ギャルゲーのチート主人公だったはずなのに、転生してきたモブにヒロイン全員を寝取られ全てを失ってしまったので、最悪の悪役になって復讐します
式崎識也
第1話 モブへの転生
「あーあ。クソつまんない人生だったな」
身体からこぼれる赤い液体を眺めながら、他人事のように呟く。
昔からずっと、特別な何かに憧れていた。どんなことでもいいから、1番になってみたかった。物語の主人公のような存在に、俺は憧れていた。
けれど、実際の俺はその真逆。取り立てて述べることのない地味な顔。頭も運動も平均。どれだけ必死に勉強しても、『次はもっと頑張れよ』と言われ、部活も万年ベンチ。覚悟を決めて好きな子に告白しても、『誰?』と言われる始末。
「でもそれも、もう終わりか……」
事故に遭った。……のだと思う。詳しくは分からないが、横断歩道を渡ろうとした瞬間、今まで感じたことのない衝撃が走って、気づけば道端に倒れていた。
「……痛く、はないな」
でもどうしてか、指先一つ動かせない。身体から徐々に熱が消えていき、どこからか血が溢れる。そしてなぜか、昔のことが走馬灯のように頭を過ぎる。……いや、ようにではなく走馬灯そのものなのだろう。
「もう何年前だよ、黒橋さんに振られたの。ほんと、いつまで引きずってんだよ、俺は。……けどやっぱり、『誰?』は堪えたな。俺は結構、仲良いつもりだったのに……。ほんと、そんなんばっかだ、俺の人生」
自分なりに、必死に頑張ってきたつもりだ。でも結局、何1つとして報われなかった。どれだけ必死に走っても才能があるやつに軽く飛び越えられ、頑張った分だけ自分の凡庸さを知る。
「黒橋さんは大学で妊娠して、もう結婚してるらしいし。ずっと続けてきた絵も、働いてからは描かなくなったな……」
さて、俺は死ぬのだろう。後悔はあるし、やり残したことも沢山ある。けど、まあいいかと思ってしまえるほど、今の俺には夢がなかった。
「……いや、元から俺には何もないな」
この歳になって、俺はようやく理解した。成功するのは才能と環境に恵まれた奴だけで、好きな人と付き合えるのは顔がいい奴か金を持ってる奴だけ。モブの俺がどれだけ努力しても、努力したモブにしかなれない。
──決して、主役にはなれないのだ。
「だからもし次があるなら……もっと、イケメンになりたいな……」
なんて馬鹿なことを最後に呟いて、俺の意識は消えた。どこにでもいるモブのような男は、ここで確かに死んだのだった。……死んでそして、転生したのだった。
──なんの因果か、前世と同じモブに。
◇
『悠遠のブルーベル』という名のゲームがあった。
それはいわゆるギャルゲーと呼ばれる類いのゲームで、主人公であるアリカ ブルーベルがさまざまなヒロインたちと協力して世界を救うという、ありふれた設定のゲームだ。
……いや、違う。その主人公、アリカの設定だけが普通ではなかった。
超がつくほどのイケメンで、身長も180cm超え。一言で万人を魅了するカリスマに、最強の魔剣の使い手。そして実は王族の血を引いているという、チートにチートを掛け合わせたような設定。
前世の俺はそんな馬鹿みたいな設定を気に入り、もし産まれ変われるならアリカのような男になりたいな、と寝る前のベッドでよく妄想した。
「で、俺が転生したのは、ハルト ライラックとかいう序盤で意味もなく死ぬ華のないモブ。……ほんと、やってらんねぇ」
俺がハルト ライラックというモブに転生してから、18回目の誕生日。なんの前触れもなく、前世の記憶を思い出した。
なに1つとして成せなかった、モブのような人生。そしてその当時よくやった、『悠遠のブルーベル』という名のゲーム。この世界がそのゲームに酷似していると気がつき、俺は思った。
「あの主人公に関わるのはやめよう。つーかもう、頑張るのをやめよう」
前世を思い出す前の俺……つまりハルトは、また律儀に特別な何かに憧れ必死になって剣の修行をしていた。魔剣を使い天使と戦うこの世界で、身の丈をわきまえず騎士団なんかに所属して。
