31 義妹の嫉妬と覚悟のキス
従妹である渚が遊びに来た。
まずはリビングのソファーに座って、一緒にテレビゲームをすることに。渚が座るのは杏一の膝の上だ。
一方柊は、杏一のすぐ隣にむすっとしたまま座っている。コントローラーを握る手も力強い。
「やった! 渚の勝ち!」
「凄いな渚。よしよし」
渚の操縦する車が一位でゴール。画面三分割だと非常にやりづらいが渚が楽しんでくれているからいいだろう。ちなみにCPのレベルは最弱で杏一はギリギリで負けるように手を抜いているが、柊は違うらしい。
「むぅぅぅ! もう一回!」
「柊。ムキになるなって」
「ねぇねぇみっともないよ。でも相手になってあげる」
「ぐ……いいもん、お姉ちゃん本気出しちゃうからね! こてんぱんにしてあげるからね!」
得意げになった渚の挑発に簡単に乗る柊。
手先が不器用だから家事全般やゲームが苦手なのだ。
小学生相手に本気になるのはどうかと思うが柊も楽しそうだからいいだろう。
次のレースで、柊は宣言通り一位をかっさらった。
渚が一位になるのを待って、ゴール直前で青甲羅を投げたのだ。
「やった! 私の勝ち! どう、おにぃちゃん。見てた?」
柊は喜びを爆発させて撫でて撫でてと頭を差し出してきた。
だが杏一は髪に触れず言葉だけで返すことにする。
「はいはい。すごいすごい」
「うぅ……」
しょんぼりして何とも言えない顔になってしまう。負けた時より悲しそうだ。
「ねぇねぇ滑稽。にぃにぃ、お腹空いた」
「おっけ。すぐ作るからねぇねぇと待ってな」
「渚もお手伝いする」
「お、助かるな。じゃあまずは手を洗おっか」
渚がてけてけと台所に向かう。杏一は拗ねてしまった柊にフォローを入れておくことにした。
「柊もやるか?」
「やんない」
どうやら怒っているようで、ぷいっと逸らされた。
その後、渚と作っている姿を羨ましそうに見ていたがそっとしておく。
十分ほどで完成した冷やし中華は、渚が上手にキュウリやトマトを切ってくれた。将来は有望だろう。
「いただきます」
三人で机を囲んで食べ始める。
杏一の隣に渚、正面に柊という配置だ。
柊は黙々と麺をちゅるちゅるすすった。
「渚は偉いな。家でもお手伝いしてるのか?」
「うん。にぃにぃのお嫁さんになれるように頑張ってるよ」
「そっか。嬉しいけど好きな男の子とかいないの?」
「にぃにぃ!」
「……まあいいや。宿題もちゃんとやるんだぞ?」
「うん。にぃにぃは渚とねぇねぇどっちが好きなの?」
「げほっ、げほっ!」
鼻から麺が出そうになった。侮れない小学生だ。
「どっちなの、おにぃちゃん」
黙っていた柊までもが問い詰めてくる。
やっぱり機嫌が悪そうだ。
「えっと……どっちも、だよ」
そう答えるしかない。この場ではこれが最適解だ。
「にぃにぃ、二股はダメなんだよ。ね? ねぇねぇ」
「うん渚ちゃん。おにぃちゃん、そういうの良くないよ」
「なんで今だけ意気投合してんだ」
自分が悪いようにされたが、いつもより少し賑やかな食卓はいいものだ。
昼食を終えると少し休憩。扇風機に向かって「わー」と話しかけている渚が可愛らしい。
学校のことや両親や祖父は元気かなど、雑談しながらごろごろ過ごす。
柊も本当は渚と遊びたいらしく、頭を撫でようとしたら嫌がられていて可哀想だった。渚が逃げるように杏一の膝の上に収まる。
「にぃにぃ~」
「どした?」
猫なで声を出して杏一にすりすりする渚を見て、柊は奥歯を噛みしめている様子。
「呼んだだけ。なでなでして」
「ちょっとだけな」
ダメとは言えないためしてあげる。
柊はそんな光景を見せつけられて(以下略)。
「ねぇねぇ怖い。怒ってる」
「柊、あんまり威嚇しちゃダメだぞ」
