第79話 意思の選択

「は、ァああああああああぁぁぁッ!!」


 雄叫びを上げて、迫り来る巨大な拳に向かって跳躍した。

 構えた短刀を思い切り振り抜いて、拳を迎え撃つ。しかし、圧倒的な膂力と質量によって僕の一振は巨人の拳を切り裂くことは出来ない。


「くっ………!!」


 それでも何とか拳を弾き飛ばして、地面に着地ができた。


 初めて遭遇する一つ目の巨人は大きくよろめく。被害は今のところない。けれどそれも時間の問題だろう。

 その場はまさに阿鼻叫喚だった。


「うわぁああああああああぁぁぁ!!!」


「やだぁあああああ死にたくないぃぃぃい!!」


「落ち着いて!!みんな一箇所に集まるんだ!!」


「助けてよぉぉぉおおおおお!!!」


 無数に響く子供の叫び声。四方八方に逃げ回る彼らに僕の声は届かない。

 子供たちを支配するのは恐怖だけ。統率なんて取れるはずもなく。しかして、彼らの目指す先は同じだった。


 それは僕の背後にあるもう1つの部屋への入口となる扉だ。


 ───そこから部屋の外へと出れば目の前のモンスターから逃げることが出来る。


 錯乱状態ながらも子供たちはそう思ったのだろう。しかし、扉を前にした数人の子供たちは直ぐに絶望へと落とされる。


「と、扉が開かない!?」


「な、なんでだよぉぉおおおお!?」


「開け!開け!開け!開け!!!」


 押せど引けど、叩けど蹴れど、その扉はビクともせず。一向に開こうとしない。

 直ぐに、扉の方へと駆け寄り僕も手をかけるがやはり動かない。


「閉じ込められたか……」


 この部屋から出ることは不可能だ。恐らく、あの男が仕組んだことなのだろうと言うことは分かりきっている。


 ならば助かる道は結局一つだ。


 ───目の前のモンスターを倒すしかない。


 大きく仰け反っていた巨人は既に体勢を直して、僕───いや、周りを逃げ惑う子供たちを注視している。


 注目ヘイトは完全に子供たちだ。何とかしてそれを僕に持ってきて、無作為に逃げ惑う子供たちを一箇所に集めたい。これじゃあ全員助けたくても、不可能だ。


 ───それでも……!


 再び巨人に向かって飛び出す。

 まずは巨人の注目ヘイトを集める。


「こっちだ!!」


 巨人の目の前へと躍り出て、僕は奴の足を攻撃する。刃は異様に硬い皮膚で弾かれるが、注意を引くぐらいの効果はあった。


「グフ?」


 巨人がのギョロ目がこちらに向く。咄嗟に走り出して、子供たちが極力いない場所へと駆け込む。


 移動の中、巨人をスキルで鑑定する。

 そして、視界に映った巨人のステータスに驚いた。


 ─────────────

 蒼き絶望の巨人デスペア

 レベル7


 体力:2???/2???

 魔力:0/0


 筋力:2?6?

 耐久:?5?2

 俊敏:???

 器用:296


 ・魔法適正

 無し


 ・スキル

 【暴虐 Lv2】【大地の進撃 Lv2】

 【鋼鉄 Lv3】【自然治癒 Lv1】


 ・称号

 希少個体ユニーク 闇の使い魔

 ─────────────


「道理で刃が素直に通らないわけだ」


 それは以前見た〈魔龍〉と同じレベル7。スキルのレベルが上がったお陰か、〈魔龍〉の時と比べて全てのステータスが見えないと言うことはなかった。しかし───


「中途半端に見える所為で少しの希望も踏み潰される感覚だ」


 ───これは想像を絶する強さだ。所々の数値は欠けているが、それでも目の前の巨人は今まで戦ってきたモンスターの中で一番強い。


 ───勝てるか?


 頭の隅にそんな疑問が浮かぶ。無意識に出てきたそれは今一番疑問に思ってはいけないことだ。


 巨人の拳が再び振り落ちてくる。今度はそれを全速力で走って躱す。辺りに子供たちはいない。その拳で誰かが死ぬことは無い。


「「「うわぁあああああ!!」」」


「「「きゃぁあああああ!!」」」


 しかし、巨人の拳が床に直撃した瞬間に辺りに一際大きな悲鳴と、地鳴りが響く。

 それは巨人の一撃で生じた衝撃。容赦ない振動が子供たちを襲う。


 足腰の弱い子供では立っていることは不可能。部屋中の子供たちが一斉に地面に伏した。


 ───まずい!!


