【連載版】悪魔に姉と間違えられて異世界に転移したシスコン、無能力のまま異世界に送り込まれた挙句カンストしないといけないらしい。シスコンは姉のためなら剣と魔法で無双出来るって知ってた?

伽藍

ステージ1 ルドベキア

第1話 痴女とシスコン

「姉ちゃんー? お昼作ったから食べよ……って部屋にいない……?」



 いきなりだが、僕はだ。誰が何を言おうと、誰よりも姉を好いている。弟なのだから当たり前だ。姉は引きこもっていたので、食事の時に部屋にいる姉を連れ出すことが僕の日課になっていた。それはどんな時でも、たとえ僕の中学の卒業式を終えた日だろうといつものように僕は姉の部屋に訪れた。


 ……そこまでは覚えている。しかし、今いるのが何処なのかも何も分からない。



「──目を覚ましなさい……ここがあなたの望んだ世界ですよ」


「……え? ここは、どこだ」



 僕は目を開けて辺りを見渡したが、薄暗く何も見えない。それにもう一つ誰かに呼ばれたような気がしたが気のせいか。 

 状況を整理しよう。僕はついさっき中学の卒業式を終えて家に帰ってきた。となるとここは僕の部屋か? にしては空間が広いな。


 暗闇が不安で目を慣らそうとしていると、次は確実に誰かの声が聞こえてきた。



「目覚めたね、。ここは次元の狭間、その姿の貴方とはここでお別れだけれど……? ってあなた男の子だったの!?」


「……は?」



 な、なに……いや、は? 僕の前に現れたのは過剰に露出した服装で、しかもコスプレみてえな赤黒い角をつけている青髪の華奢な女……痴女か、コイツは! 背丈は僕よりも一回り小さいくらいか。彼女は僕よりも若々しく見える。小学生じゃないだろうな?



「お前誰だよ。あと僕はシュウじゃない! 天汰てんただよ! 不審者……変態がぁ!」


「へんたい……ふ〜ん、その様子だと人違いかもだけど……ま! しちゃえば対して変わらないよね! ほら、いきなさい! あなたの身体はにあるわよ!」



 ……真下? 僕は屈んで透けている床を眺めてみると、距離はざっと30mくらいあるだろうか。緑のだだっ広い平原に鎧を着飾る赤い長髪がひらひらと舞っている棒立ちの人に、武器を構えた仲間みたいな人達やその彼らを囲む大量の……ゴブリン? みたいな化物達がいっぱい見える。もしかして、僕は死んだのか? この変な場所も、途中で記憶が無いのも全部……。


 それにこの赤髪の仲間だろうか、痴女よりも華奢に見える小さなエルフに鎧より大柄で武器を構えている男、鎧はこの人達のリーダーなんだろうか。だが、何でこの鎧は止まっているんだ……?



「早く飛び降りなよ。あ、そうか。目的無いと困るよね、あなたはね、どんな魔物を一撃で落とせるような──」


「どうなってんだこれ! 僕っ、死んだのか?」



 というかさっき転移と言っていたよな? 転移って漫画とかでよくあるアレのことを言っているのか? 


 僕はついつい心が踊ったがそんな余裕がないことを思い出し、考える。何かをきっかけにここへされたということなのか? 僕はただ、画面を眺めていただけだ。姉が……常にしているゲームを……。



「あ、もしかして君は神――」


「失礼ね、ワタシは悪魔よ」


「……地獄か?」


「むー……。また後で教えればいっか。この魔物達は大して強くないし、こっから落ちたらすぐにの身体を操れるようになるのよ? ほら、怯えないで! もう……押してあげっからさあ!」


「まだ説明がッ」



 屈んだ姿勢のまま、背中を押され咄嗟に振り返ったが、女の子はニヤニヤとしているだけだ! 


 ってどれ……? あの小さな耳が尖ってる子ッ……!? いや、赤髪か――



「うわああああああああ!!」


「『エラー検出エラーケンシュツ』同期デキマセン」


「ギャっ!」



 金属で出来た硬い甲冑に背中が直撃し、僕は思わず甲高い声を上げた。というか、今の声何!? と突っ込む余裕も無く、痛みでひっくり返って地上に落っこちた。



「きゃあっ! えっえっ誰〜!? そ、空から男の子がっ!?」


「ふむ……人までも兵器として利用するのか……。手加減は要らない。介錯してやろうか」



 おどおどしているエルフ少女に、大柄な男が何やら話している。辛うじて首から上は動かせたが、このままじゃ僕が彼らに殺されるか、そのまま痛みで死を迎えるかだ……説得、しなければ。



