09 義妹と登校
高校までは歩いて20分ほどで着く。
自転車を使ってもよさそうな距離だが、杏一も柊も部活に入っていないためせめて登下校は歩こうという健康志向だ。
こんな風に柊と登校するのは高校に入って初めてだから同じ通学路でも新鮮に感じる。
「そだ、柊」
「んぁ? なに」
外でも投げやりな態度を崩さない柊。
それでも杏一は恐れず聞いた。
「学校ではどうしてるんだ? そのなんだ、言っちゃなんだが柊ってポンコツじゃんか」
体裁は優等生だが実際は生活力のない子どもだ。杏一はそれでも構わないと思っているが、この発言は気に障ったらしい。柊が眉を寄せて見上げてくる。
「は? ほんとになに言ってんの? 私がポンコツ? いやいや意味わかんないんだけど」
「いやいやご冗談を。じゃあ何が出来るんだ?」
聞くと柊は「えっと」と言って、指を折りながら教えてくれた。
「まず一人でご飯食べれるでしょ。それにお風呂も入れるもん。家事とか早起きは苦手だけど……って何言わせてんの!? ほんっとありえない!」
勝手に自爆した柊がサブバックで叩いてきたが杏一も色違いのバックでガードする。ちなみに家族旅行の際に買ったキャラクターのストラップも色違いだ。
「落ち着けって。まあ普通の学校生活ではボロ出ないか」
柊の容姿は学年屈指。勉強は中の上くらいで運動神経もそのくらいだろう。完璧過ぎないところも人気の理由で、その地位を守るぐらいには立ち回れている。
「い、言ったらほんとに口利いてあげないから」
「そうなったら世話してあげられないぞ?」
「うっ……」
「冗談だよ。柊のそんな姿誰にも言うわけないじゃん」
いつもの仕返しということでからかってみると効果覿面だった。むすっとした顔もほっぺを引っ張りたくなるくらい可愛らしいが、信頼を失いかねないためほどほどにしておこう。
まあ自分から柊の秘密を誰かに言うような真似だけは絶対にしないが。
「ほんとうざい」
「はいはい」
ぷいっと顔を背けられたが、杏一は軽く流して笑みをこぼした。
前はただ反抗されるだけだったが、だんだん接し方が分かってきた気がする。
そんな感じで風船みたいな顔になってしまった柊を愛でながら歩いていると、
「あ、柊さんおはようございます。それと、ついでにお兄さんも」
柊と同じ女子の制服に身を包んだ生徒──
丁寧にお辞儀する栞は、栗色の髪を腰までふわりと下ろした身長150センチ弱の小柄な少女だ。女性の部分は小ぶりだが守ってあげたくなるタイプの子で、学校では柊と二大看板を張る。
小学生の頃から柊とは仲が良く何度か家の中で見かけたこともあるが、一方で杏一のことは毛嫌いしている節がある。今だって柊にはぺこりとお辞儀して笑顔を見せたのに対し、杏一はついで扱いだ。
そして杏一もあまり栞のことは得意と思っていない。
「しぃちゃんおは……よぉ!?」
「えへへ、柊さ~ん!」
栞は人目もはばからず柊に飛びついた。
「ああやっぱり柊さんのここはぷにぷにしてて落ち着きます。春休みは会えなくて寂しかったですよ。だからいっぱいぎゅぅぅぅぅ! ってしゃせてくらしゃい!」
栞はぐへへと笑みを浮かべ、まるで匂いを嗅ぐように柊の胸に顔をうずめた。杏一はそんなじゃれあいをユリが咲くにはもう少し先だなーと思いながら見学する。
「し、しぃちゃん。くすぐったいよぉ」
「あらやだ、私としたことがとんだご無礼を。久しぶりでしたのでつい」
栞は丁寧な所作でお辞儀してにこりと笑う。柊もさっきまで見せていた兄への態度が嘘のように笑顔で、嫌がる様子はない。
「柊さん、ご一緒してもよろしいですか?」
「もちろん! 一緒に行こーねぇ」
柊が栞と手を繋いでルンルン歩き出す。
杏一はもうすっかり存在を忘れられているようだ。
(まあいっか。柊が楽しそうだし)
小さい頃は柊が極度の人見知りだったため杏一にベッタリだったが、徐々に栞とも打ち解けられて今では親友の関係を築くまでになった。
柊は、栞のことを可愛がっている。
そして栞は、柊のことを好いている。
まあ、栞が持つその感情は些か友達という枠を超えているかもしれないが……。
「ふっ」
柊と並んで前を歩く栞が振り返り、にちゃっと煽るような笑みを浮かべた。
がっちり柊の腕を組んで、まるで見せつけるようにお喋りを始める栞。
時折こちらを見やる顔には(柊さんは私のです)と書いてあるようだ。
(別に張り合ってねえし。ていうか妹だし)
