電車で女の子が隣に座ってくると、人として扱われているようでホッとするけど、今回座るのは俺。選ぶ側ではあるのだが、車内の両側の席に座っている女の子はどちらも幼馴染。どちらかを選んだ瞬間終わる

りんごかげき

ルート分岐

 電車で自分のとなりに女の子が座ると、あ、俺ってまだ一応人間なんだ、って気持ちになる。


 俺のとなりが空いてんのにあえて別の人の横に座られたら、ううっ、俺ってそんなに……って気持ちになる。


 シチュエーションは少し異なるが、たった今、俺はそんな場面に遭遇していた。


 電車の中はがらがらで、両側の席に二人の女の子が座っている。


 そう、今回、俺は座られる立場じゃなくて、座る立場……しかも、両方なんと知り合いで、どちらに座るか一瞬の判断ミスが命取りになる、非常に難しい局面に立たされていた。


  ▷


 片や、ポニーテールの清楚な女の子。


 白いワンピースに包まれた体はほっそりしていて、麦わら帽子を膝の上に置いている。


 色白で、お嬢様っぽいイメージだ。


 小学生の頃からずっと同じクラスの真白ちゃん。


 片や、軽くウェーブした髪の毛で、おっきい目をいつもうるうるして怒っている、近所の中学生。


 こっちは妹っぽい感じだ。


 かれこれ、5年近い付き合いになる、栗田ちゃん。


 どっちも相当こわくて、しかもとびっきりかわいくて、俺は尻に敷かれている。


 よってただ今、冷や汗たらたらだ。


  ▷


 がたごたごとん、電車が揺れる中、先に口を開いたのは……。


「「あ、橋本くんっ!」」


 なんと、両者とも同時に声を重ねてきた⁉︎


 これには二人ともびっくりしていた。


 そう、真白ちゃんと栗田ちゃんは知り合いじゃない。


 だから、なぜ、この子は橋本くんのことを知っているの? ってどちらも怪訝そうにしている。


「あうんどうも」


 ここで『真白ちゃんに栗田ちゃん!』と答えたとする。


 それは『真白ちゃん』の名から先に呼んでしまっている時点でアウトだ。


 非常にややこしい事態になる。


 かといって逆でも同じ結果になるだろう。


 いや、冗談でいってるわけじゃなくてね、それくらいマジで二人とも嫉妬深く俺を束縛してくるのだ。


 ガールフレンドでもなんでもないのに、他の女の子が絡もうものなら、どちらともにめっちゃ不機嫌になって、〜〜〜っデレツーン! と攻撃してくる。


 だからこの展開は、その、かなりヤバい……!


  ▷


 二人の目が徐々に怪訝なものに変わっていく。


 まず、真白ちゃんが敵はJCと見たのか、お嬢様っぽくかわいく笑った。


「橋本くん。今日もお線香の香りがするね?」


 俺の学生服は仏壇の近くにあるのでいつもその匂いがする。


 毎日、真白ちゃんからそこをからかわれる。


「あ、この服も畳の部屋にあるからね」

「懐かしいね。小学生の頃、そこで二人でスイカを食べたっけ?」

「そ、そうだっけかあはは……」

「忘れたの」

「いえ覚えてます!」


 軍曹を前にした二等兵のようにビシッと答えた。


 こええ!


 満足したように真白ちゃんはハニカム。


 色白の愛くるしいお顔なのにいろいろ緊張感が!


 そこで後ろの席の栗田ちゃんが動いた。


 マロン色のウェーブした髪の毛を揺らしてにこっと微笑む。


「橋本くん。立ってるのも疲れるから、ここに座ったら?」


 げ! なんとそう来てしまったか!


 ぽんぽんっ、栗田ちゃんは手のひらを優しく隣の座席で弾ませる。


「ね? あたしのところに来て?」

「おわわ……」


 イケナイ、恐怖が声となって口から出てしまった。


 だって、だって……真白ちゃんの殺気が、俺の背に突き刺さってエマージェンシーコールがずっと脳内で繰り返されてるんだ……!


(隊長、申し出を断ってください!)

(しかしだね、断った場合も私にあるのは死のみなのだ……!)

(では、一体我々はどうしたらいいのだ!)

(解散解散!)


 ちくしょう、ショートコントが思わず心の中で流れちまったぞ!


「しししかしですねえ?」


 俺が返答に困って、電車の揺れにわざとらしくつんのめったりしていたら、栗田ちゃんの目がますます冷たい光を宿した。


「なにふざけてんの」

「ふざけてないですスンマセンスンマセン!」


 この前は一晩中この子に俺の部屋に居座られたっけ?


 二人が出会ってからちょうど5anniversaryを失念していただけで、本棚の横で体育座りのまま、じ〜っと。


 あうう、あんなのもうごめんだ!


「ねえ、橋本くん?」


 Oh! 後ろから真白ちゃんに今度は呼ばれてしまった。


 こわごわそこを振り向く。 


 真白ちゃんはにんまり幼顔でほほ笑んでいた。


 真白ちゃん、緑色のちっちゃいグミを指で摘んでいた。


「グミ食べる?」


 しまった、これは餌で釣られている!


 のかどうなのだ!


 って餌ァ!?


 まさかグミでおびき寄せられようとは思いもしなかった! 


 真白ちゃんは白いほっぺでえくぼを作ってずっと待っている。


 ああ、罠にハマりたいよう……?


 しかしわかってる。


 このグミを食べに行った瞬間、必然、俺はマシロちゃんの隣に座ってしまうことになるだろう。


 そうなってしまっては、たぶん、栗田ちゃんはヤンデレ化して俺の部屋に永住することになんぞ!


 しかしマシロちゃんは極めて計算高いぜ。


 お菓子をあげるなんて高校じゃ自然な行為だ。

 

 だから俺が食べにいくのもまた自然現象なのだ。


 ここをあえて狙ってくるとは、学校で成績上位の美少女なだけある。


 コエェけど。


「橋本くんって、プリッツ好きだよね!」


 この声は、真白ちゃんではない!


 なんと栗田ちゃんであるっ!


 彼女は子犬のようににんまり笑って、俺に指でつまんだプリッツを差し出していた。


「甘いものとしょっぱいの、どっちが好きって聞いたら、しょっぱいのっていってたし? ねっ、一緒に食べよ〜! いっぱいあるから余っちゃったよう?」


 おっきいマロン色の目でじっと見つめくる……!


 てか、なんで二人ともお互いのこといない者として扱ってんの! 


 逆に怖いんスけど!


 もっと直接的な喧嘩とかしてくんない!


 ほんのり控えめで奥ゆかしい真白ちゃん。


 ちょっと元気でお茶目な栗田ちゃん。


 俺はそろそろ覚悟を決めることにした。


 だって、俺が好きなのは……本当に恋してるのは、この子だからっ!

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