5 元聖女と執事の旅路

 ルドルク王国は王都と呼ばれる広大な土地のみが人間の暮らす居住区になっている都市国家だ。

 この国を出た事は無いけれど、一般的に多くの国がそういう形を取っているのだとか。

 クロウフィールも同様らしい。


 だから王都を出てしまえば聖結界の外で生活をしているような命知らず以外、人は住んでいないわけで。

 だから残念だけど、宿の類いとかは期待できないみたいだ。

 少なくとも、ルドルク王国側の国境を超えるまでは存在しない。


 そしてそんな宿にも期待できないルドルク王国からクロウフィール王国までの移動は馬車で丸一日程掛かるらしい。


 だから一度は野営という形になるようで、その件に関してはクロードに謝られた。

 別に謝らなくてもいいのに……仕方ないんだし。


 それに……うん、そうだ。別に良いんだそれでも。

 そういうのも良いかなって思う。

 多分きっと、楽しいだろうから。


 ……なんて考えはちょっと楽観的だったのかもしれない。

 そういう風に考えを改めるような事が、現実として目の前で起きている。


「クソ……数が多い……ッ! お嬢! 絶対にそこを動かないでくださいよ!」


「う、うん!」


 クロードはもう何度目になるか分からない魔物の襲撃を剣と魔術で迎撃していく。

 改めてみたクロードの動きは本当に素早く鋭くて、何があってもこの人が傍に居てくれたら大丈夫なんだろうなって安心感が湧いてくる。


 正面の敵は剣で一網打尽にし、それ以外の敵は正面の敵を相手にしながら雷撃を操る魔術で撃ち貫いていく。

 途中、何度か手助けした方が良いんじゃないかって思ったタイミングもあったけど、多分私が動いたら足手纏いになるだけなんだろうなってのは直感で感じた訳で、終始私はクロードに守ってもらう形に落ち着いた。


 とっても頼りになるクロードに身を委ねる形で落ち着いた。


 それでも……クロードだって人間だ。

 これまで無傷で戦ってくれてはいるけど、それでも疲労は蓄積する。


 クロード曰く何故か異常な程に魔物と会敵する現状でこのままだと、いずれクロードが大きな怪我を負うかもしれない。

 それは嫌だから。

 それだけは絶対に嫌だから。


 せめて私は元聖女として、やれる事をやってみようと思った。






「これで最後……やっと片付いた」


 そう言って息切れ気味のクロードは剣を鞘へと納め、私の元へと歩み寄ってきて言う。


「お怪我はありませんね、お嬢」


「うん、私は大丈夫だけど……クロードは?」


「俺も大丈夫ですよ。まあ……正直結構しんどいですけどね。情けない所をお見せして恥ずかしい限りですが」


「いや、クロードずっとかっこよかったよ!」


「あ、そ、そうですか……」


「……う、うん」


 自分から言っておいてアレだけど、面と向かってそういう事言うの恥ずかしすぎる。

 この妙な間が良くも悪くも凄い苦しい。

 ……ま、まあとにかく。


「と、とにかく怪我が無いなら良かった」


「次も怪我無く頑張りますよ」


 クロードはそう言った後、少しだけ深刻そうな表情で言う。


「多分次はすぐに来るだろうから、気を引き締めなければ」


「……多いね、魔物。王都の外に出るのは初めてなんだけど、これが普通なの?」


 浮かんできた疑問をクロードにぶつけるが、クロードの表情で大体答えが分かった。


「いえ、俺も王都の外にはあまり出る機会が無かったんで殆ど聞きかじった知識になるんですが、この状況は異常ですよ」


「そ、そうなんだ」


「これが当たり前なら、国家間の貿易などは今よりずっと難しくなる」


 そう言ったクロードはこれまで来た道を。

 ルドルク王国の王都に視線を向けて言う。


「多分、王都で何かが起きているんでしょう」


「え? どういう事?」


「これまで戦ってきた魔物は九割方、俺達を襲ってきたというよりは、進行方向に俺達が居たから戦いになったというような感じがするんです。つまり……多くの魔物が王都に向かって歩みを進めている。まるで何かに吸い寄せられるように」


「……」


 何か。


「……その表情、心当たりでも?」


「多分、あの新しい聖女が張った結界だよ」


「そういえば、凄い嫌な感じがするって言ってましたね」


「うん……ほんとうにただの憶測でしかないんだけどね」


 分からない。

 確証は持てない。


 だけどあの新しい聖女を見て、彼女だけは駄目だと感じた直感。

 ……それはもしかすると当たっていたのかもしれない。

 そしてもし当たっていたのなら……早く何とかしなければいけないんじゃないだろうか?


