第9話 目的



「いや〜、全員無事でよかったっスねー」


 焚き火に木をくべながら、あっけらかんとユズが笑う。


「無事なもんかよ、俺なんて両腕とも斬り飛ばされてるんだぜ? もっと労って欲しいな」


 治った両腕の動きを確認しながら、ロウが呆れたように言葉を返す。


「いやいや、貴方は労うようなことは何もやってないじゃないっスか。剣を構えてただ斬られただけっス」


「うるせーな。そういうお前だって、何もやってねぇだろ。……俺を囮にして1人で逃げやがって。それがお前の魔剣の力か?」


「内緒っス。37位……ロウさんの方こそ、千切れた両腕を元に戻す力なんて、あまり聞かないタイプの能力っスね?」


「内緒だよ」


「あはははは。やっぱり仲間ごっこっスね。……あっちのあの人もそうなんスかね?」


「……知るかよ」


 天使の襲撃を受けた後。グレイたちは狭間の近くにある、天使の侵略によって討ち滅ぼされた廃村に来ていた。辺りは既に夜の帷に包まれていて、空気が冷たい。


「そういや、お姫様はまだ戻らないのか?」


「知らないっスよ。あの人……ノアさんが何を考えているのか、あたしには分かんないっス」


「それを言うなら、お前の考えも読めないけどな」


「あはははは、お互いさまっスね」


 晴れやかに笑うユズに苦笑を返し、ロウはつい先ほどの惨劇を思い返す。


 なんの前触れもなく、強襲してきた天使。そんな天使を撃退してみせた2人。ノアとグレイ。天使が単独であったなら、撃破もできていただろうその実力。……いや、違う。どう見てもあの2人には余力があった。


 不足の事態に際してなお、実力を隠す余力が。


「……特に、あっちの甲冑の兄さんがやべえな。ありゃ、俺の能力の種も、このアホの嬢ちゃんの能力にも気づいてるんだろうな」


 ロウは何気ない仕草でグレイの方に視線を向ける。休む気配もなく、淡々と素振りを続けているグレイ。その姿は戦闘後とは思えないほど洗練されており、疲れを一切感じさせない。


 ロウは腰を上げ、グレイの方へと近づく。


「よう、精が出るな」


「…………」


 グレイは声をかけてきたロウの方を一瞥することもなく、素振りを続ける。


「無視すんなよ。ちょっと話したいことがあんだよ。あんた、補欠合格なんてのは嘘だろ?」


 グレイは剣を止め、静かにロウを見る。


「おっと、何も責めようと思って言ってる訳じゃない。……ただ、団長さんと斬り合ってる時には気づかなかったが、あんたの実力は普通じゃない。剣技だけなら、騎士団でも5本の指に入る」


「何が言いたい?」


「お礼だよ。あんたがいなけりゃ、俺は間違いなく死んでた。……助かったよ」


「お前を助ける為にやったことではない。恩を感じる必要はない」


「それでも事実は事実だ」


 ロウは乱暴な仕草で髪をかきあげ、小さく笑う。


「俺はこう見えても料理が得意でね。今そこで準備をしてるんだ。よかったら、どうだ? いつまでもそんな甲冑を着込んでたら疲れるだろ?」


「…………」


 グレイは黙って辺りを見渡す。遠くに転々と煙が上がっているのが見える。受験者たちがロウたちと同じように明日に備えて、野営をしている。無論、手柄を焦って夜の狭間に近づいた者たちもいるし、グレイたちのように途中で襲撃を受け、脱落した者たちもいる。


「賢明だな」


「お、ちょい待て! ……行っちまいやがった。んだよ、賢明って」


「振られたっスね」


「うるせぇよ!」


 ロウに背を向けたグレイは、そのまま廃墟の奥へと進む。天使に襲われ死にかけたというのに、あっけらかんとしているロウとユズ。……特にロウは天使から発見されないよう特殊な魔道具を使い、煙と光と料理の匂いが広がらないように対策していた。


