混乱させてしまい……申し訳ございません……殿下」
「いや……良いんだけどさ……でも、その代り、僕からもいくつか質問していい? 君に聞きた事があるんだよね」
「ええ。何なりとお申し付け下さい」
「……なんで僕がエンジュリオスってわかったの? 僕、一般市民の前には姿を出せない立場だからさ。君が僕の顔を知ってる理由がわからなくて」
ジュリオは王子という特殊な立場故に、顔を知っているのは王族や貴族と、王国お抱えのヨラバー・タイジュ新聞社の編集長くらいである。
渡された名刺を見るに、ヘアリーは一般記者だ。そんな立場のヘアリーが、ジュリオの顔を見られる筈は無いと思うのだが。
「それは……とある方を追うために、貴族の男性に取り入ってペルセフォネ城の舞踏会に忍び込んだ際、殿下のお姿をお見かけしたのです」
「え、いつの舞踏会? 僕、舞踏会にはあんまり顔出してないけど…………あ! まさか」
「……ええ。そのまさかです。……殿下が起こした騒動は、しっかり見てましたよ。色々と災難でしたね」
「うっそ……ヘアリー、あそこにいたんだ……」
ジュリオが追放されるきっかけとなった舞踏会に、ヘアリーはいたのだ。
つまり、ジュリオが起こした揉め事を全て、ヘアリーは知っている。
これはとんでもなく恥ずかしかった。
「弊社の新聞は、嘘ばかりです」
ヘアリーは悲しげに笑う。
「嘘、嘘、嘘。全てが嘘。……今のヨラバー・タイジュの新聞は、ただ、楽しいだけの嘘を掻き集めた三文小説に過ぎません」
「でも、売れてるんでしょ、新聞」
「……ええ。……虚しい事に…………」
ヘアリーの悲しげな声を最後に、会話はぷつんと途切れてしまう。
ジュリオは気まずくなって、次の質問を投げかけた。
「……ところでさ。どうしてヘアリーは身分を隠してこのパーティにいたの? これも新聞記者としての仕事なの? このパーティに調べたい人でもいるの?」
新聞記者が身元を隠して冒険者パーティに所属する理由なんて、そのパーティの中に調べたい人物がいたからだろう。
「申し訳ございません……それに付いては、詳細なお答えを控えさせていただきます。……調べたい人物を追ってこのパーティに転がり込んだ……という答えが、精一杯ですね……」
ヘアリーが言葉を濁した。
踏み込めるのはここまでなのか。
少なくとも、これ以上を追求したところで、何の成果も得られそうにない事は予想できる。
新聞記者のヘアリーとバカ王子とでは、対話知能に雲泥の差があるだろうから。
「そっか。それじゃあ、僕の方はここまでかな。……次は、ヘアリーの番」
会話の主導権をヘアリーに譲る。
何を聞かれるのか不安になってしまい緊張してきた。
ヨラバー・タイジュの新聞には嫌な思い出しかない。
ヘアリーは真っ当な記者なのだろうが、それでも嫌なもんは嫌である。
「……殿下は、ハナフサジュンザブロウと言う言葉をご存知ですか? 聖ペルセフォネ王国の王子である殿下なら、この言葉を存じているかと……」
「え、何それ? ハナ……フサ? ……何かの呪文? 異世界言葉?」
「……異世界言葉というのは、正解ですね」
テレビ、おでん……そして、ハナフサジュンザブロウ。
異世界言葉と言うのは、どうにも舌馴染みが無くわけがわからない。
そんな意味不明な異世界文明の最たる存在であるテレビから、無機質な女性の声が聞こえてくる。
『次のニュースです。終戦百周年記念の式典にて、ルテミス王子が式辞を……』
異世界文明の小さな箱の小さな画面には、白い礼服を着た凛々しいルテミスが映っている。
テレビで身内を見るのは、何だか混乱するというか、わけのわからない変な気分だ。
『百年前の戦いにて、我々は女神様の涙と言う奇跡の大雨による後押しで、見事勝利をしました』
テレビからは、ルテミスが式辞を読み上げる涼しい声が聞こえている。
小難しい事をよくもまあ噛まずに言えるなあと思う。
