第1話 地獄の日々
探索者とは世界に突如として出現した
世界に3つ存在する大迷宮。
そこには凶悪なモンスターが跋扈しており、その反面、貴重な鉱石や財宝が眠っている宝の宝庫でもあった。
そのどれもが完全踏破されておらず、その下が何処まで続いているのかは未だ分かっていない。
死と常に隣り合わせにある大迷宮。けれども探索者はそんな危険地帯へと赴く。
その理由は金目当てであったり、英雄願望であったり、未知への探究心であったりと様々だ。
この僕、テイク・ヴァールも一つの約束───夢を叶えるために探索者になり、仲間と共に大迷宮へと足を踏み入れた。
大迷宮が出現してから、探索者とは人々にとって英雄的存在であり、憧れの象徴であった。「いつか大きくなったら自分も探索者になって、大きな偉業を成し遂げるのだ」と夢を見る少年少女が多くいる。
僕も小さい頃はそんなことを毎日のように考えていた。
けれども現実とは非情で、そんな夢を叶えられるのは力を持った選ばれたほんのひと握りだけ。夢や希望のある職業に思えて、実際はそんなものとはかけ離れた地獄のような世界が大迷宮には広がっていた。
「昔からの夢だったから」とか「憧れだったから」とかそんな気持ちだけで軽々しくなっていいものではなかった。
力のない者が高望みをして飛び込んでいい世界ではなかったのだ。
この業界での弱者とは約立たずで、利用価値がなくて、無意味な存在として虐げらる。
それに気がついたのは探索者になって1年が経とうとしていた時だった。
初めは良かった。まだ夢や希望なんかを忘れず、これから待ち受けている大冒険の数々に胸を踊らせたものだ。
同じ志を持った、気の合う新人同士でパーティーを組んで大迷宮へと潜り、様々な挫折や成功を経験して探索者として成長していく。
探索が終われば仲間と酒場に向かって、その日起きたことを大声を出して笑いながら酒を飲み交わす。
そんな思い描いていた日々が僕にも待ち受けているとばかり思っていた。
けれどもそんな夢物語は一度たりとも訪れはしない。
運良く、スキルを発現することができた僕だが、その発現したスキルは全く使い道の分からない所謂ハズレスキルだった。
【捨てる】
それは、手に触れたゴミを一定回数、どこかへ消し去ることが出来るという何とも単純なものだった。
最初はスキルの発現に大喜びして、どんなに意味のわからないスキルでも使いようによっては自分は探索者として十分に戦えると思っていた。
けれどもどれだけ試行錯誤してもこのスキルの使い道は全くなかった。
手に触れたゴミを消し去ることが出来る。なんていつ使いどころがあるというのだろうか。
しかも実際に消せるゴミの大きさは自分の手に収まる大きさのものだけで、せいぜい紙屑や石ころを消すだけで精一杯だった。
ならばと自分自身が強くなって、戦闘面で大きく活躍すればいいと考えたが、僕には戦う才能もなかった。
ここまで才能がなければ普通は探索者になることを諦めるだろうが、バカな僕はそれでも諦めたくなくて見苦しく探索者を続けるために藻掻いた。
そんな僕に残された道は
荷物持ちから、道具の仕入れ、大迷宮での素材採取に、ドロップアイテムの換金。これだけならまだ普通のサポーターの仕事の範囲内だ。
しかし、僕を入れてくれたパーティー〈紅蓮の剣戟〉のサポーターの仕事内容はこれらの他に、パーティーメンバーの身の回りの世話というものがあった。
個人の部屋の掃除や、何か個人的に欲しいものがあればパシリとして買いに行かされ、何かムカついた事があれば殴られ罵倒された。探索とは全く関係のないことまで要求された。
その上、サポーターということもあり稼ぎの取り分は最低限しか貰えない。
まさに地獄の職場環境だった。
それでも僕は文句を言わず6年間という長い期間、そのパーティーでサポーターとして働き続けた。
理由は一重に彼女との約束に───自分の夢に少しでも近づくため。
なまじ探索者として実力のあった〈紅蓮の剣戟〉は、創設6年目にして迷宮都市ディメルタルでも両手で数える程しかいないAランクパーティーとして実力を認められ、それなりに有名な存在となっていた。
