荒穂の面

@natsume30843

第1話 石段

鳥居の前に、自転車が二台。

 青い服を着た少年が、眼鏡の少年の手を引き石段を駆け上がっていく。

 眼鏡の少年はすぐにでも泣き出しそうだ。対して、青い服の少年はいかにも楽しげである。

 石段の中腹あたりで、眼鏡の少年がぐっと体に力を込め、手を引く青い服の少年に抵抗した。眼鏡の少年は、石段の下方にある鳥居を見つめている。青い服を着た少年はそれをみて、悪い笑みを浮かべると、また、石段の最上へとと引っ張ろうとした。

 

「翔太君、僕、嫌だよ。行きたくない。怖いもん」

「なんだよ、大ちゃん。大丈夫だよ。俺がいるからさ」


 翔太は、なにおかしなことをのたまうのか、と言いたげに、ははっと笑った。


 大樹は翔太のひっつき虫である。気が弱いせいで、大樹は一人では行動できない。

 対して、翔太は勝気で人懐っこい性格だ。

 正反対の性格ではあるが、知り合ってからは、いつも翔太が大樹を引き回して二人で行動していた。その先では、大樹は翔太のせいでいつも問題事に巻き込まれてきた。この間も、翔太が田んぼの水路の水門を開け、危うく二人で流されそうになったばかりだ。


「面白いじゃん。この前のまさる君の話、確かめたいだろ」


 この前の話。大樹にとっては思い出したくもない記憶である。


 昼休みの竹川小学校。小麦色の肌をした6年生のまさるを、校庭で少年たちが取り囲んでいる。まさるは得意げに皆に言った。


 「荒穂神社の裏には鬼のお面があるんよ。知らんかったやろ、お前ら」

 

 今は夏。少年たちの間では、肝試しが流行っていた。その中で、まさるは勇者であった。一人でよくわからない場所に行っては、皆の前でその場所が如何に恐ろしいところであったかを言ってまわる。そして、少年たちにとって、やっぱりまさる君はすごいや、となるのだ。


 「鬼のお面を見たときにさ、鬼の目がな、ぎょろっと動いて俺を睨んできたんだよ。さすがにやばかったから、すぐに逃げたけどな。呪われたかもしれん」


 翔太はまさるの話を、体を前に差し出し、目を大きく開いて聞いている。大樹には、また、翔太が良からぬことを考えているのが分かった。


 「せんせー。じゃあ、鬼の面に手でさわるとどうなるんですか」

 

 翔太がまさるに問いかける。大樹は、苦い顔をして、やめてくれないか、と翔太に顔で訴えた。しかし、翔太が大樹の表情を気に留めるはずはない。


 「そりゃあ、翔太君、呪われて死ぬだろう」

 

 まさるはかけてもいない眼鏡の中心を、ひとさし指でくっと上げる真似をして、翔太の問いに答えた。周囲の少年たちがどっと笑う。

 翔太は目を輝かせ、その隣で大樹は手で顔を覆っていた。


 石段の中腹。体が細く、小さい大樹が、翔太に敵うはずもない。家へ帰りたいと願う大樹を、翔太が上段へと引っ張っていく。一段、また一段と少年たちは一塊となって荒穂神社の社殿へと向かって行く。

 はあ、と大樹が息を洩らした。もう昇るべき石段はない。大樹は恨めしそうに翔太を睨んだが、翔太が大樹の表情を気に留めるはずはない。


 二人は石の鳥居の前に立っていた。

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