第38話 テレイオス家の末路【side:ユメ】

「避けるな! 我から逃げるな!」


「……しつこい」



 男は長い足を振り回し、実力が伴っていないのか肉弾戦を仕掛けてきた。


 凍えるほど冷えた暗闇で、男が暴れている。



「……どうした? 恐怖で足が竦んでいるのか?」


「……怖くないよ。……死ぬのはあなただけだから」


「ほう……?」



 この人、当主だって自分から話していたけど頭は良くないのかなあ?



「……プレイヤーは死んでも……生き返るよ」


「残念だが、そう遠くない未来にプレイヤーは消える」


「……なぜ」



 ロゼ……と言っていたっけ。ロゼは高笑いしてわえの目の前に顔を近付けてくる。



「我々の反撃の時が近いのだ。女神だの、幻の悪魔だの、くだらない。我々は飽き飽きしたのだ」


「……」


「だから我々は全てを捨てて生きることを決めたのだ」


「……分からない」



 わえにはどうしても分からないことが何個かあった。いくらかは自己解決したが、それでも疑問が二つ残った。



「……なぜ、生贄を自分の娘にしたの……?」


「……あいつは使えん。むしろ、存在してしまったことが不幸だった。我々と生きる意味は無い」


「…………自由に、してあげたんだ」


「黙れ」



 ロゼの怒りが顕となり、鮮血を血に這わせてわえを狙い始めた。

 当然、わえが気付いている以上それが致命傷にどころか一発も当たる訳もなく。



「……話、終わってない」


「我は何を言われようが、くだらない世界を壊すと決めたのだ。それを邪魔する気か?」


「……あともう一つ聞きたい。……あなたは、契約した相手が……みんなの言う悪魔じゃないって……知ってたの?」




 わえがそう言うとロゼはピタリと静止した。何かを言いたそうな表情をしているけど、どういう感情なのかまでは読み取れない。



「……どっち?」


「どちらでもいい。目的を遂行するまでだ」


「……分かった」



 ロゼからは何も情報を得られなかったな。もう……倒していいか。



「……有名な家って聞いてたけど……大したことないね」


「これを見てまだ言えるかな? 【桜吹──」


「──【妖氷柱アヤカシツララ】」



 わえは涼しい方が好きだ。生まれた時から寒くて、心地良かった。

 他人から少し変わってると言われる一人称も、環境に馴染み過ぎたからなのかな。



「……なんてね」



 ロゼに意識を戻す。さっき向こうも攻撃をしようとしたみたいだけど、わえの方が少し早かった。


 地を這う血液は急激に凍り付いた空間に適応できずに凍結し、ロゼの肉体もじわりと身体の節々を凍らせていく。



「身動きが、取れな──」


「──さよなら」



 わえは魔力を空気中に吐き出し、凍り付いた空気を結集させ先端が鋭利な氷塊を生み出した。


 足が凍って動けなくなったロゼには出来るだけ早くとどめを刺してあげないと。



「こんなとこで終われるか──」



 十本の氷柱はロゼの全身を串刺しにして、あっけなく呼吸を止めた。



120000000012億か……」



 わえはテレイオス家の長を殺してしまった。帰ったら責められるだろうか。嫌だな。



「……みんな、どこ」



 粉々になったロゼの尻目に登れる階段が無いか一通り探したが見つからず、どうすればいいか迷っていると、突然上から鈍い衝撃音が響き渡った。


 早く行かないと手遅れになるかも。そんな焦りと共に至る所に手を伸ばす。



「……ここか」



 わえは二階に飛べる壁を見つけ、手で触って二階に登った。



「アンタやるじゃん! ノワールだっけか! ウチは諦めんから!」


「くっ……俺の装甲じゃ耐えきれない! 【反射リフレクション】!」


「オレに勝つつもりか? アハハハハッ、オレはアクマと父に寵愛されてんだ! 敵うわけがねえだろッ!」


「ぐわああぁっ!」


「ケイ!?」



 二人の声と……あと一人は誰だろう。テレイオスの誰かだろうから……敵か。


 ……二人が苦戦しているし、サクッと倒しちゃおうかな。でも……なんで苦戦してるんだろう。二人なら絶対勝てるのに。


 もしかして、攻撃の瞬間に避けてる?



