第150話 モダモダの呪縛

「ごみぇんね、キラリャ」

「んん? なにが?」


 突然、もふりと頭を下げて小さく丸まったにゃんごろーに、キララは不思議そうなお顔を向けた。クリクリのお目目をパチパチしている。


「ちょーろーが、はじゅかしいおもいをしゃせちぇ。キララだって、はじめちぇの、おちょにゃのおみせにゃのに……。こんにゃ、だいにゃしに……」

「ああ! そういうこと! ふふ、気にしなくていいわよ! 長老さんが羽目を外してくれているおかげで、きんちょうしなくてすむし! それに、ほら! ちょっとくらい失敗しても、大目に見てもらえそうじゃない? むしろ、ありがたいくらいよ!」

「キ、キラリャ……!」


 にゃんごろーは、感動のあまりお目目をウルリとさせた。

 恥ずかしい思いをさせてしまったのに、怒られるどころか、お礼を言われてしまった。それも、“ごめんねにゃんごろー”と“恥ずかしい長老”に気を使って、そう言ってくれているわけではなさそうなのだ。キララは、本当に心からそう思っているようだった。キララの笑顔からは、嘘偽りのない本当の気持ちが感じられた。

 にゃんごろーは、素直に感心した。そんな風に、心から思えるキララは、すごいなと思った。とても素敵な女の子ネコーだと思った。

 にゃんごろーは、すっかり感心して、安心した。でも、キララが気分を損ねていないことに安心したら、今度は新たな心配が浮かんできた。


『このままでは長老は、キララにダメダメネコーだと思われてしまうかもしれない!』


 にゃんごろーは失墜した長老の“長老”を回復させようと、奮起した。

 丸めていた体を「にょいっ!」と伸ばし、ニャポリタンのことも忘れて、お手々をわちゃわちゃ動かしながら必死の弁明を試みたのだ。


「れ、れもね、キララ! ちょーろーは、ダメダメにゃところのほーら、いっぴゃいなんりゃけりょ! れも! いいちょころも、ちょっちょらけ、あるにょ! いじゃ!――っちぇちょきには、しゅっごく、ちゃよりににゃるの!」

「あら、そうなのね?」

「うん! このあいらもね! もりれ、ルシアしゃんのおうちら、ドッカンしちぇ、おっきにゃひのはしりゃら、ゴォオオオオオっちぇ、にゃっにゃっにゃにょ!」

「うん、すごかったわよね。あの炎の柱、街からも見えてたもの。普通じゃない色の煙とかも出てたわよね」

「しょー! しょーにゃの! しょれれね! みんにゃは、もりのしゅみかから、いちみょくしゃんに、にれらしちゃっちゃんらけろ、ちょーろーは、ちらっちゃの! ちゃっちゃひちょりれ、ひのはしりゃに、たちむきゃっちゃの!」

「へえー! みんなは怖くて逃げだしちゃったのに、長老さんは一人で、炎の柱をなんとかしようと、立ち向かったのね! そういう長老さんだから、長老さんを任されてるのね!」

「しょー! ちょーろーは、ダメラメれも、やっぱり、ちょーろーにゃの!」


 滑り出しは微妙だったが、ちゃんと長老の長老らしいところを伝えられたようだ。キララが、にゃんごろーの言いたいことをちゃんと分ってくれたのが嬉しくて、にゃんごろーは「にゃおっ!」と両方のお手々を上げた。

 せっかくキララが綺麗にまとめてくれたのに、弁明しているはずのにゃんごろーが余計な一言を付け加えてしまうのは、長老の日頃の行い故だろう。

 ともあれ、ちゃんと使命を果たせたことに、にゃんごろーが満足そうな笑みを浮かべていると、キララがなぜか「ふふ」っと笑った。にゃんごろーは「はにゃっ?」とキララを見つめ返す。

 キララは、口元を押さえてもう一度笑ってから、にゃんごろーとお目目を合わせて、こう言った。


「ふふっ。にゃんごろーは、優しいのね?」

「ふぇっ?」

「わたしが恥ずかしい思いをしてないか、心配してくれたり。長老さんのいいところを伝えようと一生けんめいだったり。そいういうところ、すごく優しいと思う!」

「しょ、しょしょ、しょんにゃ……。しょんにゃこちょ……」


 突然褒められて、にゃんごろーは恥ずかしくなってしまった。

 長老のいいところを伝えようとしただけなのに、まさかにゃんごろーが褒められるとは思っていなかったのだ。

 にゃんごろーは、お手々を膝において、背中を丸めて俯いた。

 小さく丸まっているのに、子ネコーの体はむしろ膨らんでいるように見えた。きっと、もふ毛の先から、嬉し恥ずかしい気持ちが解き放たれているせいだろう。

にゃんごろーは恥ずかしくて、お顔を上げることが出来ないでいた。

 褒められてすごく嬉しいのに、キララのお顔を見ることが出来ない。


 同席している人間たちは身悶えた。

 あるものは微笑ましさに。また、あるものは気恥ずかしさに。

 あるものは、誰の目にも分かりやすく。また。あるものは胸の内だけでひっそりと。


「残りのニャポリタン、お待たせしましたー!」


 モダモダの呪縛を解いてくれたのは、快活な店員の威勢のいい「宴本番準備整いました!」をお知らせする声だった。


 あるものは、それを歓迎し。

 また、あるものは、それを残念に思うのだった。


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