第320話 見落としがあるような

 津賀留つがるがむぅと呻いて目を泳がす。中途半端なことを教えても、と周囲に助けを求めるが誰一人として視線があわなかった。


 謝った情報を渡すかもしれない、と前置きしてから津賀留つがるは説明を続けた。


「人の意識があるかどうかです。人間としての意識が戻らなければ初期転化であろうが従僕じゅうぼく扱いになります」


 息吹戸いぶきどは「そっか」と頷く。


「転化は異界の浸食なので、異界の浸食を消す術転化解除でしか消すことができません。転化は時間とともに進行します。そのため隔離や拘束などを行い、治療を行いながら経過観察をします。一定期間が過ぎても肉体の変化がない場合、人の意識があれば藤見教とうげんきょうに送られ人目に隠れた生活を行い、人の意識がなければ処分されます」


「判定は誰がするの?」


「判定は転化解除を行う人達が決めているので、私達はそれに従うだけです」


 息吹戸いぶきどは自身を振り返り、直感で判定しそうと苦笑した。


「説明有難う」


「いえ! 気になることがあったらどんどん聞いてください!」


 津賀留つがるは胸を張って自信に満ちた顔になった。だがその心中はもっと勉強しなきゃいけないと汗をかいている。


 聞きたいことを終えた息吹戸いぶきどは再び画面に戻った。


 ページをスライドしていくと、『がいさい』の説明があったので目を留める。

 戦闘時の行動をもとに図鑑のようにまとめられているが、スカスカで殆ど記されていなかった。


(初めて天路国あまじのくに世界に来た異界の神は仮の名がつけられて、後に菩総日神ぼそうにちしん様が正しい名を記すって流れだったんだよねぇ)


 がいさいのページを閉じると、書きかけの報告書が画面に出てきた。

 ドームに行くまでの戦闘経過を書き終わったので、残りはドームの戦闘についての記載だ。箇条書きにしてある程度埋めたところで、息吹戸いぶきどは背伸びをして椅子の背にもたれた。


「リミット乙姫の三人が禍神まがかみになったってことは、グミを沢山食べていたってことだけど、どのくらいの量を摂取したんだろう。そもそも一日で蓄積できる量だったのか?」


 一つ食べただけでは禍神まがかみ儀式に使える量ではない。

 沢山食べたとはいえ、激しく歌って踊るライブ前で沢山食べられるとは思わなかった。販売しているサイズは一袋二十個入り。十五個入り、七個入だった。


 よくて一袋二十個を三人で食べるくらいだろうと考えている横で、津賀留つがるがまたしても補足を加える。


「同メンバーの証言によると、グミを頂いた日はライブの五日前のようです。詩織さん、琴子さん、清美さんは頂いたその日から毎日一袋……最低でも二十個を食べ続けていたようです。マネージャーやスタッフ達はライブ前日から当日にかけて、数個ほど食べていたと証言があります。この証言はグミを食べていないスタッフから聞いた話です」


 息吹戸いぶきどは「そう」と呟いた。


(だとすると、偶然ではなく禍神まがかみ降臨儀式の贄は最初から決まってたってことね。ライブ中に降臨儀式を遂行するためには贄と召喚儀式が必要になる。贄が舞台に立って歌うと同時に降臨儀式が行われるとしたら、照明器具の術式が沢山あることは理解できるんだけど…………何か足りない気がする)


 腕を組んで、首を傾ける。何か見落としている気がしてならないからだ。


(私があの場に居れば答えが出たかもしれないけど……断片を回収するにしては情報が少ない。ライブ中に上手く発動できる確率は……ライブ中……その前は?)


津賀留つがるちゃん。ライブ本番前にリハーサルとかやってた?」


「はい。やっていました。勢いがあったし、とっても振り付けや歌声が可愛かったです!」


 その場の興奮を思い出したのか、津賀留つがるの頬が赤く染まった。


「本番との違いってなにかあった?」


「リハーサルは音出しから始まって、音響チェックが終わってから、リミット乙姫がステージに入り、歌いながら立ち位置のチェックをしていました。歌はライブに使う曲でワンフレーズ、もしくはハモリがあるサビ歌った後に終わりました」


「その時は誰も体調を崩してなかった?」


「はい、そんな話は耳にしませんでした」


 息吹戸いぶきどは再び首を傾げた。


(リハと本番の違いは歌や音楽の長さになる。だけど歌はテレビやラジオでも流れていたはず……)


「あと余計な情報かもしれませんが、彩里弥あやりやさんもグミを食べていた証言がとれました。当日、樹錬きれんさんはアメミット隊員にも配っていましたが、食べたのは彼女だけのようです」


 死骸を解析すると故人が判別する。彩里弥あやりや野狗子やくしになり瓦礫による圧死したと結果が出た。


 息吹戸いぶきどは呆れながら「そっかー」と相槌を打って、再び報告書作成にとりかかった。

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