「殺さないでくれ……。僕は、気が付いたらここにいたんだ、あの、その、君達の敵ではない! だから……っ」


「【】」



 エルフの少女がそう唱えると、身体の疲れや背中の痛みが急激に消えていった。僕は立ち上がり、彼女達の方を向き直す。



「これで話せますねっ」


「……魔法? とにかく、ありがとう!」


 エルフの少女にお礼をすると、彼女は照れ臭そうに笑った。しかし、急に痛みが消えたのは本当に異世界に来たと考えるべきだろうか。さっきの痴女では到底信じられなかったが、とにかく夢ではない可能性が浮上し始めた。



「……っ、二人とも戦闘を手伝ってくれ。オラァッ!」


「グゥェ!」



 一方の男は大剣を振り回し、数匹のゴブリンを斬り殺していっているが、後方から数え切れないほどのゴブリンの群れがこちらに向かってくるのが見える。


 エルフはそんな男に先程と同様の魔法を使っているが、攻撃魔法とか持ってないのか!? 僕も戦わなければ……全滅する。

 そうだ! 棒立ちの鎧から武器を借りればいいんだ。


 僕は鎧の方に振りかえり、全身を触って武器を探すが、鎧以外に何も武器らしき物は持っていなかった。



「はわわ……さん耐えてくださいっ!」


「……はぁはぁ、。その男の子と一緒に街まで全力で帰るんだ。を連れて来い、それまでは俺が守る」



 シュウってあの痴女が僕と間違えた人の名前だよな。



「で、でも……きゃ──」



 !? 群れの中の一匹が男をすり抜け、エルフの少女の目の前に突っ込んできた。少女は逃げる訳でもなく怯えて、尻餅をついて肩を震わせていた。僕に武器なんてないが……これでもくらえ!



「来るなっ!」


「ガゥ!?」



 僕はがむしゃらに飛び蹴りを繰り出した。これは魔法で無ければ現実的なでもないただの蹴り。


 それでも魔物は身体を大きく仰け反らしながら、蹴られただけで泡を吹いて群れの中に落っこちて、ピクリと身体を痙攣させて動かなくなった。僕の蹴りは何かを習ったわけでもないからこんなに強くない。それともう一つおかしいことが分かった。



「……10000ダメージ……!?」


「え、すごい……! 装備無しで……?」



 二人が驚きの声を漏らす。それもそうだ、僕が蹴り飛ばしたゴブリンの頭上に数字が浮かび上がっている。

 何というか……さっき無くなったはずの頭痛が復活した気がする。やっぱり……夢か。1度そういう結論に辿り着くと、何というか興醒めしてしまった。



「なるほど……君は選ばれた子なのか? 俺はここでくたばることを許されないようだ」


「【散る生命フォール・イグジスト】」



 今度は男が技名を叫ぶと、大剣が形を変え、鈍い轟音を放ちながら数匹のゴブリンを弾き飛ばした。また、蹴りのときと同じように頭上に数字が表示されていた。



200002万がいっぱい……」


「……数がそれにしても多い。の影響か?」


「女神?」



 二人は僕の質問に対して沈黙を決め込んだ。そして彼らは残ったゴブリンの方に注意を向き直した。



「えーと、ダイアさんですよね? さっきの技連発とか出来ないんですか?」


「出来たらやっているさ。悪いが君も戦ってくれ、ほらっ」


「オモッ、銃!?」



 ずっしりとして丁寧に塗装された全長1mを超える銃を、男はどこからか出して僕に投げつけた。スコープもついているし、どう考えても距離が近すぎる。何よりも重い。ゲームとか映画で見るような再現を目指したら、下手すれば男に当ててしまう。



「うつ伏せで構えて! アタシが支えますから!」



 エルフの言う事に従い、うつ伏せで姿勢を構える。すると、彼女が不安定な銃を支えようと、僕の頭部に腹部を乗っけて地面しか見えなくなった僕の代わりに照準をゴブリンに調整し直した。



「俺のことは気にせず撃つんだ! ゼル! 少年!」


「いきますよぉっ!」


「撃ちます――」



 引き金に指を掛け、掛け声に合わせ引く。想像よりも引き金が硬くほんの僅かにラグが生じてしまった。



「──【No.3燃想もゆるこころ】」



 後方からゴブリンでも無ければ、二人でもない誰かの声が聞こえたと同時に弾丸が放たれる。僕達はその衝撃に耐えきれずうつ伏せから体制を崩して銃が後方に吹き飛んでいった。辛うじて弾だけは目で必死に追いかけた。それは目ではっきりと分かる速さでに変化しゴブリンに着弾した。と――