そんな会話が柊の見えないところでは繰り広げられている。
杏一は栞と普通に話ぐらいするが、その裏にはライバルにも似た感情があるのだ。自分の可愛がっている柊を譲りたくないという欲があるのみで、そこに兄だとか同性だとかは関係ない。
杏一と栞が脳内で生産性のないレスバを繰り広げていると、
「わぁ!」
柊が間抜けな声を上げた。桜の花びらを巻き上げる突風が、悪戯するようにスカートをめくろうとしたのだ。柊はスカートも乱れる髪さえも抑えずあたふたする。
しかし、その寸前で栞がバッと手を添えて見事パンちらを防いでみせた。
だが当然自分の方はノーガードになったため、思いっきりめくれ上がってしまう。
(スパッツかよ……)
スカートの下にロマンは無かった。それがいいという意見もあるだろうが、杏一の心は凪のように動じない。杏一も男だからどうせ見るならパンツがいいという欲求くらいある。
「うぅ、今日は風強いね」
「そうですね。気を付けましょう」
柊は気づいていないのか慌てる様子もなく歩き出す。
栞は周囲に睨みを利かせて目撃者がいないか確認を取っているが、もちろんそれは自分ではなく柊のための行動だろう。小柄な割に随分機敏で慣れた動きだった。
(栞がついてれば大丈夫か)
傍から見れば柊が栞の面倒を見ているように映るが実際は逆なのかもしれない。この調子なら学校では栞がお世話してくれるだろう。
「ふぅ……。ところで、柊さん今日寝坊したんですか?」
「ん? どして?」
「いつもより髪の毛にむらがあります」
「えっ、そんなのわかるの!? さすがしぃちゃんはオシャレさんだね」
「学校着いたらやってあげましょうか?」
「んー、大丈夫。今日はこのままでいいよ」
「そうですか……」
一仕事終えた栞が残念そうに肩を落とすと杏一に振り返って、
(もしかしてお兄さんの仕業ですか?)
と、鋭い眼光を向けてくる。
ここで二人暮らしを始めたという情報を与えたら何をされるか分からないため、杏一は勘のいい少女からさっと顔を背けた。
「しぃちゃん、どうかした?」
「なんでもないですよっ」
にへらと微笑む栞。
何も知らない柊はさっきからちらちら栞が振り返るから訝ったのだろう。てけてけと杏一のもとに駆け寄ってくる。
「な、なんだ柊」
まるでキスでもするような勢いで顔を近づけてきた。しかしもちろんそんな甘いことをしてくれるはずもなく、耳元で静かに……というか冷淡に、
「もっと離れて歩いてくれない? しぃちゃん怖がってるじゃん」
身震いしたのは吐息がかかったからだろうか。柊は顔を離して、しっしと手を払う仕草までやってきた。にこっとわざとらしい笑みを浮かべると、また栞の隣に並んでお喋りを始める。
(女の子って怖いなぁ)
杏一は歩く速度を落として、他の生徒と溶け込むように学校を目指した。
学校に着くと昇降口に大きな掲示板があった。
新しいクラスの発表だ。
「あ! やった、またしぃちゃんと同じだ!」
「ほんとですね。私も柊さんと一緒に居られて嬉しいです」
ガヤガヤとした喧騒の中でも二人の姿はすぐに見つかる。他とは纏うオーラが違うのだ。
(えーっと、俺は……っと。お、あった)
柊と栞に遅れて杏一も確認する。
「俺も柊と一緒だな。一年間よろしく」
「ふんっ」
学校での柊は無視してくる。仲良くしているところや、反抗している姿を他の生徒に見せたくないからだろう。これから話してあげると言われたがまだ時間がかかりそうだ。
それでも小さく可愛い声で、
「やった。おにぃちゃんと一緒っ」
ボソッと囁いた。
だが栞には聞こえなかったらしく(ざまあみろです)と言いたげな顔でしめしめとにやけてきた。
きっと杏一が柊に冷たくされているのを見て面白く思っているのだろう。通りすがりにちゃんと口に出して言ってきた。
「私も、よろしくお願いしますね。お兄さん」
「お前とはあんまりよろしくしたくないけどな」
もちろん、対戦よろしくお願いしますの方だ。
「てかお兄さん言うな。からかってるだろ」
「えー照れてるんですか? いいじゃありませんか、お兄さんっ」
「……まあ好きにしろ。柊と仲良くしてくれな」
杏一が頭をかくと栞は「当然です」と言って小悪魔みたいに笑うのだった。
腕を組んで歩く二人の後ろ姿を追いかけて杏一も教室に向かった。
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