『終戦後、我が国は女神様の導きと、異世界より召喚されてきた皆様のチート能力のお蔭で、急速な発展を遂げて来ました』
「ハナフサジュンザブロウというのは、聖ペルセフォネ王国に召喚された、『最初の異世界人』の名前です」
「最初? 最初って、具体的にいつなの?」
「……おおよそ百年前ですね。異世界人が我が国に召喚され始めたのは、百年前の戦争の最中でしたから。その際、最初にこの国へ召喚されてきた異世界人が、ハナフサジュンザブロウだと、調べによりわかっています」
歴史の勉強をサボり倒したジュリオは、この国の歴史にあまり明るくは無い。
百年前の戦争にて、女神がこの国を勝たせるため、チート能力を付与した異世界人を召喚したという話が、唯一覚えている内容である。
だからこそ、ハナフサジュンザブロウ、なんて言葉は聞いた事も無かった。
会話が途切れた二人の間に沈黙が生まれる。
ジュリオは、聞き慣れない異世界言葉に混乱し、ヘアリーはあてが外れて途方に暮れる。
そして、無言のままおでんを口にしながら、テレビから流れるルテミスの式辞を聞き流した。
『女神ペルセフォネにより導かれし、我ら聖ペルセフォネの同胞の皆様に、時期国王の私が、永遠なる繁栄と変わらぬ幸福を約束する事を固く誓います』
「変わらぬ幸福……か。呪い食いには触れたく無い……と。呪い食いのせいで、漁業や畜産が大変な事になってるっていうのに」
「呪い食い? 何……それ?」
ジュリオの問いに、ヘアリーは丁寧に解説してくれた。
「呪い食いは……家畜や魚や魔物の体に見られる、原因不明の呪いの病です。体が紫に変色し硬質化して、網目状の穴がブツブツと空いてしまい、毛はまだらに抜け落ちてしまう、とてもおぞましいものです。……知識が無ければ、ただ家畜や魚が腐っているだけと思って見過ごしてしまうでしょう」
「……あ〜。だから、あの貴族達は魚が腐ったって言ってたんだ」
ジュリオが追放されるきっかけとなった舞踏会で、ルテミスへワインをぶっかけ差別的な言動をして来たあの兄妹達は、『魚が腐った』と言っていた。
その腐りが、実は呪い食いと言う謎の呪いの病によるものだとわかった今、ジュリオはその呪い食いとやらがどこまでこの国を蝕んでいるのか気になってしまう。
「その呪い食いは……人に発生したりするの?」
「それは、『現段階では』ありません。……しかし、いつ人に発生するかは、わからないと言わざるを得ません。………………私は、父の後を継いで、呪い食いを独自に調査をしておりました」
「え、独自? 新聞記者としての仕事じゃなくて?」
てっきり新聞記者としての仕事かと思ったが、そうでは無いらしい。
「ええ。独自です。……いつまでも、貴族や舞台俳優の醜聞の記事ばかりをフロント編集長に書かされるわけには行きませんから」
「フロント編集長……? ああ、僕の事をボロカスに叩く記事を書いてた人か……」
「ええ。そうです。…………フロントがランダー陛下によって派遣され、編集長の座についた時から、ヨラバー・タイジュは新聞社としては完全に死にました。……権力者の不正を暴き民衆の知恵と力になっていた記事は、今では貴族や舞台俳優のスキャンダルを煽って笑わせるだけの三文記事になり腐りましたからね」
ヘアリーは悔しそうに呟く。新聞記者という仕事に誇りを持っている事がひしひしと伝わる。
だからこそ、畜産や漁業に打撃を与える呪い食いを独自で調査し、記事にしてすっぱ抜こうとしているのだ。
その目的と身分を隠して異世界人勇者のパーティに潜り込んだ行動は上手く結びつかないが、多分何かあっての事だろう。
「ごめん、話遮っちゃうけどさ、何でお父様がフロントを編集長に? あの人は元々お父様の側近だけど、天下りさせるほど仲良かったのかな……?」