「んなことしても、どうせ何もできないのにな」
ゲームの展開を思い出した今の俺になら分かる。分かってしまう。このハルトがいくら修行をしたところで、なんの見せ場もなく死ぬだけだと。
「……まあ、先の展開を知ってるんだし、あの悲壮感を煽るだけの死は回避することができるだろう」
いや、それどころの話ではない。実は敵である天使と内通している聖女のことや。非道な人体実験を繰り返している貴族のこと。そんな本来なら知るはずの無いことも、今の俺になら分かる。
だから上手く立ち回れば、特別な何かに……。
「なんて、無理無理」
だってそれら全ての問題は、あのチート主人公であるアリカ ブルーベルが解決するのだ。いくら先の展開を知っているからといって、あの主人公に取って代わることなんてできるはずもない。
「つまり、頑張るだけ損だ」
願いが叶うのは選ばれた者だけだということを、俺は既に学んでいる。そしてモブにはモブなりの幸せがあるということも、俺は知っている。
「だからもう余計なことは辞めて、静かに畑でも耕して生きよう。……ゲームのヒロインに告白しても、また『誰?』って言われるのがオチだ」
ということで早速、俺は野菜の種を買って、自分の家に向かっていた。ハルト……俺の家は山の近くにあり、庭も広い。まあ、畑を作るのには時間がかかるだろうが、それもどうにかなるだろう。
魔剣を使って化け物みたいな天使と戦うことより辛いことなんて、あるはずもない。
「きゃっ」
「いたっ」
そこで唐突に身体に衝撃が走り、持っていた野菜の種がバラバラと地面に散らばる。どうやら、誰かとぶつかってしまったようだ。
「ちょっと、どこ見て歩いてるのよ。気をつけなさい」
そう言って、少女は言葉とは裏腹に申し訳なさそうな顔で、倒れてしまった俺に手を伸ばす。
「────」
まるで夕焼けを切り取ったかのような、儚げな赤い髪。雪のような白い肌に、意志の強さを感じさせる切長な真紅の瞳。
『悠遠のブルーベル』のヒロインの1人である、リスティア アストロメリア。前世では見たことがないくらい美しい少女を見て、一瞬、時が止まったかのような錯覚を覚える。
「なによ、ぼーっとして。……いや、もしかしてどこか痛むの?」
「あ、いや、違う。ただちょっと……考えごとをしてただけだから」
そう言って俺は、リスティアの手を取らず自分の足で立ち上がる。
「種、凄い散らばっちゃったわね。拾うの手伝うわ」
「いや、いいよ。いいですよ、これくらい自分でやりますから」
リスティアの答えを待たず、逃げるように散らばった野菜の種に手を伸ばす。
「…………」
ここで下手に関わりを持っても面倒だ。主人公であるアリカに惚れる運命にある少女に惚れてしまえば、前世と同じ悲惨な末路を辿ることになる。
「なに怖がってるのよ。別にあたし、あんたを食べたりしないわよ?」
けれどリスティアはそんな俺の心境を無視して、散らばった種を拾い出す。
「いやだから、いいですって」
「よくないから手伝ってるのよ。……ごめんね? ぶつかったりして」
リスティアは笑う。それこそまるで、花のように。
「……そういう顔は、ずりーよ」
そんな顔をされると、簡単に惚れてしまう。俺はそういう男なんだ。
「あははっ。あたしがいくら美人だからって、これくらいで惚れるんじゃないわよ?」
これが俺とリスティアの出会い。まさかここから、俺があの主人公に代わってゲームのヒロインたちに好かれるようになるなんて、この時の俺には想像すらできなかった。
◇
そして、ハルトとリスティアが出会ってから1年。
「ああ、私にはもう何もない……」
ハルトというモブに全てを奪われた主人公、アリカ ブルーベル。彼が最悪の悪役になって復讐する物語が、ここから始まった。
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