第32話 ヘラルの匂い

「ちょっと……休憩しません? 疲れて……きました……ハァハァ……」



 歩き始めてまだ数十分。僕は久しぶりに動いたのも重なってか疲労が既にピークに達していた。



「ん〜? 天汰体調でも悪いの? ウチらが戦うから休憩してて〜」


「俺達に……任せろ! 【反射リフレクション】!」


「……任せて」



 例の如くゴブリンの群れに囲まれている状況下で僕は座り込み、三人の戦う様子を見守る。

 そういえばまだカエデさん以外の戦う姿は見ていないな。


 カエデさんは最前線で攻撃を何度も受けて跳ね返す【反射】を使いこなし、正面からの猛攻を凌ぎきっている。



「【オートリジェネ】! さらに【エンドレスラッシュ】!」



 ケイさんは二刀を同時に扱い、自ら敵に飛び込み切り刻んでいく。

 彼女はカエデさんよりも奥で暴れ回っている。


 彼女の周りからは緑色の数字が出続けていた。



「なるほど、緑は回復かぁ……」



 回復量がどれだけの割合なのかは知らないが、800000008000万も回復するのって普通なのかな。

 普通……ではないだろうな。



「よっしゃ! ユメちゃん、進むよ! 天汰も連れて来て!」


「……分かった」



 ユメちゃんは僕の腰に手を回し僕の顔を見つめた。

 凄く透き通った目で見つめられるもんだから、ついつい目線を逸らしてしまう。



「……行くね?」


「え、うわぁ!」



 ユメちゃんは楽々と僕の背に手を当てて僕を持ち上げた。何が起きたか一瞬理解出来ず驚きが漏れ出た。

 今の体制はもしかしたら抱っこかもしれない。抱っこは乗ってる側が暴れると危険だ……。


 仕方ないので僕はそれを甘んじて受け入れる以外ないのだろう……。僕は彼女の首の後ろに手を回し楽な姿勢を保った。


 しかし、女の子が男子中学生をこんな簡単に持てるものなのか?

 彼女はプレイヤーだから実際に持っているわけではない。なら、そこまで不思議ではないのか。



「──速くない!?」


「……普通だよ」


「いやいや普通じゃないって! どう考えても自転車と同じくらい速いから!」


「……自転車?」



 僕の言葉にショックを受けたのかユメちゃんは、遠くを見つめてしばらく僕から発せられた怖がる声も全て無視し始めてしまった。



「──おいお前ら待て! 止まれ!」


「誰だこの人?」



 先陣を切っていた二人が武装している集団に声をかけられ、追いかけていたユメちゃんが足を止めた。



「ユメちゃん、降りるね」



 僕はそれと同時にユメちゃんに伝えるとすぐに地面に降り立ち、自分で歩き始める。

 疲れは取れたけど、酔ってしまった。



「ここから先は立入禁止区域だ。下がりたまえ」


「あれ……? 俺達許可は貰いましたよ?」


「誰からだ?」



 兵士達が一斉に刃をカエデさんに向け、緊張感が生まれる。


 ……僕達って許可証とか持ってたっけ。



「信用出来んな……」


「あ、待ってください。僕の剣を見てほしいです」



 そう言って僕は咄嗟に武器屋で購入したテレイオスと刻まれた剣を引き抜いた。


 これを見せれば納得するはずだ。



「……何だこの剣は?」


「え……テレイオスって書いてあるじゃないですか」


「……盗んだのか!?」


「はあ!?」



 まずい、矛先が僕に変わった。正式に買ったのに何で疑われなきゃいけないんだよ!


 僕がわたわたしてる間に後ろからユメちゃんが近付いて兵士に何かを見せた。



「……これ、貰った」


「……! それはテレイオス家の紋章……しかもロゼ様自筆のサインが裏にある……!?」


「……写真も取った……」



 彼女が手を前に出すと、手の甲からホログラムのような画像が照らし出された。

 その写真には従者さんと僕が写ってる物の他に、恐らくケイさんと家を荒らしていたときに撮ったであろう物が二つ浮かび上がっていた。



「……入れます?」


「おい……これ通していいのか?」

「なんか祈ってないか、この女」

「……強盗か?」



 男達の長い審議の末、一人のリーダーが僕達の前に再び立ち直し一言告げた。



「……通って良いこととするが、帰りも同じ道を辿って来い」


「あざーす! さっさと行こう! 天汰、まだ疲れてるなら今度はウチが運ぼうか?」


「いや……結構です」



 関門を突破し、急ぎ足で僕達は走り去って行った。










 * * *

「やっと着いた……」


「一時間かかっちゃったねー」


「……ここが……儀の塔……」



 10キロ近い移動を徒歩で向かうのは僕からしたらただの長距離マラソンでしかなく、僕は陽の光の真下で走り続けて相当バテかけている。

 しかし、服の中ではヘラルが目を覚まし、こっそりと顔を出して外の様子を伺っている。



「……天汰、気を付けて。ワタシにがするのと、アマテラスなんかよりもずっと強い気配を感じる」


「……ああ」



 他の三人に聞こえないように小さい吐息で応答する。


 あの僕とヘラルを苦しめたアマテラスよりも強いのか。幸い、僕の周りには奴よりも強い人が三人もいる。

 勝てないって訳ではない……はずだ。


 あと、ワタシに近い匂いか……要するに悪魔がいるってことだろ?

 ヘラルじゃない悪魔と会うのは初めてだ、警戒していこう。



「ワタシもう出とく。絶対にワタシも戦うことになるから」


「……ッ」



 僕の汗でヘラルは足を滑らし、地面に叩きつけられる。



「……ッたー!」



 ヘラルが声にならない声を上げて、思わず僕はその姿を見て吹きかけたが何とか堪えた。



「……天汰君、どうしたの」


「いやっ何でもないよ。水飲んでたらむせちゃってさあ!」


「天汰〜緊張してんじゃん! ウチがいるから平気だって!」


「そうだそうだ。俺達は負けたことねえから安心しろ!」



 やっぱりこの三人にはヘラルのこと、見えてないんだな。

 ここならヘラルが暴れても何の問題も無さそうだ。



「ワタシが天汰を守るから、攻撃は任せたよ」


「……分かった」



 深い森の中の中心部にあるこの塔は真下から見上げるとあまりの大きさで最上階が目で見えない。

 これから入るのはそれだけ広くて、とんでもなく強い奴がいるダンジョンだ。


 ここでガンガンを狙っていこう。


 僕の魔力自体は消費するたびに増していき、火力も最初と比べて何千倍にもなっている。

 加えて僕にはリチアから習った剣術もある。



「入るよ! ウチに付いてきて!」



「あ……天汰に言い忘れてたけど、ワタシ思い出してきたよ、戦い方を」


「……今言うか?」


「今言わないとだめ。その時が来たら受け止めてほしいから」




 何やらとっておきの奥義があるっぽいな。何も心配しなくていいや。



 そうして僕達テュポーンズはダンジョンに足を踏み入れた。

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