 焦ったところでもう遅かった。いつの間にか巨人の注意は僕から逸れて、眼下に平伏した子供たちへと向く。


 ゆっくりと大きな掌が子供たちへと近づく。巨人はひと握りで5人の倒れた子供たちを掴み取ると自身の一つ目の前まで持っていった。


「いやぁああああああああぁぁぁ!!」


「やめろ!!離せよ!!」


「死にたくない!死なたくない!死にたくない!!」


 不気味な一つ目に見られた子供たちは泣き叫ぶ。僕は急旋回して巨人の方へと接近する。


「その子たちを離せ!!」


 一気に跳躍して巨人へと肉薄して見せる。あと少しで短刀の刃が子供たちを捕らえる掌へと届く。その瞬間だった。


「「「あがっ────!!」」」


「えっ………?」


 目の前の掌がキュッと握られると、視界に鮮血が飛び散った。

 まるでトマトを握りつぶしたような光景に、僕は、一瞬何が起きたのか理解が遅れる。


 そして、呆然とする僕を見て巨人はニタリと気持ちの悪い笑みを浮かべたような気がした。


「ッ────!!」


 その表情はどこか見覚えがあり、無性に怒りが込み上げてくる。

 どこで見た顔だったろうと、無意識に記憶を辿れば直ぐに答えは出た。


「お前ッ───!!!」


 それはこのモンスターを呼び出した小太りの男と瓜二つなのだ。

 僕は勢いのままに、巨人の一つ目に短刀を突き立てる。


「グフフッ!」


 しかし、僕の刃が届く前に巨人の掌が僕に襲いかかった。まるでハエを叩くように地面へと叩きつけられる。


「か、はぁっ!!」


 死角からの攻撃に受身は間に合わず、そのまま勢いよく床に落ちた。全身に激痛が走る。肺に溜まっていた空気が全て吐き出て、苦しい。


 スキル【堅城鉄壁】のお陰で体の形は何とか保てている。けれど、それだけ。今の一撃だけで僕の体は瀕死に陥ってしまう。


 ───なんて威力だ……!


 油断していた訳では無い。相手の力量を見誤っていた訳でもない。だが、それでも目の前の巨人の強さは予想外で異常だった。


 直ぐに立ち上がろうとするが身体は言うことを聞こうとしない。小刻みに痙攣をして、ただ地面を見つめることしか出来ない。


 せめて、声を出して子供たちに声をかけようとするが、それすらも上手くできない。


「逃げ……みんな───」


「「「うわぁああああああ!!!」」」


 言葉を遮られるように甲高い悲鳴が響く。

 何とかその声がする方へと視界を向ければ、そこには地獄が広がっていた。


「グフッ……グフッ……グフフッ!!」


 奇妙な巨人の声と、一つ、また一つとトマトのように潰される子供たち。


「や、やめろ───」


 宙に、壁に、床に、無数の血が爆ぜた。


「やめてくれ───」


 懇願するが巨人は止まらない。

 不意に、目の前にべチャリと何かが落ちた。視界が赤く染って、そのぐちゃぐちゃに崩れた何かに僕は目が離せなくなる。


 それが中途半端に巨人に握りつぶされた子供だと気がつくのに、かなりの時間を要した気がする。


「ッ─────」


 無意識に、強く奥歯をかみ締めた。


 ───ふざけるな……。


 腹の奥底から何かが湧き上がる。

 それは怒りだ。

 何に対する怒りか。


 自身の無力さにか?

 あの小太りの男に対するものか?

 それとも目の前で楽しそうに殺しを行う巨人に対してか?


 ───全部だ……。


 悔しい、情けない、腹が立つ、何も出来ない無能な自分が恨めしい。

 どうして自分はこんなところで地面を這って、ただ見ていることしか出来ない?