「し、してないもん。どうぞ二人で仲良くしてれば」
妹が完全にいじけてしまった。距離感が難しいなと思っていると、従妹がてててと近寄る。
「ねぇねぇ意地悪してごめんね。よしよし」
「渚ちゃん……」
「ねぇねぇ寂しがり屋だから渚が仕方なく遊んであげる」
二人は似た者同士。つい意地になってしまうこともあるが本当の姉妹みたいな関係だ。渚も本当は柊と遊びたがっていた。じゃなきゃ”ねぇねぇ”なんて呼ばない。
「もぉ、しょうがないなぁ。お姉ちゃんが遊んであげる」
「うん!」
その後は三人で時間を過ごした。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけば夕方になっていた。
杏一と柊は駅まで渚を送ってあげる。行きも一人で来れたみたいだし乗り換えも無いため大丈夫だろう。
「気をつけて帰れよ。着いたら一応電話して」
「うん。にぃにぃバイバイ」
「じゃあな。また来いよ」
「うん。ねぇねぇもバイバイ」
「またね、渚ちゃん」
笑顔で手を振り合う二人。
次会った時は最初から仲良くして欲しいと思う。
お別れすると丁度アナウンスが鳴った。
「あ、もう来ちゃった。にぃにぃ」
最後に何か用があるらしく、ちょいちょいと服を引っ張ってきた。
目線を合わせるようにしゃがむと、
「ちゅ──」
首筋に小さな唇が押し当てられた。
渚は小悪魔みたいな笑みを柊に向ける。
「こここ、こら渚ちゃん! 何してるの!」
「えへへ、バイバイにぃにぃ! ねぇねぇのものになっちゃダメだよ!」
「ちょっと渚ちゃん!」
杏一より慌てふためく柊に、渚はあっかんべーをして行ってしまった。杏一は特に慌てず手を振って見送る。
突然の従妹の来訪は嵐のように過ぎ去って、また杏一と柊の二人きりに戻った。
気まずさが再来するも杏一はなんとか平静を装う。
「帰ろっか、柊」
「……ぅん」
柊は元気がなく、下を向いたままとぼとぼ歩きだす。
と思ったら腕を握られた……いや、掴まれた。
早歩きで強引に連れて行かれる。
「どこ行くんだ?」
「……」
理由を聞いても答えてくれず首を振るだけ。
抵抗せずに付き合ってあげると向かった先は家。
だからなんの問題も無いと思っていた。
でもそれは間違いだった。
今の杏一にとって家が最も居づらい場所なのだ。
二人きりで邪魔する者はいない。
それが何を意味するのか……。
柊の不安定な心と、先程の渚のキス。
このまま無事に終わってくれると思っていた夏休み一日目は、魔法が解けたように現実に引き戻される。
現実というのは現実だ。
柊と杏一が向き合うべき問題の事である。
昨日の今日で無かったことになどできないのだ。
「おにぃちゃん」
バタン、と家のドアが閉められる。
柊は鍵をかけた瞬間、杏一に抱き着いた。
「……柊?」
「おにぃちゃん」
ぎゅーっと締め付けられる。
真夏の太陽に照らされて滴る汗を気にも留めず、柊は杏一の胸に顔をうずめて抱きしめた。
「暑いから、離れて?」
「やだ……おにぃちゃんのせいだもん」
「俺?」
「おにぃちゃんは、私のだもん。嫉妬させないでよ」
何を言いたいのかやっとわかった。
「渚は従妹だぞ。小学生だしそういうのじゃないよ」
「でも……渚ちゃんばっかり。私もなでなでしてよ」
ゲームで勝った時に一度拒否した。それ以外にも今日はまるで見せつけるように渚ばかり可愛がっていた気がする。……けど、そんなに妬かれるとは思わなかった。
「柊はいつもしてるでしょ?」
「従妹でも小学生でもダメなの。私しか、ダメなの」
玄関で靴も履いたまま鬱憤を晴らすように抱きしめてくる。
「してもいいけど……ならもっと私に構ってよぉ」
「それは、ごめん。ちょっと冷たくしちゃったな」
