第40話 合わせ鏡



「──さて、少し話をしようか、グレイ」


 突如として現れた、白い甲冑の男。彼はロウでは認識できない速度でレオンの首を切り飛ばし、グレイを見る。


「何者だ? 貴様」


 その男の姿を見た瞬間、グレイの纏う雰囲気が変わる。色持ちの天使を前にしたような、或いはその時以上に、グレイの感覚が研ぎ澄まされる。


「テメェ……!」


 頭に血が上り、乱入者に斬りかかろうとするロウ。けれどその刃が届く前に、グレイがロウを止める。


「辞めろ、お前が勝てる相手ではない」


「でもよぉ!」


「こいつの相手は私がする。お前は、下がっていろ」


「……分かったよ」


 ロウは血溜まりの中に倒れたレオンを一瞥し、2人から距離を取る。そして近くにいた聖女ヴィヴィアが、とても冷めた目をしているのに気がつく。


「……そうか。あの女、そういう手できやがったか」


 ヴィヴィアは、その白い甲冑に見覚えがあった。『悠遠のブルーベル』というゲームで、アリカ ブルーベルが最後の最後に使用する装備。ゲームのラスボスである堕天の魔女。色持ちの天使を遥かに凌駕する、この世界で2番目に強い存在。


 そんな存在と戦う為に英雄が使った装備が、あの白い甲冑だ。どのルートのアリカ ブルーベルとも比較にならない、トゥルーエンドでしか見れない最強の姿。


 それを着たアリカ ブルーベルに、勝てる者は存在はしない。


「お兄さん! そいつと戦っちゃ駄目だ!」


 と、叫ぶヴィヴィアを一瞥し、白い騎士が言う。


「あちらの女性がそう言っているようだが、どうする? グレイ」


「私の質問に答えろ。お前は何者だ?」


「……結局、変われないものだな。私もお前も」


 白い騎士の男が、ゆっくりと広場を歩く。そんな騎士を祝福するかのように、眩い陽の光が白い甲冑を照らす。


「私はアリカ ブルーベル。貴様が捨てた英雄だ」


「……あの女は私の魔剣の力を奪った。そこから貴様を造ったというわけか」


「お前は、私が紛い物だと思っているのだろう? 女王が実験の果てに造った、偽物の英雄だと」


「貴様の真偽など関係ない。あの女に首輪を嵌められた犬に、興味はない。偽物だろうと本物だろうと、邪魔をするなら斬るだけだ」


 そのグレイの言葉に、白い甲冑の男は笑う。傲慢で、世界の中心は自分だとでも言うかのような笑み。けれどその笑い声は、思わず黙ってしまうほど美しい。


「まだ本質を理解していようだな、グレイ。お前は不思議に思わなかったのか? お前の魔剣は女王に奪われた。その祈りを、お前は剥奪されたんだ。なら、お前はなんだ? お前は自分が何でできているのか、全く理解していない」


「産まれなど、興味はない。私の中には、確かに私の想いがある。それ以外に、必要なものなどない」


「……祈りではなく、憎悪か。それでは天使どもと変わらんな」


「憎悪からも祈りは産まれる。私は私が守りたいと思うものの為に、剣を振る。それだけだ」


「まるで、鏡と喋っているようだな。やはりお前は、英雄だ。……ただ、それでは駄目だ。英雄であろうと復讐者であろうと、お前では私に届かない」


 白い騎士が大剣を抜く。その動きはとてもゆっくりで、これから戦うという風には見えない。しかしグレイは、この白い甲冑の男が乱入してからずっと、一切の油断なく目の前の男を観察し続けていた。


 一分の隙もなく、常に余裕を感じさせる立ち姿。頭の中で何度も斬りかかり、その度に返り討ちに遭う。グレイをもってしても勝つビジョンが見えない、最強の英雄。その男が剣を抜いたと思った瞬間、グレイの甲冑が真っ二つに割れた。


「グレイ!」


「お兄さん!」


 叫ぶ、ロウとヴィヴィア。しかし、2人は動けない。英雄の眩い眼光が、こちらを見ている。


「騒ぐ必要はない。この男はこの程度では死なんさ。だろう? グレイ」


「……何をした? 貴様……」


 甲冑の隙間から見える、暗い眼光。そのあまりの冷たさに、周囲の風すら止んでしまう。


「呼吸と意識の隙間をつく。全てを失った身でよく練り上げたものだ。お前、その甲冑を着てから、ろくに眠ってもいないのだろう? お前を才能だけの男だと揶揄する人間も多いが、お前は誰よりも努力している。先程の剣は、そんな剣だった」