 ───分からない。


 絶叫が響いては、また一人、また一人と、子供が殺されていく。だらりと真っ赤な血を流して、跡形もなく、ただの肉塊になって死ぬ。


 ───もう、分からない。


 自分は何のために戦っていたのか。

 こんな光景を見るためだったのだろうか。

 これだけ頑張っても助けられないのか。

 モンスターを倒す力があるというのに助けられないのか。


 ───なら、この力はいったい何のためにあるんだ?


 やはり、分からない。考えても、分からない。頑張っても、分からない。

 何かが崩れていく音がする。視界がどんどん色褪せて、思考がどんどん霧散していく。


 また一人殺された。


 ───もう、なんだかどうでもよくなってきた……。

 結局、何も助けられなかった。何のためにここまで頑張ったのか分からなくなった。疲れた。もう助けたくても助けられない。


 黒い何かに支配される。

 深く沈み込むように、僕を追い詰める。

 この感情をなんと言っただろうか。


 ───僕には理不尽を打ち破ることはできない……。


 それは絶望。

 その瞬間に僕の心は完全に折れてしまう。


『テイク、大丈夫?』


 なのに、不意にそんな懐かしい声が聞こえた。


「ッ!?」


 それは幻聴だ。そうだと分かっていても反応できずにはいられなかった。

 とても懐かしいその言葉。あれはいつのことだっただろう?



 小さい頃は泣き虫だった。

 よく、近所にいたいじめっ子達の標的にされて、嫌がらせを受けていたのを覚えている。


 反撃をする度胸なんてなくて、いつもやられっぱなしでただ泣くことしか出来なかった。一人では何もできないし決断もできない、うじうじとした子供だった。


 ───そうだ。あの時も……。


 僕は数人の子供たちに囲まれて、難癖つけて袋叩きにされていた。

 ただ地面に踞ることしか出来なくて、反撃なんてもってのほか。息を潜めるように泣いて、その理不尽が終わるのをただ待っていた。


 そんな時にその声が聞こえてきたのだ。


『テイク、大丈夫!?なにしてんのよアンタたち!!』


 颯爽と彼女は僕の前に現れて、そして、どんなに不利な状況でも、僕に降り掛かる理不尽を打ち砕いてくれるのだ。


 決まって、彼女に助けられた僕は酷い泣き顔でこう言った。『助けてくれてありがとう』と。だけど彼女は「それが当然だ」と言わんばかりの笑顔で言うのだ。


『テイクは私が助けてあげる!!』


 そして彼女に助けられた後は、いつものように二人で一緒に探索者のいる酒場へと向かう。

 勢いよく手を引かれながら僕はいつも彼女の背中を眩しく見ていた。

 カッコよくて、頼もしくて。そんな彼女を見る度にこう思った。


 ───いつか僕も彼女のように、誰かの理不尽を、恐怖の中から助けられるような人になりたい、って。



 そこで懐かしい記憶は途切れる。

 とても懐かしくて、情けない記憶。けれど、それは大事な記憶で、僕の原点になった記憶だ。


「───そうだ……」


 なのにいつの間にか忘れていた。

 だけど今この瞬間に思い出すことが出来た。


「───僕の憧れていた人は、こんな状況でも諦めない。絶望なんかしない───」


 死んでしまった人は生き返らない。だけど、だからと言って全てを諦めるにはまだ早い。まだ助けられる命があるのならば、全力で、力の限りそれを助けるだけだ。


「───僕が隣に立ちたい人はそういう人だ」


 それは弱きを助け、どんな理不尽をも打ち砕く、英雄のような存在。

 そんな彼女に憧れた。そんな彼女の隣に胸を張って並び立ちたい。ならば自分は何をするべきか。


 ───この力は何のためにある?何のために欲した?


 それはあの少女に追いつくため───そして幼い頃の自分のような、理不尽に苦しむ人を助けるために。


「そのために使う力だッ!!!」


 勢いよく立ち上がって叫ぶ。

 それはこれまでの全ての迷いを吹き飛ばす選択だ。


 ───もう、迷わない!


