気になるロボット

『組み立ててください』――という貼り紙が段ボールに貼り付けられている。……拾ってください、とかは見たことがあるけど……いや、それも創作の中の話か。

 実際に段ボールに『拾ってください』と貼り付けられている光景は見たことがない。見たことがあるのは不法投棄だな。


『これは粗大ゴミです』という貼り紙はよく見る。……、『組み立ててください』か――、ということは箱の中身は、バラバラに分解されている状態なのだろう。なにが入っているのか分からないが……、開けてしまえば最後、俺が持ち帰るしかないのか……?


 蓋が閉まっているので興味がそそられる。だが開けるほどではない……よな。


 夕方、コンビニ帰りの俺の片手は、荷物で塞がっている。仮に持ち帰ることにしたとして、大きな段ボールを抱えて持って帰るのはしんどいな……。重さにもよるが、重たければ当然、どうしたって持って帰ることはできないし……ふうむ。


「……見なかったことにするか」


 これが犬や猫だったら、保健所に電話をするくらいのことはするが、しかし箱の中に生物がいる感じはしない。……死んでるとかやめてくれよ。

 幸い、そういう気配でもなかった。本当に、ただの物が入っている雰囲気だった。


 だから驚いた。思わず聞き返してしまったが、まさか返事があるとは思わなかった。


『なんで見なかった振りをしますか!!』

「え?」

『な・ん・で! 見なかった振りをしますか五十嵐いがらしまなぶさま!!』


 声……、というよりは音声だ。機械のアナウンスのような……、それにしては人間味がある流暢な感じだけど……まるで、本当に人が喋っているみたいだった。


「…………」


 女の子そっくりの機械音声ということは認めよう、そしてこの箱の中には『例のあれ』が詰まっているのだろうことも、なんとなく察することができる……、

 だが、まだ納得できないことがあるぞ……、どうして俺の名前を知っている?


 知っているだけなら分かる。個人情報を検索すれば、登録されている俺の名前を引っ張り出すこともできるだろう……、機械ならば。だが箱の目の前を通った俺を見て(感じて?)俺であることを特定したことは、まだ納得ができないぞ!


 声なのか温度なのか、シルエットなのか……?


 どういう手段で特定しやがったっ!


 俺は段ボールの蓋を開け、中を覗く……、そこにはウィッグだろう……髪の毛が取り付けられた人間の頭部。箱の中、隙間なくパズルのように詰められた各パーツ……、一瞬、マジで死体かと思ったじゃねえか……っ。

 腕、足、胴体……、説明書もいらない簡単な組み立て方だった。それぞれを人間の通りに取り付ければ、恐らくは十五、六歳くらいの女の子になるだろう……――、

 この子は、やっぱりあれか……。


【人型大衆介護用ロボット(モデル:teen)】――、当初は老人向けに導入された介護用ロボットだったが、次第に若年層も使うようになり、一般家庭に一台、とまで言われるまで普及したロボットだ。今年で四世代目……、呼び名も介護という老人向けから、メイドロボという娯楽へシフトさせた若年層向けの呼び名に変化している。

 もちろん、種類は豊富で、男性、女性、子供、老人と多種多様なロボットが発売されている。外側が違うだけで中身の機能は同じだ。老人だから力が弱い、子供だから言うことを聞かない、なんて不具合はない。

 全てが統一されてる……、まあ、貧困層の俺は持っていないが。


 各家庭一台、とは言いつつも、独身には必要がないものだった。……彼女がまだ作れる年齢なのに、ロボットを家に置くのはなんだか負けた気がするんだよなあ……勝手な俺の気持ちだが。


 ともかく、大衆介護用ロボットが普及し、数年が経ち……技術こそ上がっているが、しかしまだまだ甘いところはある。会話パターンや動きだけを見れば、本物の人間と大差はないが、しかし人間味がある流暢な喋り方は、それでもまだまだ惜しいのだ。

 いや、充分に人間に近いのだけど……、ちょっとした違和感が、まだ機械であることを思い出させる。隣に座っているだけならマジで別の人がいるって錯覚するくらいだからな……、だけど喋れば、ロボットだと強く印象付けられる。

 そこが課題、とされているが、ロボットであることを俺たちにあらためて自覚させるためにも、必要な手抜きなのかもしれない。

 もしも、ほぼ人間であると俺たちが認識してしまえば……、普通の人間のことも機械扱いしてしまう場合だってある。


 ロボットが人間以上になる、か?


 まあ、ロボットを人間扱いすることがない以上、人間をロボット扱いすることもないだろう。

 今は、まだ――。



 蓋を開けてしまった以上、見て見ぬ振りをしてもどうせ気になって眠れなくなる。深夜に回収しにいくくらいなら、今ここで持って帰ってしまった方が効率的だ。


 そんなわけで。


 アパートに帰ってきた俺は、段ボールの中に詰まっていたロボットの各パーツを取り出して組み立てる……、難しい箇所はなく、ただ全裸だったので、ロボットとは言え、十五、六歳をモデルにしたロボットだ……、さすがに肌色が多過ぎで落ち着かないので、俺の服を貸してやった。

 大きなサイズのせいでだぼだぼっとしたシャツを着て――、


『肩のはまり方が甘いです。ガクさま、もっと強く押してください』

「はいよ……、ところでお前、なんで俺のあだ名を知ってんだ?」

『登録済みです』


 ふうん……今のネット共有ってすげえんだなあ……。

 そのあだ名を使ってるの、俺の幼馴染くらいなものだけど……。



 ロボットだが、俺の部屋に女子がいる……、十五、六歳くらいの女の子だ。深い青髪。初期設定のままらしく、腰あたりまで伸びている。あとは俺が好みで切ればいいわけか……、さすがに体型を変えるには、パーツごと変更しなければいけないが、そこまで今の体型がお気に召さないわけじゃない……、——って、気づけば俺はこいつを家に置いておく気満々か?


 ……まあ、タダで高価なロボットが手に入るなら得した、のか……?

 拾ってください、とは書かれていなかったので、今更だが持ってきてよかったのか……窃盗になったりしないよな? と心配になってくる……まあ、いいか。そうなった時は素直に返せばいいわけだし……一時的な預かりだ。


 このロボットを普通に買おうとすれば、数万はするだろうし……手が出ないわけじゃないが、まとまったお金を使ってでも欲しいものじゃない……、ロボットは生活の手助けである。全部を一人でできる俺には、まだ必要がないものだった。


『ガクさま』


 四つん這いになって近づいてくるロボットが、指先を俺の額に触れさせ、とん、と押した。……やはり細くてもロボットか。俺は押し倒され、ロボットの馬乗りを許してしまう。


「……こんな設定をした覚えはねえけど……」

『登録済みです』


 前の持ち主っっ!!

 いや、初期設定のままなら初期化したんじゃないのか!?


 白く細い指が俺の胸からお腹、下腹部をなぞる……おい、そこから先は……、


『一人で全てできる、ですか? 二人が必須の行為は不可能なはずです』

「……お前、そっち系専門のロボットかよ……」

『いえ、そっちもいけますよ、ってだけです』


 やはり流暢な喋りが俺の目と感覚を錯覚させる。

 本当に十五、六歳の美少女が、俺に馬乗りになっているようにしか思えなくて……、


 ごくり、と気づけば生唾を飲んでいた。


『わたしの「あそこ」には自動で上下に動く筒がありまして、すぐにでもガクさまを気持ち良くさせることができますが、どうしますか?』


「いや、そこはお前が膝を曲げて動けよ」


 楽をすんなよ。

 そこを自動にしたら、人型の意味がねえじゃねえか!

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