「……なんでお前がいんだ」



 ノワールと呼ばれている男はわえに気付いて明らかな動揺を見せた。

 ここにわえがいるって事はロゼが敗北した事になるもんね。



「ユメちゃん……! コイツ、チョー強いから気を付けて!」


「攻撃が当てられない……ユメも警戒!」


「……うん」



 さて、どうしようか。もし仮に例の悪魔擬きが関わっているなら、わえ的にはそっちを叩きたいけれど……どこに隠れているの?



「……あれ」


「よそ見は危険だぜッ!」



 ……天汰君だけがどこにも見当たらない。もしかしてだけど正体、見つけた?



「ばーか! ユメちゃんの回避能力ナメんなっ!」


「チッ!」



 至近距離で姿を拝見したけど特に隙がない。

 しばらくは天汰君が何とかしてくれる可能性に賭けてみようかな?


 ……天汰君なら、どうにかしてくれるってみんな思ってるから。

 わえだけじゃなくて、きっと二人もそう思ってるはず。


 友達だから分かるよ。

















 * * *


「【フィルム・ノワール】」



 世界が白黒に塗り変わるのは何度目だろう。



「しつこいなぁ! ウチらを倒せないんだってアンタじゃ!」


「【自動反射オートリフレクション】」


「……」



 冷静にわえは氷の壁を貼り、刹那の衝撃を防ぎ切る。

 わえと彼の魔力差がかなりあるようえで、氷壁に傷を付ける事もできていない。



 そろそろ攻撃してみようかな。



「【妖氷柱】──」


「──!? 力が……! どうして!?」



 あれ、いきなりノワールの魔力が弱まった。もしかして、天汰君がやったの?



「今だ! 【全反射フルリフレクション】!」

「【エンドレス・ラッシュ】ッ!!」



 三つの魔力がノワールを中心にぶつかり合う。人体の軋む音と、それぞれの衝撃の不協和音が奏でられた。



「えーすっご! 三人合わせて250000000025億ー!?」


「な……、な……ぜだ……」



 最後の力を振り絞ってノワールの全身が砕けちり、消し炭になってしまった。



「──やっぱりユメちゃんの技って素敵だ。どんな奴を倒しても綺麗に見えるじゃん? なんか……いいよね」


「助かった! ユメとケイが居なかったら流石にキツかったなぁー……」


「……うん」


「……あ、天汰忘れてた……ウチ最低だ……」


「……天汰君、多分……大丈夫」



 塔から感じていた禍々しさももう無くなったし、天汰君が倒した可能性が高いね。



「──皆!」


「……あ、天汰君だ……」



 わえの目の前に急に現れた天汰君に多少驚いたけど、それ以上に驚いたのは彼の隣に知らない女がいた事だった。



「──ユメちゃん」


「……?」


「僕は……もう、疲れた……」


「……!?」


 て、天汰君がいきなりわえの身体に持たれて目を瞑った。

 ……これってやり返されてる!?



「ち……ちょ……っと」



 天汰君は完璧に眠りに落ちたみたいで、わえの胸元に顔を埋め始めた。


 どかしたいけど、恐らく無意識だろうから離れたら天汰君がケガしちゃう。

 悩みに悩んで声に出せずにいると二人が急いで駆けてきた。



「ほほう……ユメちゃんに積極的にアプローチするなんて……いいね」


「……か、からかわないで……?」


「……何はともかく、無事で良かったぜ。ところでその……あなたは誰です?」



 ……そうだよ。この人は誰? 大方、ロゼの娘なのは間違いないんだけど。



「私は、テレイオス家の女……マユ・テレイオスです。ここでに捕らえられていて……そこでに助けられました」


「……彼等?」


「ウチには一人にしか見えんけど……彼等って誰?」


「……え、いるじゃないですか。彼と一緒に小さな女の子の悪魔が」



 ケイちゃんとカエデは困惑していた。でも、しょうがないよね。


 わえも初めて君を見たとき、凄く驚いたよ。



 悪魔って本当にいるんだって。

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