 そう決意したと同時に僕は久方ぶりにその声を聞いた。


『揺るがない意志の選択を確認しました。〈試練〉がクリアされました。これによりスキルの一部制限が解除されます。成功報酬が与えられ────』


 それは〈神の啓示〉か、あるいは〈天啓〉だ。

 無機質な声はまだ何か言葉を続けていたが、今はそれを悠長に聞いている暇はなかった。

 僕は一足に、依然として虐殺の限りを尽くす巨人へと肉薄する。


「ッ───!」


 不思議と、今まで感じていた全身の痛みや、気だるさは消え失せていた。

 これが気の所為なのか、はたまた〈試練〉の成功報酬のお陰かは分からない。けれど、どちらにしろ好都合には変わりない。


 黒の短刀を構えて、僕は強く決意する。


「僕はお前をする!!」


『スキル【強者打倒】の発動を確認。捨てるステータスを選択してくだい』


「魔力以外のステータス全部、1000ずつ持っていけ!!」


『選択を確認。スキル【強者打倒】を発動します』


 選択と同時に全身に一瞬だけ不快な虚脱感が訪れる。しかし、直ぐにそれは活力へと変化して、全身に力が漲った。


 巨人の掌が子供へと振り落ちる。それを僕は一振で切り落とした。


「………」


「グフッ!?」


 鮮血が舞う。それは子供のものではなく醜い巨人のモノ。目を見開き、驚愕する巨人に僕は追撃する。


 ───無駄な時間をかけている暇は無い!


 数倍に跳ね上がった能力値は、疾うに巨人を上回り。奴はこちらの動きについてくることは出来ない。


「は、ぁああッ!!」


 一つ。瞬きのうちに両足を切断する。


「グフギャァ!?」


 無様な声を上げて巨人は転倒しようとする。そのまま倒れれば辺りにいる子供たちを巻き込んでしまう。


 ───それは却下だ。


 二つ。倒れ落ちてくる巨体を飛んで迎え入れて、乱雑に短刀を振るう。


「終わりだ」


 腕、指、肩、腹、胸、肘、腿。適当に飛び込んできたモノを肉塊へと変えていく。

 数秒と経たずにそれらは粉々になって、そこに残ったのは巨人の大きな頭だけ。


 辺りに血の雨が降る。子供たちに被害は無い。助けられたのは5人。その他はもう姿形も残っていやしない。


「───ごめん……」


 天を仰ぎ、僕は謝る。

 後悔は絶えない。もっと速く動けていれば───と、自分を呪う。

 しかし、懺悔をするには早い。まだ全て終わった訳では無いのだ。


「君たち───」


 思考を切りかえて、僕は生き残った子供たちの元へと寄る。そして、子供たちを扉の前まで移動させて簡潔に事情を説明する。


「僕はまだこれからやることがあるんだ。申し訳ないんだけど、少しここで待ってもらえるかな?」


「「「「……」」」」


 僕の言葉に子供たちの返事は無い。しかし、ただ一人、虚ろな目をした少年だけが僕を見て頷いた。一人だけでも返事が返ってくれば十分だった。


 僕は魔を帯びた声で言葉を紡ぐ。


「守れ」


 瞬間、子供たちの周りを炎の渦が包む。

 子供たちはその炎に怯えるが直ぐにそれが熱くないことに気がつく。それは思いつきで作ってみた炎の防壁だ。


「それは僕の魔法だよ。多分モンスターはもう出てこないけど、念の為にその炎の中で待っていて」


 このまま子供たちを野ざらしにするよりは、こっちの方が何倍もマシだろう。この部屋には見たくないものが多いだろうし、目隠し的な意味もある。


「それじゃあ、ちょっと待っててね!」


 既に姿の見えなくなった子供たちに最後に一言そう言うと、僕は部屋の奥の扉へと走り出す。その途中で部屋の中央に転がっていた頭を捨てるのを忘れない。


『スキルの発動を確認。触れた対象にステータスが存在。死体からステータスとスキルの分離、一時消去に成功。

 続けて【取捨選択】に入ります。死体を本当に捨てますか?ステータスを本当に捨てますか?』


「死体は捨てる。ステータスは拾う」


 これまた久しぶりに聞いた文言に僕は自然と答える。同時に訪れるであろう激痛に備えるが、いつまで経っても激痛は訪れない。


「……なんで?」


 疑問が浮かぶが、考えてる余裕もない。僕は直ぐに疑問を振り払う。

 スキル【索敵】を発動させて、目的の反応がないかを探す。


 ───これなら間に合う……!


 スキルのレベルが上がったのか、いつもより広く張り巡る感覚は、直ぐに目的の反応をキャッチした。


 そして僕は男が逃げた扉の先へと向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る