「ぅん。おにぃちゃんが悪い」
汗か分からないがシャツがじんわり湿ってきたため抱きしめ返す。頭の後ろを撫でながら反対の手は背中に回してぎゅーっと抱きしめてあげた。
「柊にしかこういうことしないから。これで許して」
「……やだ。まだ、足りないもん」
「足りない? じゃあどうすれ──ば」
「……んぅ……れろ、れろ」
「っ!? ちょっと、それはダメだって……」
首筋を柊の舌が這った。
くすぐったくて理性に抑えが効かなくなりそうだ。
「渚ちゃんは、してたじゃん……んぅ、しょっぱい。上書き、しなきゃ」
あの子がしてる。この子もしてる。
みんなしてる。ならいい。
普通、当たり前、仕方ない……。
そうやって楽な方へ、ずるい方へ逃げて行く。
杏一の場合のそれは──柊がしてるから。
柊がしてるなら自分もいい。
「柊」
「ん? ほぇっ!? んぅ……んぅ!?」
杏一は、快感に溺れるように柊の唇を奪った。
せっかく我慢してたのに、それでも抑えきれずしてしまった。
でも自分は悪くない。柊が杏一のせいにするように、杏一もまた柊のせいにした。
十秒という永遠にも感じる時を得てちゅぱっと離す。
「こ、これは仲直りの……印。だから許……」
言い訳するように付け加える。
だが最後まで言う前にまた喋れなくなった。
柊が背伸びして、もう一度キスしてきたのだ。
「ぷはぁ……。はぁ、一回じゃ許さないもん」
柊が杏一のよだれを拭う。
だから杏一も指で綺麗にしてあげた。
「柊……もう許してくれた?」
「うん。今日は、平気」
乱れた呼吸をしながら笑ってくれた。
可愛かったから、やっぱり頭を撫でてしまう。
「じゃあ夕飯にしよっか」
「そだね。汗かいちゃったから、先にシャワー浴びてくるね。ちょっと、長くなっちゃうかも」
「わかった。ゆっくり入ってきな」
「……」
柊は顔を合わせようとせず、靴を脱ぎ散らかすと小走りで風呂場に行ってしまう。
怒っているわけではなさそうだが、杏一はその背中が見えなくなると強烈な罪悪感に襲われた。
(またやっちまった……ほんと最低だな)
無責任にもほどがある。
中途半端だし、これでは柊を弄んで都合よく使っているだけではないか。
この関係に満足して甘えていただけで、本当にずるい考えをしていた。
「もう無理だな……ケジメ付けるか」
このままではエスカレートして依存しあうだけ。
そうなっては恋人でも兄妹でもない何かになってしまう。
それだけは、本気で好きだからこそ避けるべきだ。
「ごめん、柊。俺は柊の兄ちゃんなのに……ほんとに柊の事、好きなんだよ」
大切だからこそ先に進むことを
変わるのが怖くて兄妹でいることに満足した。
でも、もう言い訳はしない。
柊のことが好きで好きで堪らないのだ。
逃げずに男らしく、この関係をはっきりさせる。
今そう決めた。
「柊、俺もう兄ちゃん辞めてもいいかな?」
具体的には決まっていない。
でもこの夏が終わるまでに、杏一は答えを出すことにした。
***
風呂場に逃げた柊は汗を流して浴槽に入る。
まだ湯は沸かしたばかりで浅く、胸の下辺りまでしかない。
「はぁ……おにぃちゃん。……ぶくぶくぶく」
潜ってぶくぶくしても唇の感触はなくならない。
頭がおかしくなりそうだ。
「もう我慢できない。死んじゃいそぅ」
自分から仕掛けてなんだがいけないところまで来てしまっている自覚がある。
このまま続けるのはまずい。一度距離を取って冷静になるべきか……。
「おにぃちゃん、もう妹辞めてもいい?」
まだ覚悟は足りていない。
でもこの夏が終わるまでに、柊は答えを出すことにした。
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