子供なのか大人なのか判別し辛い愛嬌のある顔をしたフロントという男は、元々国王のランダーの側近であった。二人が一緒にいるところを度々見た事がある。
「恐らく、フロントを天下りさせたのは、ヨラバー・タイジュ新聞社を意のままに操る事が目的だからでしょう。……異世界人によるテレビが普及し、新聞の需要は年々減少しておりましたから。経営不振で倒産寸前の弊社を、ランダー陛下が買収した際、フロントを編集長の座につかせたのです。……新聞社の権力を全てフロントに委任させるという条件で」
「え!? それ不味くないの!? 新聞社が国に買収されたって……もう自由に記事書けないでしょ」
「ええ……その通りです。……その通り……」
なんてこった、である。
確かに、ヨラバー・タイジュ新聞社はある日を境に突然記事の傾向が変わったと聞いた事がある。その話を聞いた数ヶ月後には、フロント編集長によるバカ王子の三文記事が発行されたのだ。
父親であるランダーは、新聞社を買収して何をするつもりなのか。
ジュリオは戸惑うばかりである。
「私は……呪い食いの全容を記事にして民衆に知らせると同時に、ランダー陛下が新聞社を買収した事も公表するつもりです。……これ以上、父が愛した新聞社を踏みにじらせるわけにはいきません」
「……ヘアリーのお父様は、新聞社記者なんだね」
「ええ。……父は、ヨラバー・タイジュ新聞社の先代の編集長であり、エース記者でしたから。……私の誇りであり、自慢の父でした」
「……でした……って、まさか」
「……ええ。呪い食いに関する調査をしていた際、アナモタズに食い殺されました」
ヘアリーの声は震えている。
泣くのを堪える様な表情をして、お茶をぐいっと飲み干した。
「アナモタズ……ってことは……ヘアリーのお父様は、慟哭の森で?」
「ええ。慟哭の森で調査中の事です。突然集団で襲いかかってきたアナモタズによる事故だと聞いていますが……正直、納得出来ないのです」
「……というと?」
「父の専門分野は魔物に関する記事でしたから。魔物への知識はSSRランクのテイマー以上に豊富でした。……だからこそ、危険なアナモタズへの対策は万全でしたし、そもそもアナモタズの行動範囲には近づかない筈です。そんな父が、アナモタズに襲われるとは……」
「…………それは……」
勿論、ヘアリーの話は希望的観測に過ぎない。
しかし、涙を堪えているヘアリーの顔を見ると、そんな事は口が避けても言えなかった。
と言うか、そもそも何故ヘアリーの父親は呪い食いを調べるために慟哭の森へ行ったのだろう?
魚や家畜に出るのなら、まずは海とかでは無いのだろうか?
聞こうとした瞬間、ヘアリーから逆に話しかけられてしまい、ジュリオは浮かんだ疑問を一気に忘れてしまう。
「……エンジュリオス殿下…………一つ、約束をして頂けませんか?」
「え、何? 別に良いけど」
「……この場で私が申し上げた話は……どうか他言無用でお願いいたします」
「わかった……けど、おでん屋のおじさんは……? 全部聞かれてると思うけど」
ジュリオはおでん屋のおじさんをちらりと見る。
おじさんは、ジュリオ達の話など聞いてないような顔でテレビを見ているが、耳には確実に入っているだろう。
「それにはご心配いりません。……おじさんは、父の親友ですから」
ヘアリーは笑って財布の中から写真を一枚取り出し、ジュリオに見せてくれた。
その写真には、少女時代のヘアリーを抱っこしている男前と、おでん屋のおじさんが写っている。この男前こそが、今は亡きへアリーの父親なのだろう。
父親と仲が良かったであろうへアリーが、少し眩しく見えた。
「私の家族はもう、おじさんしかいないんです」
ヘアリーは悲しそうに笑う。
おでん屋のおじさんの優しそうな横顔も、何だか悲しそうだった。
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