第126話 喧騒

 幾重にも重なった雄叫びが部屋フロア中に地響きを起こしながら反響する。誰も彼もが興奮していた。いや、あんな光景を目の当たりにして興奮しない探索者などいないだろう。


 それは正に偉業。物語の英雄が成し遂げるような功績を一人の少年が成し遂げてしまった。


 部屋フロアの少し奥、そこには綺麗に三つ首を切断されて血溜まりに倒れた階層主の姿。そしてその階層主の頭の上には悠然と一人の少年が一振の直刀を持って立っている。


「何が……」


 ただアトス・ブレイブはその光景を、一部始終を見ていることしか出来なかった。


 各パーティーに一つずつ支給していた、伝達結晶。それから発信された緊急信号を察知して、即座に発信源の元へと急いだ。十中八九、階層主が出たのだとアトスは察していた。それでなければ50階層でこの信号が出ることは無いと踏んでいたからだ。


「再出現していたか」と内心で悪態を吐き、被害を最小限に抑えるべくアトスはその場へと急いだ。


 階層主との遭遇はそれ即ち「死」を意味する。普通はしっかりと下調べをして、再出現の時期を見極める。そして再出現していた場合は、念入りな前準備を経て計画的に討伐する相手なのだ。決して、ぶっつけ本番の即興で倒せる相手では無い。


 Sランクパーティーの最高戦力が全員揃っていても、それがどれだけ難しい事か。退けられれば吉、普通は犠牲を覚悟して逃げることしか出来ない。


 今回の場合、捜索隊に選出された探索者達の練度を考えれば、全戦力が揃って挑めば勝機は十分にあるとアトスは考えていた。


 しかし現実はそれを待たずして、それこそ最高レベルである〈勇者〉の到着と同時に階層主の首は一刀両断されていた。


「意味が……わからない」


 夢でも見ているような気分だった。

 少年と階層主との一戦は異次元のレベルで展開され、助太刀をしようにも逆にそれが邪魔になってしまうような、入り込む隙が全くなかった。


 ようやく雄叫びは収まったが、それでもまだ探索者達の興奮は冷める様子がない。

 階層主の頭から降りて、一人の少年がこちらに寄ってきた。それに探索者達が一斉に群がる。


「やりやがった!こいつやりやがったぞ!!」


「おい解放者リベレイター!お前、どんな手品を使いやがった!?」


「階層主を単独撃破ってマジかよ!!」


 少年に降り注ぐ賞賛の嵐。探索者達の波に揉みくちゃにされるその少年は何処か気恥しそうで、その人畜無害さに到底階層主を倒したとは思えなかった。


 彼のパーティーメンバーも駆け寄って少年を労う。全員が歴史的瞬間に立ち会っていた。恐らく、このまま地上ウエへと戻れば少年は更にその名を轟かすことになるだろう。


 それはとても喜ばしいことに思えた。一強と呼ばれた〈聖なる覇者〉に台頭する実力者が生まれた。アトスにとっても切磋琢磨できる相手ができたことは、少し停滞気味だったパーティーの起爆剤になるだろうと思った。


