第148話 おとーふ子ネコー・にゃんごろー

 お豆腐な子ネコーとは、一体どういうことなのか?


 初めて聞いた言葉に、キララがお目目をパチクリさせていると、にゃんごろーは「むふん」と胸を張って、もう一度言った。


「しょー! にゃんごろーは、おとーふにゃ、こネコーらの!」

「おとうふな、子ネコー……?」


 不思議の迷宮に彷徨い込んだお顔で、キララも同じセリフを繰り返す。「それは、一体どういう意味?」と聞きたかったのだが、にゃんごろーはお豆腐宣言をしたことで満足したのか、サラダの続きに取り掛かってしまった。キララのことは忘れて、サラダ姫に夢中になっている。

 とても、お邪魔できる雰囲気ではない。

 見かねたクロウが、笑い堪えながら説明してやった。


「く、ふふ。お豆腐子ネコーっていうのは、由緒正しきネコーの言葉で、好奇心旺盛な子ネコーっていう意味らしいぜ? 長老さんが、そう言ってた」

「ゆいしょ正しき、ネコーの言葉?」

「なるほど、長老さんが」


 キララはお目目をパチパチしながら、「そうなんだ。初めて聞いたわ」というお顔で頷いていたが、ミフネは何やら含みのある笑みを浮かべている。

 ふたりとも長老歴は同じなのだが、人(ネコー)生経験の差が出たようだ。キララは素直に信じたが、ミフネは“おとなのお店”同様、長老の口から出まかせだと気づいたようだ。

 間違った知識を覚えたキララが、どこかで自慢げに披露してしまってもいけなので、クロウは早々に種明かしをしてやることにした。


「まあ、使っているのは、ちびネコー……にゃんごろーだけっぽいけどな? あと、たぶんだけどな。長老さん、自分で言っておいて、もう忘れているかもしれん」

「…………ん? あ、あー! なるほど、そういうことね!」


 子ネコーへの謎かけのつもりなのか、クロウはズバリ種明かしではなく、ヒントらしきものを口にした。察しの良いキララは、最初は首を傾げたものの、すぐに答えに辿り着いたようだ。長老へお顔を向けながら、ポムと両手を叩いている。

 長老は、マグじーじの背中と肘をカリカリするのを諦めたようだ。今は、自分の空の皿をマグじーじの肘の隣に置いて、「にゃあにゃあ」と子ネコーどころか子猫のように鳴いて空腹をアピールしている。けれど、慣れっこだというマグじーじは、鉄壁の守りを崩さなかった。

 キララは口元にお手々を当てて、可笑しそうに笑った。


「うーん、それにしても。どうして、お豆腐なんでしょうね?」

「あー、確かに? そう言えば? まあ、あれだな。初めて食べた豆腐の味に感動してー、とか、どうせ食いしん坊な理由なんだろうけど」


 素朴な疑問を口にしたのは、ミフネだった。

 それを聞いたクロウが首を傾げる。これまで、助手としてにゃんごろー先生の通訳&解説役をこなしてきたクロウだったが、ここで躓いてしまったようだ。お豆腐子ネコーの期限ならぬ起源については、クロウも知らなかったのだ。

 クロウは首を捻りながらも、半分正解な予想を口にした。すると、それまで黙って子ネコー観賞をしつつサラダを食べていたカザンが、急に話に入って来た。

 自分が見聞きした森の子ネコー情報を、カザンは淡々と告げる。


「うむ。私も聞きかじっただけなのだが、どうやら“旺盛”と“お豆腐”の間に、好奇心が豊富というのが挟まっていたようだ。ちなみに、豆腐は昨日の昼の、みそ汁の具だった。にゃんごろーは、豆腐の不思議な柔らかさに感動していたな」

「あー、つまり。ちびネコーは元々、好奇心旺盛を好奇心豊富って間違えて覚えていて……」

「お味噌汁に入っていたお豆腐の柔らかさに感動したあまり……」

「“ほうふ”が“おとうふ”に変身しちゃったのね」

「うむ。そのようだな」


 事実をそのまま述べただけの話は、ミフネの質問の答えと言うには物足りないものだったが、察しの良い三にんは、それだけで真相に辿り着いた。リレーのように繋がった三にんのドンピシャ考察に頷くと、カザンは観賞兼食事に戻っていく。


「まあ、語感は似てるよな……」

「ふふ。それを聞いた長老さんが、由緒正しきネコー語だなんて言い出した、というわけですね」

「ゆいしょ正しいなんて言っていたけど、昨日生まれたばかりの言葉だなんてねぇ」

「結構、浅い歴史だったな」


 美味しそうに楽しそうにサラダを頬張っている子ネコーを鑑賞しながら、三にんは雑談を続ける。

 にゃんごろーはお口の周りをドレスでキラキラと着飾りながら、シャクシャクとレタスを味わっているところだった。お口周りに負けないくらいに、好奇心と食いしん坊心でドレスアップしたお目目もキラキラだった。


「んんー。カフェーのドレシュも、おいしぃねぇ。ちょかいのおありれ、おちょなのおあり。れも、くしゃむらにふいちぇくりゅ、しゃわやかにゃかれのようれもありゅ……」

「ああ! たしかに! 分かる! 都会的で、せんれんされたお味よね!」

「ふっ、ふぐっ。草むらって……っ! そこは、草原を渡る爽やか風とか言っとけよ……。ふっくくっ」

「ああ。何かハーブが入ってますよね。料理はしないので、何のハーブなのかは分かりませんけれど」


 にゃんごろーのドレッシングへの感想を聞いて沸き立つ三にんだったが、にゃんごろーにはその声は届かなかったようだ。キラキラしながらシャクシャクしている。サラダ姫との対話に忙しくて、それどころではないのだろう。今度こそ、二人の時間を邪魔する者は誰もいない、というわけだ。


「ふっ。食に対する、探求心と好奇心は、半端ないよなっ……。それは、俺も認めるわ……っ」

「そうねぇ。でも、それって、つまりは……」

「ふふ。本子ネコーは、認めたくないようですし、ここはお豆腐子ネコーの隠された意味……ということにしておきましょうか?」

「りょ、了解……っ!」

「さーんせーい!」


 雑談の果てに、お豆腐子ネコーに対する合意が、三にんの間で取り交わされた。



『お豆腐子ネコーとは、好奇心が旺盛な子ネコーのことである。とりわけ食への好奇心が強い子ネコーのことを指していう。食いしん坊子ネコーの意味で使われることもある』

                 ――森の子ネコー語録(著者クロウ)より――

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