 でも私はもう戻れない身で。

 仮に戻れても、何かを成すためのモチベーションも湧かなくて。


 ……だから。


「……進みましょう、お嬢」


「うん……そうだね」


 今は前を向くことにした。

 もうこの国の事は知らない。

 そう考えると決めたのだから。


 ……人としてその選択が正しい物なのかは、私にはよく分からなかったのだけど。



 と、それはそれとして、クロードが戦ってくれている裏でコソコソやっていた事がたった今、形になってくれた。


 私はその場で両手を組んで祈りを捧げる。


「ど、どうしました急に」


「ちょっと待って、今一番大事な所だから」


「は、はぁ……」


 やや困惑するクロードをよそに、私は私にできる事を。

 一分一秒でも早く形にしたかった物を形にして……発動させる。


「……ふぅ」


 それが無事終了して軽く息を吐いた。

 そしてそれが話しかけてもいい合図だと判断したのか、クロードが事の詳細を聞いて来る。


「あの……今何をしていたんですか?」


 そして別に隠す必要もないので、私は素直にその問いに答える事にした。


「ほら、このまま戦い続けたらクロードの身が持たないかもって思ったから……この馬車に移動式の聖結界を張ったの」


 私にもできる事を精一杯やった、その結果の話を。


「馬車に……移動式の聖結界?」


「うん。王都にずっと張ってた、魔物を寄ってこなくする聖結界の簡易版みたいな感じかな。まあ簡易版っていっても、全然簡単じゃないんだけどね。完璧な物でもないし」


 私は苦笑いを浮かべながら言う。


「元々王都に張ってた聖結界は指定した座標に張る類いの結界だから、動く物体にってなると全然違う術式に組み替えないといけなくてさ……その基礎を一から考えて構築して、滅茶苦茶色々調整して……そしたら試作段階でも形にするのにこんなに時間掛かっちゃった。ごめんね、此処までクロードに無理させちゃって」


 思いついてから何度も何度もクロード一人に戦って貰っていたけど、本当だったらもっと早くに形にしたかった。

 クロードが怪我をする所なんて絶対に見たくないから。

 クロードばかりに苦労を掛けたくないから。


 ……そう考えると少し悔しいというか不甲斐ないというか……そんな感じだ。

 もし先代の聖女達が同じ状況に立たされていたら、もっと手早く完璧な物を作っていただろうから。

 だけど私には……これが早さも制度もこれが限界。


 それでも。


「いえ、無理なんてしてないです。それより……本当に凄いですよお嬢は。完璧じゃないなんて言いますけど、そもそもきっと形にする事自体が難しい。それをこの短期間でやってるんですよ。絶対に無能なんかじゃない……何度でも言いますがお嬢は凄いんです。自信を持って誇っていいんですよ」


「……ありがと」


 クロードはそんな私を褒めてくれる。

 他の誰もが向けてくれないような感情を、クロードだけは向けてくれる。


 それが本当に嬉しくて。

 それを本当に嬉しいと思えたから……私はこれまで頑張って来れたのだと思う。


 これからも頑張って行けるのだと思う。


「ところで……それを使ってお体は大丈夫ですか? 折角王都に聖結界を張っていた負荷から逃れられたのに……また辛いような事になってませんか?」


「ううん、大丈夫。ほら、色々難しい事はやってるし、それも試作の聖魔術だから効果範囲の割に負担は大きいけど……流石に王都全体に聖結界を張るのと馬車周辺じゃ比べ物にならないから。今の私は変わらずすっごい元気だよ」

 

 だから私は笑みを浮かべる。


「そうですか……なら良いんですが」


「うん、私は大丈夫」


 虚勢の一つや二つを張るくらいは……頑張ってみるよ。

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