そのためこのパーティーにいればいつかは彼女と同じ高みへたどり着けると思っていたのだ。
しかしその希望も今、完膚なきまでに叩き潰された。
「テイク、お前今日でクビな」
「……えっ」
Aランク昇格祝いをするために訪れた大衆酒場〈今生亭〉にて突如、パーティーリーダーのジルベールから通告された一言。
それに僕は一瞬、何が起きたのか理解するのが遅れる。
そんな僕の間抜けな反応を見てジルベールは大層整ったその顔を歪ませて、大きくため息を吐いた。
「聞こえなかったのか約立たず?お前は今日でこのパーティーを追放だって言ったんだ。二度と俺たちに近づくなよ」
「な、なんで急にそんなこと……ぼ、僕なにか気に入らないことしちゃいましたか!?」
「急にだあ?何を勘違いしてるんだ?元々お前はクビにする予定だったんだよ!」
「…………は?」
未だ理解の追いつかない頭でなんで急に自分をクビにするのか尋ねるが、ジルベールから返ってきた返事はさらに意味のわからないものだった。
「も、元々……ですか?」
「そうだ!俺は元々お前をずっとこのパーティーに入れておくつもりはなかったし、元々お前なんかいなくても問題なんてまったくないの。誰が好き好んでお前みたいな無能をずっと置いておかなきゃいけないんだよ」
「…………」
ゴミでも見るかのようなジルベールの瞳。
ジルベールの言葉に僕は何も言い返せない。
さっきからジルベールの言っていることが分からない。
ジルベールの周りにいるパーティーメンバーに助けを求めるが、彼らは僕と目が合うとバカにしたように笑ってくるばかりだ。
状況の理解が全然追いつかない。いや、追いつかないというよりかは理解したくなかった。
「珍しいスキルを持ってると思ったら使い道が皆無のハズレスキル。ステータスも最低値で雑用以外にできることが何もない。唯一できる雑用も要領が悪くて大して使い物にならない。むしろ、6年間もお前をこのパーティーに置いておいた俺に感謝して欲しいもんだな!」
せいせいすると言わんばかりにジルベールはこれまでの鬱憤を吐き出す。
「…………」
6年間も奴隷のようにこのパーティーに尽くしてきた。どんなに辛い暴力や罵詈雑言にも耐えて、身を粉にして彼らの為に働いてきた。
それなのにこの仕打ちはあんまりだった。
今まで頑張って耐え抜いてきた6年間はなんだったのか意味が分からなくなってくる。
「さ、わかったならさっさと消え失せてくれ。お前の辛気臭い顔なんてもう二度と見たくないんだ」
茫然として何も言えない僕に、ジルベールは羽虫を追い払うかの如くシッシッと手を払ってくる。
どうやらジルベールは冗談でもなんでもなく、僕を本当に〈紅蓮の剣戟〉からクビにするらしい。
「い、いままでお世話になりました……」
僕を嘲笑う彼らを見てようやくそれを理解すると、足は勝手に酒場の出口へと動き出した。
しかし、それをジルベールは呼び止めるとこんなことを言い始めた。
「ああ、ちょっと待て。今までの迷惑料として持ち金とお前が着てる装備全部置いてけ」
「え…………」
「なんだ、文句あんのか?」
煮え切らない僕の反応にジルベールは睨みを聞かせてくる。
文句も何も意味のわからない話だった。
確かに迷惑をかけてきたかもしれないけれど、だからと言ってなんで金と自分で買った装備まで置いていかなければならないのか。
それでも僕にジルベールの要求を拒否する度胸は無くて。ただ言われた通りに行動するしかできない。
「どうぞ……」
「んだよ、お前全然金持ってねぇな。こんだけじゃあ今日の飲み代で全部消えちまうじゃねえか…………まあいいや、んじゃさっさと消えてくれ」
「はい……」
そうして身ぐるみを剥がされ一文無しになった僕は大衆酒場を後にした。
背後からジルベール達の僕をバカにした笑い声が聞こえてきて、僕は自分がとても情けなくなった。
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