第30話 騙されやすいバカ

「どの服がいいだろうか……うーん……僕のサイズより大きいのばっかり、オーバーサイズだな」


「これとかファンタジー感すげえ……ヒラヒラがオシャレだ……生地も意外と良いな」


「お! 結構乗り気だな? 俺も二着選んでみたぜ〜」



 究極の選択を迫られた僕は消去法で選ぶ事に決めた。


 まず一人目はカエデさん。カエデさんは一見良い人そうに見えるし実際そうではある。ただ、人を簡単に信じてしまう人が財布を握っているなら話は別だ。

 どう考えてもボッタクられる未来しか見えないのでやめよう。


 二人目はケイさん。自称ギャルで恐らく三人のリーダー的な役割を担っていて、唯一の姉ちゃんのフレンドだ。現時点でほぼ一択なんだが、どうしても外さざるを得ない理由があった。

 彼女は人との距離感が近く、そのせいか勘がとても鋭い。それにヘラルがケイさんと話してるだけで態とらしく服の中で暴れるから嫌なんだよな。


 残ったのはユメちゃん。普段無口だし買い物しながら仲良くなるプランを考えてみたが、やっぱり彼女にも問題点があった。

 それは、トリテリアまでの道中での会話を聞いた感じだと何にも興味が無さそうだったことだ。


 あんまり思いたくはないが下手をすると、二人して荒れた地で二人きりになる未来が見えた気がした。



「天汰どうした? 何考えてんだ? ……ははぁ〜ん、後悔しちゃったか!? 『あんな優しくて可愛い良い人とデートしたかったー!』 って」


「今の一言で揺れてきちゃいますね」


「え! やっぱそうだよな! 俺、あの二人の友達で良かったぜ……!」



 消去法じゃ答えなんて出なかったので結局、僕は一番マトモそうなカエデさんと買い物に行くことに決めた。



「カエデさん何ですかこの変な……Tシャツ?」


「ああこれ? これ今流行ってんだぜ!! イモムシTシャツって言ってさあ、グッズも公式から出てんだぜ!」


「こ、公式……? なんでこんなデザインの物が……?」



 異世界には似つかわしくないTシャツにデフォルメされた白色のイモムシがプリントされている。

 これを発売するなんて世も末だな。


 おえ。




「あっそうだカエデさん。このマントも欲しいです」


「おっけ〜天汰のキャラとサイズ丁度じゃん良かったな!」



 真っ黒でシンプルなデザインのマントをカエデさんに買ってもらった。

 このサイズはヘラルからしたらちょっと大きいかもしれないが、我慢はしてもらうか。


 本音を言うと、ヘラル用の服なら他の二人に頼んでも良かったが、実験台にされるのは僕なので出来れば避けたかった。



「天汰使いたい武器とかある? やっぱ剣? それとも銃とかか!?」



 防具と武器が一体化した店内を歩き回り、木製の床の上を歩くたびに鈍く軋む音が響き渡る。



「剣ですかね。一回だけ良い武器を使ったことがあるんですけど、……っていうか動きやすかったんですよね、このキャラが!」



 危ない、うっかり本当に異世界で戦ってる奴みたいな言葉が出てしまった。誤魔化し方が適当だったがどうだ……?



