宇宙人強盗 その2

 おれは振り返れないので分からないが、さっきの大学生の、女の子の声……、

 のはずだが、低く、迫力がある声だった。


「そういった軽率な行動が、他惑星からの評価を落としているとなぜ気づかない?」


「なんだ、どうした、頭がおかしくなったのか? ……他惑星? 地球人……? まるでてめえが異星人みてえな言い方じゃねえか」


「そうだ、と言っても信じないだろう?」

「ああ、信じられないな。目に見えて分かる証拠があれば話は別だが――」


「それが人間の兵器か? だとしたら対策する必要はないな」


 この声、は……、

 撃たれたはずの、店員、か……?


「……は? お前っ、どうして動ける!? 確実に撃ったはずだ……血が出てるだろ!?」


「我々、異星人に銃弾など通用するはずがないだろう。擬態していた人間の仕様上、復活するまで少し時間はかかるが……、既に痛みは消えている……」


 店員が立ち上がり、埃を払うように体を叩く。


「もう一発、撃ってみるか? 同じ結果になるがな」


「なんだ、貴様もだったのか……、地球人か、それに擬態した異星人かどうかは我々異星人でも分からないものだな……心配して損したぞ、宇宙人め」


「そういうあなたも宇宙人だろう?」


 ……どういう展開だ? 背を向けたままのおれには、まったく、訳が分からなかった。


「――宇宙人、異星人!? 地球人の擬態――はっ、てめえらふざけてんのかよぉ!!」


 犯人が声を荒げた。そして相手から発せられていた殺気が、おれからはずれ――チャンスだ。

 おれは振り向き、犯人の肩を軽く叩いた。


「……我々も、地球に危害を加えたいわけじゃないのだ、強盗は悪いことだが、しかしあなたにも理由があってしているのだろう、ということも予想できる。ここは見逃してやろう、だからその金を持って立ち去れ、地球人――」


「て、めえも――」


 おれを見た犯人が、怯えを見せた。

 不思議とサングラスの奥の瞳が、水で濡れているように見えた……。


 いや、おれはめちゃくちゃ地球人だけどね。……ここは他の二人に乗っておかないと、おれだけ殺されそうな気もしたし……、それに、他の二人の宇宙人に目をつけられるのは避けたかった。……夜食を買いにきただけで、異星人との喧嘩を買うわけにはいかない。


「宇宙戦争は避けたいのだ、分かるな、地球人――」


 強盗がカバンを抱え、頷いた……そして棚に体をぶつけながら、半開きの自動扉に肩をぶつけながら、乱暴に走り去っていく……、ひとまずは、これで解決、か……?


 いやしかし、つまりおれは宇宙人の二人と、ここに残されたわけで……。


「【ファガルナード領】の者か?」

「ああ、名は明かせないが、これ以上、干渉する気はない」


「ふむ。まあ、そういうことなら、ここで引くとしよう――そっちのあなた」


 と、大学生の女の子……否、他惑星の宇宙人が、言った。


「あなたもファガルナード領の?」

「……いや……もっと別の……」


 ここで、「そうだ」と答えていれば、知らない単語に戸惑うことになる。

 であれば、彼女たちも知らない別世界、と設定しておいた方が楽だ。


「【カルナック商会】……だ」

「なるほど――」


 なるほど? え、あるの!? テキトーに言っただけなのに!? いや、相手も分からない単語を出されて焦っているのかもしれない。

 無知は弱点だ、だからなんとなく話を合わせているだけ、ということもある……、ここは互いのためにも、長話はせずに出ていった方がいいかもしれないな……。


「カルナック? なら、親父さんは元気か?」

「は?」

「ああ、親父と言っても、ボスという意味だが」


 と、店員――ではなく異星人なんだったな……、だとしても、は?

 いや、おれが商会と言ったのだ、組織の長がいるのは当然か……。


 だが、ここを広げてくるとは思わなかった。

 まさか本当に、テキトーに言っただけだが、存在していたのか……?


 だとしたら、まずいな……話を合わせてまた内容が膨らんでいくと、収拾がつけられなくなる。無知を晒さないために強がるのはいいが、ここでするべきことじゃない。


 こういうのはもっと上の人間——、いや、役職の者がする戦いのはずだ。

 どうにかして、話をフェードアウトさせないと……、


「……元気、だな。大病を患っているわけでもない」

「病気はフェイク、というわけか。まんまと欺かれたってわけか――やるじゃないか」


 と、評価をされたけど……、やばい、分からない。これからどうするべきだ!?



 すると、自動扉が開いて、警察が入ってきた。

 どうやら銃声を聞いた住民が通報してくれたらしく、遅れたが、急いで警察が駆け付けてくれたのだ。


「――お怪我はありませんか?」


『はい、問題ありません』


 いや店員、お前は大怪我だろうが。



 後々に聞いたことだが、宇宙人であることを最初に明かした女の子は、「あれは嘘ですよ、犯人の注意を引こうと思っただけで」と言った。

 そしてそれに乗った店員も、「撃たれましたけど痛みがまったくなかったので、ハッタリに使えるかな、と」

 ……どうやらアドレナリンが出ていて、撃たれた痛みが消えていたらしい。撃たれても平気であることが、宇宙人であることの説得力に繋がる、と思ったのだと言う。


 そのおかげで犯人はおれたちが宇宙人であると信じた。

 実際、誰も宇宙人ではなかったわけだが……。



「じゃ、じゃあ途中の単語は……?」

「あんなのテキトーですよ。思いついたことを言っただけですから。……アドリブで設定を積み重ねていく感じは、楽しかったですけどね」


「……マジで実在するものに当たったのかと思っただろ。ったく……、犯人が去った時点で嘘ですって言えよ」


「だって、嘘に乗ってくれた、と思うよりも先に、本物を見つけ出しちゃった!? って思ったんですもん。……『先生』だって、あたしの嘘に乗ったのは宇宙人に目をつけられたくなかったからですよね?」


 まあ、それはそうだが……。

 はあ、まさか、おれが勤める大学の生徒だったとはな……まあ通学範囲内だし、あり得る話ではある。ちなみに店員の若い男も同じ大学だった。この子よりは年上だったが。


「ふふふ、深夜にコンビニにいくのもいいものですねえ」

「バカか。二度とあんな事件に巻き込まれてたまるか」


「でも、あたしとこうして関係ができましたよね? ……待望の彼女ゲットじゃないですかあ」

「まだ彼女じゃねえだろ」


「まだ、ですか。あははー、待ってますから早く覚悟を決めてくださいねえ、先生」


 今日も、この子との個人面談は長く続きそうだ。


 ―― ――


 コンビニ強盗の犯人は、数か月が経っても、未だに捕まっていないらしい。確かに帽子、マスク、サングラスをかけていたので、顔の特定は難しいが、しかし長いこと逃げているものである。もう国外へ逃亡したんじゃないか? 

 ……奪われたお金もそう多いわけでもないらしいし、深追いをする方が危険な場合もある。何十年後かに、油断したところで捕まっているのかもな。


 ―― ――


 大金が詰まったカバンを抱えながら、僕は宇宙船へ戻る。


「なんで異星人が他にも!? しかも三人も!! やだもうおうちに帰るーっっ!!」


 地球征服の計画は、見直した方がいいだろうって報告しなくちゃ!!

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