七十話 アロリアータ学府です!

 学府の中は、縦にも横にも広く、吹き抜けの開放的な空間だった。建物の中にもそこら中に緑が生い茂るのはうっとうしくはないかとも思ってしまったが、初めて来る俺たちにとっては興奮するものだった。 


 書物の数が最も目を引いた。壁という壁はすべて本棚になっており、そこにぎっしりと本が詰まっている。吹き抜けで段々畑の様になっている上の階の本棚もすべて本だ。よくぞここまで集めたという数。見上げる首が痛くなってしまうようなずっと上の階にもまだまだ本棚は続いている。


「あれ、全部読めるんですかね?」


「読めないやつなんてないだろう?」


「いや、あんなに数があると、飾りの本だってあるんじゃないかと思っちゃうんですよ。」


ああ、時々見かけるおしゃれなカフェやら美容院やらで並べられた本の背表紙だけになっている飾りのことか。確かにそう思うのも無理はないくらいの数だ。あれをすべて読もうと思ったら、何回人生を繰り返したらいいのやら。 


 そんな、まるで絵画や映画の世界が目の前に広がっていたのだ。学府といういかにもがちがちな名前のせいであまり気乗りしなかった俺たちだったが、今はまるでアミューズメントパークに来たかのような気分である。


 しかし、とてもうるさくしてはいけないような雰囲気だ。これまた教養のありそうなエルフたちが皆黙々と書物を読み漁っていたり、何か不思議なものを観察していた。


「どうしましょう? 手の空いていそうなエルフなんてどこにもいませんけど。」


「もっと奥に行ってみよう。こういうときは偉そうな人に聞いてみるのが一番だから。」


と、俺たちは一階の奥の方へと進んで、上の階に上がる方法を探した。


 きょろきょろと周りを見渡していると


「そちらの方々、何か御用ですか?」


と声がした。


 当然びっくりした。『隠密』はまだ解けていないはずである。それなのに声をかけられたのだから、体がはね上がるくらい驚いた。心臓に悪いな。


 俺たちが振り返ったところには一人のエルフ。


「おや? 『どうして見えているんだ?』って顔をしていますね。」


エルフはここの研究員の一人であるようだが、他のエルフと違っていたのは、一人だけ変わったゴーグルをつけているということである。


 あまりデザイン的にもおしゃれとは言い難い代物だけど、これのおかげで俺たちの姿が見えたというのだろうか? 


「何か話してくださらないと、さすがの僕も困ってしまいますよ、人間さんたち。どんな用事があってこんなところをお訪ねになったのですか?」


そうだった。茫然としていた。


「ああ、申し訳ないです。すこし驚いてしまって声が出ませんでした。」


と返事をしたのはトルク。


「実は、僕たちには読めない字がありまして、それを読んでいただきたくて、こちらに参りました。」


「へえ、じゃあ声をかけた縁ですし、僕が読んで差し上げましょう。その文字とやらを見せてもらえませんか?」


「本当ですか! ありがとうございます!」


おお、意外とあっさりとことが進んだな。


 俺はカティーヌから受け取っていた例の紙切れをエルフに手渡した。


「はえ、読めないっていうもんだから、てっきり古代文字か何かの類かと思いましたよ。これはただの公用語じゃないですか。こんなところまで来ていただかなくても、誰だって読めますよ。」


え、そうなの? 俺たちが三人とも読めないから、てっきり普通の言語じゃないと思い込んでいたよ。とすると、俺たちはエルフのしゃべっている言葉は理解できても、書いてある文字は分からないってことなのか。


 それはいいのだが、気になるのは書かれている内容だ。


「紙にはなんて書かれているんですか?」


「ううんと……なんというか、分かりにくいというか、つかみどころのないことが書かれていますね。僕には内容が理解できません。」


「……? とりあえず話してもらえますか?」


「分かりました。書かれていた字だけを読み上げると


『オレは逃げられたら、王子になるんだ。横に姫がいるんだから、オレは王子になれる。そうあの鐘に認めさせるんだ。』


と、書かれてあります。」


……?? 俺が聞いてもよく分からないな。姫というのは、つまりあのリリィ王女のことだろう。しかし、彼女が隣にいるからカティーヌが王子に?


 何が書かれているかが分かっても、意味が分からない。カティーヌめ、普通に書くことはできなかったのか?


 四人の推理大会が始まった。


「これって、リリィ王女のことを言ってますよね?」


「ええ、そうでしょうね。」


「ということは、書いたのは盗賊カティーヌ・ドラヌですか?」


さすが研究員だけあって鋭いな、このエルフ。


「ああ、気にしないでください。僕はそういったことに興味がないので、告げ口することもありませんから。」


まあそうだろうけど。いかにも研究にしか興味がない感じがする。


 推理という推理が思い浮かばないまま、だらだらと考え続けていた。


「うーん、横に王女がいたら王子になる?」


「鐘に認めさせる?」


やはり意味深なフレーズばかりでよくわからない。ここで手詰まりかと思った。


 しかし、思いもよらないところから、光明が見えた。


「ああ! 私、分かったかもしれません!」

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