 嫉妬と言った感情も少なからず芽生える。自分たちが成し遂げられなかったことをやられたのだ、悔しいと言う感情が沸き起こるのは至極当然とすら思えた。


 しかし、そんな在り来りな感情よりもアトスの胸中を黒く塗りつぶす感情が生まれる。


「テイク・ヴァール……君はいったい何なんだ……?」


 それは恐怖か、はたまた絶望か。その他諸々の言葉に出来ない感情が綯い交ぜになった気持ち悪い感覚。


 無意識に手足が震えていた。武者震いなんて高等なモノなんかじゃない。単純に怖くて仕方がない。目の前に立つ少年が得体の知れないものに見えてしまう。


 この感覚にアトスは覚えがあった。それもつい最近のことである。

 恐らく、あの時、あの場所にいた他の〈聖なる覇者〉の面々も同じことを思ったことだろう。


 ───あのローブの集団が纏っていた雰囲気と同じだ。


 頭の中が混乱する。

 直ぐにでも場を正して、細かい状況の把握に当たるべきだ。けど、それが出来そうにないくらいにアトスは放心していた。


 どれくらいそうしていただろうか。ようやく探索者達も落ち着きを取り戻し始め、少年に群がるのを止めて、今度は部屋に佇む階層主へとその興味を移した。


「でっけえな」


「これ、丸々1体を探協に持ち帰るとどんくらいの金になるんだ?」


「いや、そもそもこの巨体を持ち帰るのだけで骨が折れそうだぜ。てか、できんの?」


「さあ……?」


 恐る恐る階層主に触れる探索者達。確かに、この巨体を大迷宮から外に運び出すのは大変な作業であった。以前、階層主が倒された時は転移結晶によって運搬された。


 だが、今回の捜索隊で運搬用の転移結晶の用意などなかった。用意しているのは帰還用のモノだけで、この先のことを考えれば持ち運ぶこともしたくはなかった。


 しかし、このまま階層主の死体を放置しておく訳にも行かない。もし放置した場合は死霊アンデット化して厄介事を招くことになってしまう。


「どうしたものか……」


 ようやく思考が動き始めていたアトスはさっそく舞い込んできた問題に頭を悩ませる。

 各リーダー陣を集めて意見を仰ごうかと考えていると、アトスに一人の探索者が声をかけた。


「あの……ちょっといいですか?」


「ん?ああ……君か、テイク・ヴァールくん」


 それは今回の立役者である探索者の少年だ。彼は少し緊張した面持ちで言葉を続けた。


「簡単にですが被害の報告をしなきゃと思いまして……」


「……そうだな。お願いできるかな?」


「は、はい。僕らのパーティーから負傷者が2名。先に階層主と戦っていた2パーティーからは回復役ヒーラーが2名と、それから盾役タンク、剣士、魔術師が1名ずつ死にました……」


「そうか……報告ありがとう。そして、階層主も……」


「いえ、そんな……」


 アトスが礼を伝えると、少年は歯切れ悪く頷いた。そして、まだ何か言いたいことがあるのか躊躇った様子を見せる。それにアトスは若干の苛立ちを覚えながらも、気取られぬように質問した。


「まだ何かあったかな?」


「あっ!その、階層主の死体のことだったんですけど……」


「ああ、それはこれからどうするかリーダー陣を集めて会議をしようと思っていたんだ。

 分配の方は心配しなくていい。君が討伐したのはこの目でしっかりと見ていたし、その殆どは君の元に入る。誰も文句なんてないだろうさ。だけど、あの巨体を全員で協力して持ち運ぶことになるから少しだけ分け前は貰うよ?」


「いえ、そうじゃなくて……いや、そこら辺の話も大事なんですけど───」


 どうにも噛み合わない会話に少年は意を決したように言葉を続けた。


「───あの死体、僕のスキルで持ち運ぶことが出来るでそこら辺のことは全部任せてくれませんか?」


「……君のスキルは収納系スキルなのか?」


「は、はい!あれぐらいの大きさなら余裕で収納ができるので任せてください。素材の分配とかは上に戻ってからまた話しましょう」


「そうか……わかった。それじゃあ頼めるかな?」


「はい!」


 緊張した表情から一転、笑顔を作ると少年は階層主の元へと走って行ってしまう。そんな無邪気な後ろ姿を眺めながら、アトスはふと疑問を抱く。


 ───収納系スキルなのにも関わらず、階層主を一人で倒したって言うのか?

 仮に複数のスキルを所持していたとしても…………いや、それじゃあアリシアから聞いてた話と────。


 一つの疑問から、複数の不可解な点が湧く。しかし、その真意を探ることはアトスには出来なかった。

 思考を中断して、再び階層主の方へと視線を向ければ「おおっ!!」と歓声が起こっていた。


 少年の言葉通り、階層主がスキルによって収納されたのだ。不自然に消えた階層主。突然スペースが開けたことによる違和感の中、アトスは改めて乱れた場を収めに入った。


「よしっ!これから30分の小休憩に入る。その間にリーダー陣は集まって会議を行う!」

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