 急な天使の襲撃を受けても全く動揺せず斬りかかったノアほどではないが、2人とも場慣れしている。


「あれで成績下位、か。人を見る目がないな」


 何かあればすぐに対応でき、それでいて人目のつかない廃墟の奥で、また素振りを始めるグレイ。その一振り一振りに怨念が込められているかのように、太刀筋が重く暗い。


「まるで鬼、ね」


 と、ノアは言った。


「…………」


 グレイはやはり言葉を返さない。


「この私を無視するなんていい度胸ね……と言いたいところだけど、辞めておくわ。貴方に言っても意味ないだろうし。それより貴方も気づいてるんでしょ? 狭間からあそこまで離れた場所での天使の襲撃。あれは本来、あってはならないことよ」


 ノアは廃墟の隙間から溢れる月明かりの上を歩きながら、言葉を続ける。


「あれも試験の為にって言うなら分かるけど、どう考えても入団試験でやるようなことじゃない。だいたい、天使の討伐なんて試験がおかしいのよ。大した戦闘経験もない4人をランダムに組み合わせて、チームワークを試す? ……何人死ぬと思ってるのよ? 馬鹿じゃないの」


「……何が言いたい?」


「私は今の騎士団が気に入らない。……アリカ ブルーベルが居なくなってからの騎士団は、腑抜けている」


「『堕ちた英雄』を庇うのか?」


「私は事実を言ってるだけよ」


 グレイはチラリと辺りを見渡す。これが試験である以上、必ずどこかで騎士団の人間が受験者を監視している。そう思っていたが、その気配はどこにもない。今この場はグレイとノアの2人きり。


「そこまで言うなら、どうして騎士団に志願した? お前が英雄の代わりにでもなるつもりか?」


「……復讐よ。私は……アリカ ブルーベルに借りがあった。……ううん。この世界に生きているすべての人間が、彼に助けられていた」


「奴は天使に内通していたと聞いたが?」


「そんなの信じられない。……だから私は真実が知りたいの。アリカさんに何があったのか。誰が裏で糸を引いていたのか」


 ノアは一瞬だけ空を見上げてから、真っ直ぐにグレイを見て言う。


「取引しない? 貴方と私ならこの程度の試験、簡単に突破できる。そのあと私はとある貴族の力を使って、半年以内に強引に団長になる。そしたら貴方を副団長にしてあげるわ。だから、私の復讐に手を貸して欲しいの」


「興味はない」


「どうして? 騎士団の副団長になったら、欲しいものはなんだって手に入るわ」


「欲しいものなど、何もありはしない」


 一切の感情を感じさせないグレイの言葉。そんなグレイを見て、ノアは呆れるように息を吐く。


「ま、いいわ。貴方の意志なんて関係なく、私は私のやりたいようにやる。……貴方も、少しくらい休まないと保たないわよ?」


 ヒラヒラと手を振ってロウたちの方へと向かうノア。天使との戦闘の後だと言うのに、彼女には一切の疲れが見えなかった。ノアもまた力を隠している。


「死んでいたというのは、誤りだったかもしれないな」


 小さく呟き、また素振りを再開するグレイ。夜は徐々に更けていき、朝日が登る。ノアたち3人が朝食をとったのを確認してから、グレイは3人に合流する。


「寝るのも食事も1人って、よっぽど顔を見られたくないのね? 貴方」


 からかうように、ノアが笑う。


「あんなに強いならブサイクでも全然、気にしないっスから大丈夫っス!」


「お前、その言い方はないだろ。……多分、いろいろ事情があんだよ」


 グレイは少しだけ仲が深まって見える3人を一瞥し、そのまま狭間に向かって歩き出す。





「──あはっ。わざわざそっちから来たんだ。今度こそグチャグチャにしてあげないとね」


 人間の視力では視認できない距離で、赤い髪の天使が笑う。それに呼応するように、周りの3人の天使も小さく笑みを浮かべた。


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