「ギァォッ!?」



 特撮なんかでも中々見られないくらいの爆発を起こし、信じられない数のゴブリンを粉々に吹き飛ばした。当然、男も巻き込み軽く横に飛ばされている。



「数字が金色……」


「――1000000100万ダメ、しかも、7桁って初めて出せたんじゃない? 強くなったねえ、ゼルちゃん」


「あぅう、手が痺れてるよさん」



 シュウ、だと。やはりこの人がシュウなのか。風貌から強者であると誰もが感じるだろう。だが、むさ苦しいおっさんという予想に反して、明らかに声も女性だった。さらに、その声はどこかで聞き覚えがある……どころか日常的に聞き慣れた声だと気付いた。



「あのどいて、くれるかな?」


「ああっ、ごめんなさい! 今どきますねっ」



 よいしょと言いながら幼女は背中に乗っけていた足を地面に移動させ、立ち上がった。元々そこまで重かったわけじゃないが、凄く動きやすくなった。シュウという人に話しかけようと彼女の方向へ向く。



「ねえ――」


「――【No.2終撃しゅうげき】」



 鎧の彼女は右手の掌を前に突き出した。どうやらそこからさっきの技も放出されたようだった。掌の中心は円形の紋章が記され、そこが輝くと同時に近くで弾け飛ぶような甲高い悲鳴が聞こえた。



「――ァァ」



 またダイアさんの方へ振り返ると、さらに後方にいたゴブリンの群れが真っ黒な巨大な球体によって全身を粉々にされる様子が見える。彼女はその一撃で数百体いた群れを全滅させた。今度は数字がゴブリンの頭上ではなく、見上げるほど巨大な球体の上に見えた。



342715043427万1504ダメ。私も結構いけるようになったなぁ」



 は、8桁? さっき7桁で凄いって言ってたのに……34倍だよ? 


 だけど、これで確信を得た。間違いなくここは姉がよくやっていたゲームの世界の中で、そしてシュウの正体は――



「姉ちゃん、何してるの?」


「……え、だれ、えっ、嘘。て、天汰?」



 キョトンとして場に静寂が訪れたのち、姉らしき人が口を開いた。



「なんでここに……」


「僕の方が聞きたいよ……」


「え、えっ。シュウさんの弟なの〜!?」


「ゼ、ゼルちゃん、落ち着いて! まさか、本当? 私の誕生日は?」


「わかるよ。姉ちゃんは10月25日生まれ、僕は2月22日だ」


「あ、合ってる……」



 そう言いながら、シュウはようやく右手を元に戻した。



「姉ちゃんの本当の名前も知ってるよ。あ――」


「それは! 言わなくていいよ……」



 久しぶりに聞いた姉の大声に驚き、声が出なくなっていた。

 姉弟で黙り込む横であたふたする幼女。黙っているのも気まずい。そうだ、ここに来る前に出会ったあの自称悪魔の話をしよう。もしかしたら、正体を誰かが知っているかもしれない。



「「あのさ」」


「くっ、随分と復帰が遅かったな……はは、ゼルちゃん。が効き始めてきた。シュウすまないが肩を貸してくれないか?」


「あ、ああ……」



 ……代償? あ、まさかあの技か……? だとしたら、僕も!



「姉ちゃん、ぼく……うっ」



 手を伸ばしたが、鎧に触れる前に立ちくらみが起こる。僕にも効果が出始めたみたいだ。落ちてぶつけた腰の痛みも徐々に顔を出してくる。左手をフラフラとさせながらゆったりと地面に吸われていく僕を、誰かが支えてくれた。



「んぬぬ……! た゛お゛れないで!」


 その手の暖かさは、彼女を敬う宗教が存在するなら、神と信仰するかもしれない。そう思えるほど、エルフの少女は僕なんかよりも純粋に思えた。



「め、女神さま……!」


「ひっ――」



 前言撤回。僕の言葉選びがまずかったらしい。手の温かみは消え去り、腰だけでなく後頭部にも重い衝撃が響く。霞んでいく視界には彼女に青ざめた顔で見つめられていた。そうして遠退いていく意識の中、僕の名前がどこからか反響して聞こえてくるようだった。

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