第275話 白羽の矢

 知らぬうちに、キラリに無礼を働いてしまってのではないかと明後日の方向へ思考を暴走させたサムライは、土下座謝罪を決行しようとして、すかさずミフネに止められた。

 カザンの行動を読んでいたミフネは、ニコ顔を崩さないまま、注意深くカザンの様子を観察し、カザンの目に決意の光が宿った瞬間に「待った!」をかけたのだ。

 のほほんとしているように見せかけて、実は優秀な営業人なのだろうなと思わせる、機を逃さない行動だった。


「突然の意味不明な土下座は、キラリを怯えさせてしまう恐れがあるので、ご遠慮くださいねー?」

「む…………」


 腰を落としかけていたカザンは、ミフネのまったりした制止を聞いて、「それは、いかん」と滑らかな所作で姿勢を正した。カザンは、「ならば一体、自分はどうするべきなのか?」と縋るような問いかけの眼差しをミフネに送る。

 ミフネはひょうひょうとした態度で、おそらくわざとそれを受け流し、特定の誰かではなく、この場にいる全員に向けて、ゆるっと話を続けた。

 おやつの行末が気になって仕方がないにゃんごろーも、カザンに釣られてミフネへと視線を流し、そのままお耳を傾けた。


「ほら? ただでさえ、脱線が多い一同なわけじゃないですか?」


 繋がっているような、繋がっていないような、それでいて実は繋がっているお言葉だった。

 ある者は「うんうん」と同意を示し、ある者は「はて? 何のこと?」と首を傾げた。


「このまま、ここで、おやつの調達を待っていたら、時間が押して、魔法制御室の見学をする時間が足りなくなって、延期になっちゃりするかもしれないじゃないですか?」

「えええええ!?」

「おやつなんていらないから、サクッと進めましょ!」

「お、おやつより、け、見学が、したいです!」

「え? あ? はぅ? け、けんりゃく、おやちゅ…………。う、ろっちか、んにゃ、ろ、ろっちも、うぅ。あ、う? にゃ? う? にょ? みょ?」


 ミフネが、ごもっともな意見を述べると、まずお豆腐子ネコーが「それは、困る」と叫び声を上げ、姉妹ネコーたちがこぞって「おやつなしで見学続行!」の意を表明した。それを聞いたにゃんごろーは、プチ恐慌状態に陥った。魔法制御室の見学はしたいが、おやつも食べたいからだ。どちらか一つしか選べないなんて、そんな殺生な!――――と叫びたいところだが、そんな言葉は知らなかった。今の自分のお気持ちをどう表していいのか分からないにゃんごろーは、壊れた子ネコー人形になった。もっふもっふと右へ左へお手々を動かし、困惑の気持ちが籠っているだけの、ただの単語を巻き散らすだけの、壊れた子ネコー人形になってしまった。

 混乱している子ネコーの姿に動揺して、カザンも取り乱した。遠目には、スッと背筋が伸びた、いつも通りのクールなサムライに見えるが、近くでよく見ると眼球が忙しなく動き回っている。


「わ、私は、どうすれば……!? にゃんごろーのために、おやつを用立てればキラリが悲しみ、キラリのためにおやつを諦めれば、にゃんごろーが悲しむ。双方を幸せに出来る道は、どこかにないのか!? 私は、どうするべきなのだ!?」

「あ、カザンさんは、本当にお好きにしてもらって、いいですよ? カザンさんがいなくても、マグさんさえいれば、見学会は問題なく続行できますし。用立てていただいたおやつは、ほら、別に魔法の通路の中でいただかなくてもいいじゃないですか? おやつタイムは、見学会の後でもよいのでは?」


 クールに取り乱すサムライの苦悩を、ミフネは容赦なく切り捨てた。かなり身も蓋もないセリフに、さすがのカザンも鼻白む。二の句が継げないようだ。

 にゃんごろーはといえば、まだ壊れた人形のままだった。ミフネの言葉も、お耳を素通りどころか届いてすらいなさそうだ。そんなにゃんごろーを、キラキラ姉妹は「あらあら」と、マグじーじはオロオロと、長老は「にょほにょほ」笑いながら見守っている。クロウは、「あーあ」という顔をしつつも記録者としても使命を全うしていた。

 サムライの無力化に成功したミフネは、壊れた子ネコー人形を見て「ふむ」と首を傾げると、クロウに目配せを送った。すぐに目線に気づいたクロウは、苦笑と共に頷いて、前に躍り出る。「ちょいと、ごめんよ」と姉妹ネコーの脇をすり抜け、クロウはお豆腐子ネコーの頭をツンツンと突いた。

 後はもう、にゃんごろーさえどうにかすれば、問題は解決なのだ。

 主催者兼進行役であるマグじーじの足止めは成功している。となれば、後はにゃんごろーに、「おやつは見学の後で」を納得させれば、それでいいのだ。

 しかし、壊れたままの子ネコーを説得するのは面倒…………荷が重いな、とミフネは考えた。

 そこで、にゃんごろーの助手であるクロウに、白羽の矢を立てたのだ。

 面倒ごとを丸投げした、とも言う。

 どちらかといえば後者だろうな、と思いつつも、クロウはその役目を引き受けたのだった。


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