第99話 成長速度

 昼夜問わずに行われていた〈迷宮祭典フェスタ〉の準備作業も佳境を迎えていた。一週間前と比べると〈セントラルストリート〉の景観は一目瞭然だ。


 中央の広場には大きな櫓が建って、派手な装飾が施されていた。街全体にも雑多なそれでいて統一感のある装飾や出店が立ち並んでいる。

 年に一度の大イベントである〈迷宮祭典〉まで後一日。そこには祭り前独特の興奮の前兆がふつふつと満ちていた。


 しかし、そんな祭りの前日でも僕たちのする事に変わりは無かった。


 薄暗い洞窟内。頼りになるのは岩肌に不規則に埋まっている魔晄石の明かりのみ。

 不気味に赤い瞳が光った。それは獣臭い荒い息を上げて、こちらへ鋭利な鉤爪を振り抜いてくる。


「そいつで最後だ、テイク!!」


「了解!!」


 背後から聞こえてきた声に、僕は黒い短刀を構えて一足に飛び出す。襲いかかってくる鉤爪を掻い潜って、最短距離で刃を振るった。


 真っ赤な瞳と目が合う。しかしそれは直ぐに力なく光を失っていく。同時に手に肉を斬った鈍い感触が来た。

 犬頭人のモンスター〈アサルトランナー〉はそこで息絶える。


「ふぅ……」


 地面に力なく斃れたモンスターを一瞥して大きく息を吐く。そこで一旦の戦闘は終了する。

 スキル【索敵】で近くに新手が居ないことを確認して、僕は短刀にこびり付いた血を使い古した布で拭う。


「お疲れ様です、テイクくん!」


「お疲れ、テイク」


 綺麗に血が拭けたか刀身を注意深く確認していると、ルミネとグレンが駆け寄ってきた。


「二人ともお疲れ様」


 二人に労いの言葉を返して、短刀を鞘に収める。そしてお互いの安全を確認したあとは、今しがた倒したモンスターの後片付けだ。

 素材になる部位や魔石、ドロップアイテムが無いかを入念にチェックしていく。大方、死体を漁り終わると、僕は徐にその死体に手を添えた。


「───捨てる」


『スキルの発動を確認。触れた対象にステータスが存在。死体からステータスとスキルの分離、一時消去に成功。

 続けて【取捨選択】に入ります。死体を本当に捨てますか?ステータスを本当に捨てますか?』


 たった一言呟くだけで、触れていたモンスターの死体は不自然に姿を消す。それと同時に無機質な声が聞こえてきた。

 それに慣れたように答える。


「死体は捨てる。ステータスは拾う」


『選択を確認。死体はスキルの亜空間へと収納されます。ステータスとスキルを割り振ります……成功しました』


 途端に全身を妙な不快感が駆け巡る。

 以前と違い、激痛が走る訳ではなく。ただただ言葉では言い表せない、ぐずぐずと煮え切らない不快感が胸を中心にして全身に広がっていく。


 ───激痛がこないのはいいけど、これはこれで気分がいいものじゃないな。


 収まる気配のない不快感に顔を顰めながら、立ち上がる。それで今日のスキルの使用はこれが最後だと判断する。

 他のモンスターの処理をしていた二人はとっくに作業を終えて、一足先に休憩に入っていた。


 のっそりとした足取りでそちらへと向かえばルミネが心配そうに出迎えてくれた。


「大丈夫……ですか?」


「うん。前と比べれば全然平気だよ」


「ほら、水だ」


「ありがとう」


 何とか笑顔を作って、グレンから手渡された水筒を一気に呷る。


 水は常温で決して冷えているわけではなかったが、それでも水が喉を通っていく度に少し気分が楽になるような気がした。


「ふぅ……」


 大きく息を吐いて、無意識に通ってきた道を振り返る。


 現在地は大迷宮グレイブホールの第29階層。もう少しで階層の区切りである30階層へ辿り着くかといったところだった。


 グレンのパーティー加入、正式なパーティー〈寄る辺の灯火〉として大迷宮の探索を始めてから今日で一週間が経った。

 この一週間で僕達のパーティーとしての連携や結束力は一層強まり、危なげもなく探索は順調に進んでいた。


 今日の目的は第30階層への到達。

 このまま行けばあと一時間もせずに達成できそうなペースだった。

 本当に探索は至って順調だ。加えて、この一週間でステータスの方も大きく変化した。


 この前の試練で手に入れたスキル〈精神耐性〉のお陰で、ステータスを拾った時に襲われる激痛が無くなった。これによって前よりも容易にステータスを拾えるようになった。


 グレンの加入によって安定して、今までよりも深い階層での探索も可能になったことで、拾えるモンスターのステータスも高水準になってきた。これで、よりいっそう強くなることができると思っていたが、僕は一日に使う【取捨選択】の回数を増やすことはしなかった。