「分かる! 質の良い武器を扱い始めたらもう戻れねえよな……! 俺も今使ってる鎧が相棒だぜ」



 カエデさんは姉ちゃんと同じく、鎧自体に戦闘機能が携わってるタイプか。

 姉ちゃんは掌から魔法を出してたけどカエデさんには掌にマークが何も無いんだよな……。



「ま! とりあえず1本選んでみよーう!」


「そうだなあ…………ん。何だコレ……?」



 僕は1本の剣だけがポツリと目立たない所に刺して置いてあることに気付いた。

 近付いて観察すると銀と金で装飾されていて、この店とはミスマッチな雰囲気で相当高そうに見えた。



「カエデさん、これ幾らですか?」


「……安過ぎない!? これ、たったの50万ルード!?」


「ホッホッホッ……それはつい最近価値が下落したばかりでな……」



 店の奥から蓄えた白髭が特徴的な変なおじさんが出てきた。

 カエデさんが唐突な出来事にも動じずある質問をした。



「良いんですか俺達買っちゃいますよ!?」


「ホッホッそれで後悔しないならな? まあワシはどっちでもええが客だし」



 誰だよこのジジイ……。勝手にやりこんでくんじゃあねえ、と言うのはあまりに失礼なので内容を変えて僕も一つ聞いてみた。



「すみませんおじいさん、剣の剣針部分に書かれてる変な文字、何て書いてあります?」



 見た目の雰囲気的にこのおじいさんはこっちの世界の住人だろうと予測し思い切って聞いてみる。



「よそ者に言っても分かるかな? 読み方は……じゃ」



「テレイオスか……俺は聞いたことがあるな。確かトリテリアでは有名な貴族の名家だったはずだ!」


「それが今じゃあ……ねえ。あんな事件を起こしてしまったら貴族としての立場も怪しくなってしまうのも当然だろう……」



 あんな事件、か。これはヘラルと僕の影響が関係あるか分からないが、ここに滞在する可能性があるなら知ってはおかないといけないな。



「その事件っていうのは──」


「キャアーッ!」



 僕の質問は外から聞こえてきた女性の悲鳴にかき消された。

 三人はその場でフリーズしてしまったが、すぐに僕とカエデさんは目を合わせてテレイオスと記された剣を握ったまま古びた店を飛び出る。



「天汰! それもう買ってるから存分に暴れていいぞ!」


「はい」



 悲鳴が聞こえた薄暗い路地に入り、人を探した。そして僕達は声の主を一瞬で発見した。



「……あ? 何見てんだガキの見世物じゃねえんだよ」


「……か、勘違い……しないで。私はこの人に看病を……してもらってるだけですから……」



 恐怖で震えた声で彼女は壁に追い詰められながらカエデさんを見つめている。彼女の足を跡がつくまで掴む息の荒い男は、続けざまに言葉を放った。



「こんな所を一人で歩いていた



「……へえ〜おっさんって良い人なのか? 教えてよ、おっさん」



 淡々と言葉を噤むカエデさんは、無意識に出ていた僕の身体を右手で静止し、問答する。



「混ざりてえなら混ぜてやってもいいぜ? この女も断りはしねえさ」


「は……はい。私は……もう……どうでもいいので……」



「──ふーん、おじさん良い人なのか。……でもさぁ」



 彼は僕よりも一歩先に出て、いつもと違う雰囲気を漂わせて語り始めた。



「その人は泣いてんのになんでおじさんは笑ってんの? 俺には良い奴には思えないな〜?」


「チッ、うるせえなガキ共。混ざらねえならあっちいけ! 二人きりにさせろ!」




「……気持ち悪ぃジジイが……」




 僕以外の三人が丁度黙ったところで堪えていた本音がつい口からポツリと漏れてしまった。三人が一斉にこちらを見て、おっさんはついにキレてしまった。



「クソガキに先に伝えてやるよ……オレはトリテリアでは結構強いことで有名なんだぜぇ?」


「やってみろよ」



 僕とおっさんでメンチを切り合い、一触即発な状態になった。どんだけ殴られようが僕は死なないので我慢比べになりそうだな。



「──お前の女にしては不相応だな、おっさん自身が。お前なんかよりは俺の方がまだ見合ってんな!」


「ブッ殺してやるッ!」



 男の拳がカエデさんの頬に向かって振りかざされる。カエデさんはプレイヤーだったので直接殴られるても痛くはない。

 ただ、カエデさんは殴られたことに安堵したようで、一発顔に食らって緊張が解けたように息をゆっくりと吐いた。



「どうした、クソガキ! オレの【剛拳】には勝てねえか!?」


「【火炎──」


「天汰、安心しろ! もう終わったから!」


「は? まだ終わってねー──」


「【反射リフレクション】」



 カエデさんがそう唱えると男はアッパーを食らったように宙に10m近く浮きあがり、すぐに重力に負けて地面に叩きつけられた。



「死なない程度に跳ね返したから、当分は起きられないかな! 意識も飛ばしちゃったみたいだし!」


「今のがカエデさんの能力……!?」



 カエデさんは服をぐちゃぐちゃに引き破られた彼女の元に一目散に駆けつけ、手を差し伸べた。



「良かったら新しい服でも着ます? 丁度俺、イモムシTシャツ持ってて──」


「近寄らないで……私は……これで良かったのにッ!」



 バチン、と力強く彼女はカエデさんの頬を平手打ちし、吐き出すように言葉を紡ぐ。



「私が少し我慢すれば、信頼は戻ってくるはずなんです。誰かが耐え忍んだ分だけ、他者には幸せがやってくるのだと……教わったのです」


「だから私がそうすれば、また皆が戻ってくると……」




「「──……?」」



 僕とカエデさんの言葉が揃う。彼女は一瞬核心を突かれたように目を驚かせた。



「あなた達は、なんですね……」


「私には……似つかわしくない」



 悲観した表情で目を合わせようとしない。僕はなんて言葉をかけるべきは分からず無言を貫くと、そんな間を気にもせずカエデさんが言葉を返した。



「俺を騙してでもいいから話してほしい。何があったのかを! そしたら俺達は全部信じるから……!」



 彼のストレートな言葉が路地全体を照らし出すように眩しくって、彼女も思わず声を漏らしていた。



「私は……テレイオス家の従者の一人でした──」

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