第2話 バイト明けに訪れた喜劇と悲劇
◇◆◇◆
「ヤスラギ店長、お疲れ様でした」
「ん、ダイチ君。おつかれーい」
時は二時間前の早朝7時。
僕はコンビニの夜勤のバイトを終え、生真面目な眼鏡の店長に挨拶を告げる。
えっ?
どうして人様の寝ている深夜の時間帯を選んで働いているのかって?
「それはズバリ時給がいいからだー!」
「ダイチ君、いきなり大声上げてどうしたんだい? お店の中まで聞こえたよ?」
「あっ、すいません。つい勢いで……」
「まあ、明日が給料日で浮かれる気持ちも分かるけど、ここはまだ寝静まってる住宅街だからね。お店にクレームがきたら困るよ? 一見、二十四時間開いていて便利そうなコンビニも、最近では少しの騒ぎでも一大事になるのだからね」
「はい、以後気をつけます……」
多少ご機嫌斜め三十度的な店長は言うだけ言い、さっさと店の中に入っていった。
ちょうど店内は朝の通学通勤ラッシュのせいか、レジで並んでいるお客がわんさかといたからだ。
「あははっ、ダイチ君っていつも面白いよね。天然入っててw」
外に備え付けた喫煙所で数人のバイト仲間と話していた、黒髪をポニーテールに束ねた黒いワンピース柄の女の子が僕の前に立つ。
女の子の名前はスズネ。
大学一年の19歳で僕とあまり変わらない160代の身長。
高校の頃、運動部でバレー部をしていた時期もあり、スタイルも抜群でしかも美少女。
胸もそれなりにあり、Cカップはあるだろうか。
いかん、大の大人が人様の胸をガン見するなんて失礼だな。
「何、今度はどこを見ているの? 変態にでも転職する気ーw」
「スズネ、今度は冒険物のスマゲーにハマったか」
「うん。エビエビファンタジーって最高にウケるよねw 」
「エビマヨが何だって?」
ゲームとやらに興味がなく、ガリ勉派な学生時代だった僕は駐輪場に行き、愛車の自転車に鍵を差し込むが、錆びついているせいか、中々鍵が開いてくれない。
「あーあー。ボロボロだね。たまには鍵の差し込み口に油を
そこに見かねたように歩いてきて冷静なツッコミを入れるスズネ。
スズネは未成年だから煙草は吸わないし、時期が来ても興味はないと言っていたな。
親から大事に育てられたせいか、わざわざ自分の命を削るようなマネはしたくないらしく、子供を身籠ったら胎児にも悪影響が出る。
煙草を吸うと疲れがとれると言うのも迷信で血管を一度収縮してから、血管を拡張し、血液を大量に流し込むせいで、そう錯覚させられるのだ。
スズネ自身の会話からして、一度も染めたことがないと話していた黒髪の名残のせいか、堅実で将来設計がきちんとしていた女の子でもあった。
なら、何で喫煙者と一緒に会話をしていたかって?
たまたま深夜の店員が愛煙家しか居なかったという単純なお話だった。
まあ、僕も吸わないタイプだし、吸うかどうか迷ってると答えられたら、ご自由にどうぞと言いたくなる。
マナーさえ、きちんと守ってくれたらそれでいいのだ。
「油を注すってキャネールのサラダ油か?」
「違うよ。自転車屋で販売してる自転車専用のオイルも知らないの? まあ、ホームセンターで売ってる普通の潤滑剤でもいいけどね」
スズネは僕の懐事情を知って知らずか、的確なアドバイスをする。
「所で車の免許は取らないの?」
「三十万という高額な金額を誰がどう出すんだよ? それに時間もない」
「ローン払いにして合宿免許を受ければいいじゃん?」
「そんなこと言って戻って来たら僕のバイト時間を乗っ取っていて、ここの居場所を奪う気だろ?」
「あははっ、バレちゃいましたかw」
「到底、ここの週五のバイトを譲る気はないよ」
僕は自転車の鍵を開けて、サドルに飛び乗る。
「危ないねえ。足が短いくせに26インチになんて乗るから」
「うるさいなあ。好きで選んだ車種がこのサイズしかなかったんだよ!」
「ごめん、そんなつもりじゃないよ。でも本当はつま先が地面につかないと駄目なんだよ?」
やけに保護者面をしているスズネを後にして自転車をこぎ出す。
「ねえ、ひょっとして無灯火なの?」
「そう、かつての僕にはライト兄弟の孫であったと言う噂があり……」
「それは飛行機でしょ! ライト点けないと罰金ものよ!」
「そうだな。自転車を載せた飛行機で海上を飛び立ち、バッキンガム宮殿を巡る自転車旅も悪くはないな」
「ちょっとふざけてんの! 自分も帰る時間帯だし、車で送るわよ……って待ちなさいってば‼」
待てと言われて素直になる飼い犬になったつもりはない。
僕はそのままスズネの前を素通りし、この場を去った。
それが
****
──まだ暗がりの舗装道路で、それは急に訪れた。
『パーン‼』
強烈な音を放つ後輪のタイヤ。
『プシュー、プスプス…』
それと同時に抜けていく後輪の空気。
「あー、やっちまったか……」
僕が自転車から降りて後輪を確認するとタイヤには鋭い鉄クギが刺さっていた。
もしライトを点けていれば、この存在に感づいて避けれる可能性もあっただろう。
「参ったな。いつも世話になってる自転車屋はまだ営業時間じゃないし……」
諦めかけた瞬間、少し離れた場所にほのかな灯りが点いている店舗を確認する。
よく見ると『
少々変わった店舗名だが、こんな早朝から修理ができるなら願ったり叶ったりだ。
僕は自転車を押して、その自転車屋へと歩みを再開した……。
****
「すいません。自転車のタイヤ修理はできますか?」
僕の呼び声に店の奥から出てきた、緑の歯ブラシをくわえた初老らしきおじいちゃん。
「おおう、新人の牛乳配達屋さんかい? もう今日の分の牛乳は届いておるよ?」
「いいえ、そうじゃなくて自転車の……」
「うむ。少し時間がかかるけどいいかのう?」
「お願いします」
「あい、分かったぞい」
おじいちゃんは体をプルプルと震わせながら、作業を始める。
「あの一つだけお願いしてもいいですか?」
「何なりと」
「交換するタイヤはなるべく丈夫なのを付けてもらえますか? 今付いているタイヤと同じ物で」
「それくらいお安い御用じゃ」
おじいちゃんは体を震わせ、同じメーカーのタイヤを透明な包装紙から取り出し、修理の続きに取りかかったのだった……。
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