「……」


 理由としてはステータスを拾うことによって激痛とは別の問題が浮上したからである。その別の問題とは今も体験した『不快感』だ。

『激痛』というデメリットが無くなって、その帳尻を合わせるかのように訪れた『不快感』。それは言葉で言い表すよりも、想像以上に酷かった。


 いつも通り、2回までの【取捨選択】ならば大して気にならない。「なんかちょっと気持ち悪いな」ぐらいなのだが、3回目から立っているのもやっとのほどの不快感が襲ってきて、意識が朦朧とする。酷ければ探索を続けることもできないほどだ。


 そんなこともあってスキルを使える回数は増やすことなく。今までと何ら変わり無かった。スキルのデメリットとしても、完全には無くならず、ただ痛いか気持ち悪いかと言った違いができただけだった。


 ───本当になんなんだろ、これ……。


 改めて考えてみるが分からない。

 一難去ってまた一難。まだ僕は当分この【取捨選択】というスキルに頭を悩ませることになりそうだった。


 それでも、まだ僕はもっと強くなれる。


 そう思えばこの悩みも些細な問題に思えた。実際にこの一週間で僕は異様な程にステータスを伸ばした。

 まだスキルを知って日が浅いグレンは僕のステータスの伸びに呆然としていたほどだ。


 今の僕のステータスは数値だけを見ればレベル5のそれでは無い。

 スキルの性質上、そうなることは不思議では無い。レベルとはステータスの数値の他に、色々な不確定要素が合わさって上がるのもだ。だからそう簡単にレベルアップなんてするものでは無いという事は分かっている。だが、そうと分かっていてもその差異は異常だった。


 ───さっきの戦闘、最後の踏み込み、思ったよりも深く入りすぎてた……。


 不意に思い出すのは先程の戦闘。

 自分の思い描いていた動きとは少し乖離した、暴走してしまったような感覚。

 実際に支障は出なかったものの、その違和感は簡単に拭い去れるものでは無かった。


 それはレベルに見合わないステータスを手に入れてしまった障害なのか、はたまたただの勘違いなのか。


 ───このまま、只管に強さを求めて拾い続けていいのだろうか?


 不安という名の迷いが生まれる。

 けれど動き出してしまった歯車はそう簡単に止まろうとはしない。


「テイクくん?」


 ぼんやりと自身の掌を見つめていると、隣に座っていたルミネに名前を呼ばれる。

 反射で声のした方へ首を向ければ、そこには心配そうに瞳を揺らして、彼女が真っ直ぐに僕を見ていた。


 ───少し考え込んじゃってたな。


 周りを見ればグレンも僕の方を見て様子を伺っていた。そこで自分が、思ったよりも思考の海に夢中になってしまっていたことに気がつく。


 僕は軽く頭を振ってグズグズと考えていたことを振り払い、勢いよく立ち上がる。


「なんでもないよ。さ、探索を再開しよう」


 務めて明るく、声を張り上げて言った。

 取り繕っていることはバレているだろう。それでもルミネとグレンは何も言わずに頷いてくれた。


 一寸先は闇……とまでは言わないが、往々にして大迷宮とは暗く、そして何が起きるか分からない。

 しかし、命知らずな探索者は夢と野望を抱いて奥へと進む。


 それは傍から見れば狂気じみて見えるのだろうけれど、それが探索者という生き物だ。僕達もそんな馬鹿な生き物の一人。


 未知を既知へと変える為に、先へと進む。






 ───────────

 テイク・ヴァール

 レベル5 


 体力:2369/2369

 魔力:400/400


 筋力:3056

 耐久:2569

 俊敏:3965

 器用:1962


 ・魔法適正

 不屈の焔


 ・スキル

【取捨選択】【強者打倒】

【鑑定 Lv3】【咆哮 Lv3】【索敵 Lv3】

【短剣術 Lv2】【暴虐 Lv1】

【大地の進撃 Lv1】【堅城鋼壁】


 ・称号

 簒奪者 挑戦者 選択者

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