「私の質問に答えろ。貴様は今、何をした?」


「単なる真似だよ。褒められるようなことでもない。お前が先ほど、そこの男にやったことを真似てみただけだ。一度見れば、それくらい再現できるのは当然だろう?」


 グレイがいくら観察しても、この白い甲冑の男の隙は見つけられなかった。なのにこの男は、一瞬でグレイの隙を見抜いた。……いや、存在しない英雄の隙を、無理やり作り出した。


「お前は私だ。しかし、お前の力は私には及ばない。私は研ぎ澄まされた英雄の頂点だ。お前がここから先、何年もの間たゆまぬ努力を続け、ありとあらゆる幸運に恵まれた先が、今の私だ。故にお前では、私に勝てない」


「能書きはそれだけか?」


「────」


 瞬間、白い甲冑に小さなヒビが入る。


「……なるほど。そうか。女王がお前に拘る訳だ。どのルートにも存在しない漆黒の英雄。あらゆる力を集めた女が、それでも勝てないと悟り私を造った理由。面白い。面白いよ、グレイ」


 笑いながら、白い甲冑の男はそのまま剣を鞘にしまう。


「逃げるのか?」


「ここは相応しい場ではない。私と戦いたいのであれば、もう少し剣を研ぎ澄ませろ。お前の全てを奪ったあの女王の、心臓を撃ち抜いてみせろ」


 消えたのかと錯覚するほどの速度で、白い騎士が居なくなる。最後に残ったのは、嘘のような静けさだけ。


「…………」


「待った、お兄さん。今からあの城に行く気だろ? それは絶対に、辞めておいた方がいい」


「私では、あいつに勝てないと言うのか?」


「まあ、スペック的に見たら勝ち目はないね。でも、ボクはお兄さんのこと信じてる」


「なら、どうして止める?」


「放っておいたままだろ? ノアちゃんやユズちゃん。彼女たち、君のこと心配してると思うよ? それに何の策もなく、相手の懐に飛び込むなんて真似はお兄さんらしくない。相手は、あの白騎士だけじゃないんだぜ? 行くならこっちも、万全の準備を整えてからだ」


「……そうだな」


 グレイは大剣を鞘にしまう。割れた筈の甲冑は、気づけば元に戻っている。


「でも考えたな、あの女。目には目を。歯には歯を。怪物には怪物をぶつける。主人公が居なくなった世界に、新たな主人公を作る。……流石に、真似はできないな」


 ブツブツと呟きながら、歩き出すヴィヴィア。その背に続こうとしたグレイに、ロウが声をかける。


「お陰で助かった。ありがとうな、グレイ」


 グレイと英雄の関係。グレイの正体。聞きたいことは山ほどあったが、ロウはその全てを飲み込んで、ただ感謝の言葉を口にする。


「気にする必要はない」


「それでも、ユズに言われて俺の為に来てくれたんだろ?」


「……構わない。だが今後はもう少し、自分を大切にすることだな。次も助けられるとは、限らない」


「気をつけるよ」


 ロウは最後に倒れたレオンに視線を向け、哀れみでも憧れでもない目で、小さく何かを呟く。そしてそのまま、グレイの方へと走り出す。



 ◇



「どうだった? 彼は」


 王座に座した女王、マリア フリージアは、からかうようにそう問いかける。


「想像よりも、遥かに心が踊りました。貴女が拘るだけはある」


 白い甲冑の男は、弾んだ声で言葉を返す。


「それで、君はあの怪物に勝てるのかな?」


「それは、貴女が1番よく分かっているのでしょう?」


「そうだね。彼では君には勝てない。君は数多に存在する世界の中で、最強のアリカ ブルーベルだ。これからバッドエンドを迎えるしかない彼とは、器が違う」


「ではいつ頃、向かいますか?」


 その問いに女王はゆっくりと立ち上がり、歌うように告げる。


「明日だ。明日、全軍を持って教会に攻め入る。そこでようやく、私の英雄が完成する。神に手が届く!」


 女王は笑う。白い甲冑の男はそんな女王を見て、小さく口元を歪めた。


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