第188話 にゃんごろー助手
「にゃんごろー、ちょーろーのかわりに、マグりーりのおてちゅらいを、しゅる! にゃんごろー、マグりーりの、りょしゅになりゅ!」
それが、にゃんごろーの思いついた提案だった。
マグじーじがお返事をする前に、もふもふちょこちょこと足を動かし前に進み出たにゃんごろーは、マグじーじの隣に立つと、みんなの方へ向き直った。それから、「むっふん」と胸を反らす。
とてもいいことを思いついてしまった、と子ネコーは自画自賛していた。
実を言うと、盛り上がる三にんのことを、ちょっぴり羨ましく思っていたのだ。
にゃんごろーも、お話に加わりたかった。
でも。
お客さんであるキララたちと一緒に並んでいるのに、説明に口出しをしてマグじーじの晴れ舞台の邪魔をするのは良くないと、子ネコーなりに真面目に考えて遠慮してしまった。
かといって、協力者として散々聞かされたお話なのに、キララたちに交じって、今さら質問やら感想やらを言うのもおかしなことのような気がしたのだ。
だけど、これならば。
戦線離脱した長老の代わりが出来て、助手として大手を振るってマグじーじの説明のお手伝いが出来る。
一石二鳥の妙案だった。
もちろん、マグじーじに異論はない。むしろ、大賛成だ。
「うむ、うむ。では、続きは、青猫号見学の先輩として、にゃんごろーにも手伝ってもらうとしようかのー。キララちゃんとキラリちゃんも、それでいいかの?」
「もちろんです! がんばってね、にゃんごろー!」
「は、はははは、はい」
お客様である姉妹ネコーの方も、特に異論はないようだ。
しっかり者のキララは、お姉さんネコーとして弟分ネコーを見守るような眼差しだ。
恥ずかしがり屋のキラリの方は、自ら率先して前に進み出て、助手役を買って出たにゃんごろーを称賛しているようだ。
「うむ。では、説明を続けるとしよう。次は、青猫号のお仕事についてじゃ。青猫号のお仕事が何か、にゃんごろーは知っておるな?」
「はい! まじゅーを、やっちゅけりゅこちょ、れしゅ!」
「その通りじゃ。魔法を使う危険な獣、魔獣を退治するのが、青猫号のお仕事じゃ。それから、もう一つ。世界中に眠っている、ありとあらゆる魔法に関係することを調査……調べることも、青猫号のお仕事なのじゃ。どっちも、基本的には、青猫号の外へお出かけするお仕事じゃの。さて、ここで、じゃ。青猫号で働いている者のことを、クルーというのじゃが、魔獣をやっつけたり、魔法のことを調べたりするために、お外でお仕事をするクルーたちのことを、なんというじゃったかな? にゃんごろー助手?」
「はい! しょらねこ、クリュー!」
「うむ。その通りじゃ」
大きな声でハキハキと元気よくマグじーじの質問に答えていくにゃんごろー。そのお顔は、誇らしげに輝いている。なかなかの名助手ぶりだ。ちゃんとマグじーじのお手伝いが出来ていることが純粋に嬉しい。でも、それだけではなかった。
『にゃんごろーは、今。長老の代わりをしているのだ!』
――――そんな気持ちが、絶えず胸の奥にあって。
それが、にゃんごろーの中にある、何かを擽るのだ。擽られて、むず痒いような誇らしさが込み上げてくるのだ。込み上げてきた誇らしさは、小さな体の中だけに収めておくことは、とても出来ない。収めきれない擽ったい誇らしさは、もふ毛の先からお空に向かって飛び立って行く。
マグじーじは、キラキラと輝くお顔で助手という大役を立派にこなしているにゃんごろーを見下ろし、満足そうに頷いた。素晴らしい助手の働きを無駄にしないように、最後まで気を抜かず、説明会を無事成功させねば!――――と気合を入れ直す。それから、マグじーじにとっての本題である海猫クルーの説明をしようと張り切って息を吸い込んだら、にゃんごろーがもふっとお手々を上げた。さっきまで自分が立っていた場所……の後ろに立っている二人に、もふビシッとそのお手々を向ける。
「しょれれね! しょこにいる、ニャニャンしゃんととクリョーはね! いま、おはにゃしにれちぇきちゃ、しょらねこクルー、なんらよ!」
子ネコー姉妹は釣られたように、にゃんごろーのお手々の先へとお顔を動かした。そこには、カザンとクロウの二人が立っている。
ちなみに、“ニャニャンしゃん”とは、カザンのことである。発声魔法の上達により、ちゃんとお名前を呼べるようになったにゃんごろー。キラリのために、発声魔法の上達ぶりをご披露するのは諦めたのだけれど、お名前だけはちゃんと呼ぼうと密かに決めていた。けれど、カザンとクロウだけは例外だった。カザンの方は、本人からのたっての希望で、今まで通りの“ニャニャンしゃん”呼びが続行されることになっていた。クロウについては、『クロウだから』という謎の子ネコー理論により、“クリョー”呼び継続されていた。
さておき。
子ネコーの思い付きにより、打ち合わせにない紹介を受け、突然注目されることになった空猫クルー二人。
その一人であるクロウは、曖昧な笑みを浮かべながら、姉妹に向けてひらりと片手を振った。今日は仕事としてこの場にいるので、青猫号の仕事着を着ている。スッキリしたシルエットの濃紺のインナーに、背中に青猫が描かれた薄水色のジャケットを羽織っていた。
もう一人の空猫クルーであるカザンは、東方にある和国出身のサムライでもあった。長い黒髪を、頭の高い位置で一つに結わえている。カザンは、休暇中であるにもかかわらず、仕事用のインナーを着用していた。ただし、その上に羽織っているのは、白い筋が入った藍色の羽織だ。それは、休暇の際の、カザンの定番ファッションだった。緊急時にも、上着だけを着替えればすぐに出動できるというのが、その理由だ。
そのカザンは、優しい微笑みで姉妹からの視線に応じていた。いつもはキリリと涼やかな目元が、ほんのりと緩んでいる。にゃんごろーに紹介されて、子ネコー姉妹の注目を受けていることに喜びを感じているようだ。それは、普段あまりお目にかかることがない、子ネコー限定と思われる貴重な笑みだった。人間の女性ならば、頬を染めて、俯いたり熱視線を送ったりしそうな笑みだ。けれど、子ネコー姉妹にはさして響かなかったようだ。
ふたりは、「へぇー」と普通に感心し、クロウとカザンの二人を平等に眺めていたが、空猫クルーの二人からは追加の説明がないのだと察すると、あっさりと前に向き直った。
こうして。
カザンの珍しい微笑みに搔き乱されることなく、青猫号の説明は、海猫クルー編に突入しようとしていた。
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